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自室で寛いでいると携帯が着信を告げる。ディスプレイを見た千早の顔がぱあっと明るくなった。 「もしもし、新?」 『あ、千早。あのさ……来月の一日、どっか一緒に出かけられんかなって思って』 「うん、勿論大丈夫。でも『どっか』ってどこ?」 『んー、まだはっきり決めてえんけど、映画見たりとか、何か外で食べたりとか。千早の誕生日やし、デートしよっさ』 新の口から紡がれる「デート」という単語に千早の胸が高鳴る。 「……わー……なんか照れちゃうな、デートって。でも楽しみー」 『千早、行きたい所とかあったら教えてな』 電話を終えた千早は思わず部屋に鎮座している大きなダディベアをぎゅっと抱いたり、その頭をぽかぽか叩いたりと照れ隠しに騒ぐ。結局姉の千歳に叱られるまでその奇行は続いた。 そして一日の待ち合わせ時刻。待ち合わせ場所に決めた公園の片隅で、新は腕時計の時間を時折確かめながら辺りに目を配っている。 「新ぁー!」 公園の入口から千早が駆けてくるのが見え、新も急ぎ足でそちらに向かった。 「ごめんね、待った?」 「いや、大して待ってえんよ。……映画、何見る?」 「んーと……何か楽しいやつがいいな」 新と腕を組みながら、千早は明るく答える。 「楽しい映画やな。了解。ほんなら行こうか」 映画館が多い都心部へ向かう電車に乗ろうと二人は歩き出した。 見る映画を決めて中に入る。最初ポップコーンを買おうか迷ったが、後で食事に行くのだからと飲み物だけを買って二人は並んで座る。ブザーが鳴って周囲が暗くなる直前、不意に千早がこちらを向いて小声で言ってきた。 「この瞬間って、ちょっとドキドキするよね」 「はは、そうやな」 スクリーンの中で繰り広げられる珍騒動のたびに、客席からどっと笑い声が上がっている。 「ぷ、きゃはははは!」 千早は可笑しそうに笑い転げ、新は堪えきれないように吹き出しては口を手で押さえ、無言で肩を震わせる。新にとっては隣で楽しく笑っている千早の姿も映画と同じくらい目が惹き付けられて、何となく他の観客よりもお得なのではないかとふと思った。 「ああ、面白かった!」 「ほやの、これ観ようって決めてよかったわ」 映画館を出て、軽く伸びをしながらそんな事を言う。 「……食事、どうする?」 「んーっと……ファミレスでも行こうか?」 じゃあそうしようと話が決まり、映画館からそう遠くないファミレスで夕食にした。千早が誕生日なのを告げると、サービスのケーキが運ばれ、二人並んでいる所をポラロイドで撮ってもらえた。 「こういうのも、いい記念だね」 「うん。……あ、これは、おれから。……誕生日おめでとう」 新は内ポケットから小さくて細長い包みを出して千早に手渡す。 「……わあ、綺麗なネックレス……ありがとう、新。大事にするね」 包装を解いた千早は贈られた小さな鳥が羽ばたいている銀のネックレスをさっそく付けてみた。 「よう似合ってる。その鳥、『かささぎ』モチーフなんやってさ」 「そうなの?! ……そう言えば昔、携帯電話ってかささぎみたいって私言ったっけね」 懐かしいと笑い合う。今は近くに居て会おうと思えばいつでも会えるが、東京と福井で離れていた時も、こうして二人が共有していた繋がりがあったのだと一緒に噛みしめられて、その事が嬉しかった。 「電話掛かってきた時は驚かされたけどの。出ても何も言わんし、携帯がかささぎみたいやって言うて、ほんでいきなり切ってまうし。……おれ『かささぎの』に辿り着くまで、えらい時間かかったわ、あん時」 「だからその事はゴメンってば……!」 千早が少し赤くなって言い返す。 「別に根に持って言うてるんでないって。おれの中で、忘れられんエピソードってだけやざ?」 新は穏やかに笑いながら言っている。 「……まあ、そういうエピソード一杯あるのが千早やけど」 「あーらーたぁ?」 わざとらしく千早がぷうっと頬を膨らませて上目遣いに睨み付けると、新は笑みを濃くして宥めるように千早の前髪をくしゃりと撫でた。ようやく千早が表情を戻した時、騒がしい一団がファミレスに入って来て、耳を大事にしたい二人は顔を顰める。 「ちょっと耳にくるな。……そろそろ、出るか?」 「そうだね。静かな方がいいな」 二人は席を立ち、ファミレスを後にしてすっかり日が暮れた町をぶらぶらと歩く。 「この後、どうしよっか。ね、新?」 腕を組んだまま千早に聞かれ、新の心拍数が一気に跳ね上がる。 (や、おれがはっきり言わな。……恥ずかしいとか気にしたらあかん、おれは) 「……千早が嫌でなかったら、て言うか嫌やったら嫌って言うてくれていいんやけどさ、……ごめんちょっと耳貸して」 突然新の口調がはっきりしなくなり、訝しみながら千早は片方の耳を新の口元に近付けた。 「千早がいいんやったら、ホテルで泊まろ。……朝まで、一緒に居たいんや」 はっきり言わなければと決心はしたものの、顔が赤くなるのは止められなかった。 「……え?」 今聞いた事がなかなか頭の中に入ってこない。千早も新を真似て、耳元で聞き返した。 「新、今……ホテルって、言った……?」 真っ赤な顔で新が頷いている。 「そ、れって……その、あの……そういう、ホテルの、事で……当たってる?」 「千早が嫌やったら止めとく。もちろん」 顔から火が出そうなのはお互い様だが、切り出した新の方は額に汗が滲んできている。 「あの……うん。い……いいよ。……その、新が、言った方で……」 どうにかそれだけ口にした途端、隣で新が大きく息を吐き出してから肩を抱いてきた。 「あー……緊張したあ……。でも、ありがとの。うんって言ってくれて」 「私も緊張しちゃった……けどさ新、場所とかって知ってるの?」 千早も知っている訳ではないが、一応地元だ。噂程度は耳にしている。 「あ、うん。部の先輩が色々情報くれた事あったで……。あ、勘違いせんといてや? 千早とデートするんならどこ行こうかなって相談したら、先輩からそういう情報も来たってだけやでの? おれがその話だけ聞いたんでないでの?」 突然やたら早口になって必死に言いつのっている新が可愛くて、千早はにっこり笑った。 「うん、分かってるよ」 「と、とにかく歩こっさ。二人して赤い顔して立ってると目立ってまう」 抱いていた肩を押すようにして新は歩き始めた。 やがて「それらしい」看板がいくつも並んでいる通りが見えてくる。新は上着のポケットから携帯電話を出して、部の先輩が送ってきたメールを開く。 「うっわあ、先輩こんなメール送ってきてたんだ」 「ほやでさっき言うたがし……ここもお勧めやぞとかって画像付きで送ってきたんや。自分が相談したんでなかったら、おれかってドン引きしてたかもの」 携帯電話をポケットに仕舞うと、メールと同じ看板が出ている建物の前にどうにか辿り着いた。中に入るのに思い切りが要りそうだが、こんな所の路上でいつまでもモタモタしている事の方がよほど恥ずかしい気がして、新は千早の手を掴むと早足で建物の中に飛び込んだ。 「あー……なんか変な汗かいてまう。……ほんで、ええと……あ、ここのパネルで選ぶんか」 フロントに設置されたパネルには、部屋の内装の写真が一緒についている。 「千早、選んでいいざ?」 「え? ええーっと……じゃ、じゃあ……た、誕生日にちなんで、これ」 千早は真っ赤になって「六〇一」のパネルを指さした。見た所幸い空室らしく、新は手早くその部屋のボタンを押してカードキーを受け取った。 「……行こ。こんなとこで固まってるのも何やし」 「あ、う、うん」 新がしっかりと手を繋いできてくれて千早も少し安心できる。エレベーターは二人で立つのがやっとという狭さだった。上昇中ずっと、先に乗り込んだ新に背中から抱きすくめられているような格好になり、千早の耳が赤くなった。 小さな音を立ててエレベーターが停止すると、千早はひょいと廊下に出て辺りを見回す。全く人の気配がしない廊下は何となく寒々としている気がして、後に続いて降りてきた新の腕にすがるように自分の腕を回した。 「……千早、どしたんや?」 「ん、何かこの廊下って人がいないから、なんか心細くって」 そっか、と呟いた新は千早に腕を抱かせたまま歩く。やがて目当ての部屋の前に着き、カードキーをリーダーに通すとドアロックが解錠される大きな音が響いた。 「中、入ろ? ほしたらおれと千早だけやし、心細うないやろ?」 「うん」 ドアを開けて中に入ると、もう一枚ドアがあって部屋の玄関と寝室とを隔てていた。床にスリッパが並べられているという事は、ここで履き替えろという事だろうと新は靴を脱ぎスリッパを履く。千早もすぐにそれに倣った。 「うわ、広っ……」 新と千早の声が綺麗に揃う。角部屋という事もあるのか、かなりゆったりした作りの部屋だった。その中央にダブルベッドがあるのはいかにも「そういう」ホテルらしいとは思うが。 「テレビも大きいねえ。……うちにあるのより大画面かも。こんなので試合の録画とか見たいねえ」 お互い物珍しさもあって、つい部屋のあちこちを見て回ってしまう。千早は洗面台の方を見に行ったようだ。 「ねえ、新ー? ちょっとちょっと」 何か見つけたのか千早が大きな声で呼んでいる。新はソファに荷物を置いて、声のする方へと歩いていった。 |
