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「新、さっきのお父さんとお祖父さんの喧嘩の話なんだけど、ちょっと聞いていい?」 「構わんけど、どんな事や?」 別段千早に隠すような事でもない。新はあっさり頷いた。 「お父さんがお祖父さんに不満あったのって、実の息子だからだよね?」 「ほや。休みの日に親子でどっか出かけたりとかした事ない、とか、誕生日やらクリスマスも何もなしやとか、喧嘩んなると言(ゆ)ってたのぉ」 新は苦笑しながら話す。 「新のお祖父さんって、お仕事忙しかったの? 休日出勤とか残業とか……」 「いや、じいちゃん役所勤めやったで残業なしや。かるたする時間確保したかったでって聞いてる」 競技者としては羨ましい時間の使い方だと新も思う。ただ父と祖父の喧嘩や二度の引っ越しを経てきたせいか、ある程度のさじ加減は必要だろうと最近思うようにもなった。 「新はさ、どうするの? 将来、子供が出来たら、誕生日とかのイベント。私はしてあげたいって思うんだけど……新はどう思う?」 「え……? 私はしてあげたいけどどう思うって、それ、あの……おれと千早、の子供って意味……で、いいんか? ……まあ、あの、誕生日とかは祝ったげたいって……思う、けど」 自分と千早の子供、と考えると、ついその「前」を想像してしまい、新は耳まで真っ赤になって口元を手で覆い隠した。 「じゃあさ、新自身は将来の仕事はどう考えてるの?」 千早に聞かれ、新の赤面はようやく治まった。 「ん、おれもやっぱ公務員って思ってる。やっぱかるたの事考えると暦通り休めて、食いっぱぐれん仕事って思うしの」 転勤しないで済むようにと思うと、一番希望に適うのは地方公務員だ。そんな事を考えている新に、千早がぽつりと呟いた。 「それは……福井に帰って……って事、だよね?」 「っ、……?!」 千早の今の一言が新の胸に突き刺さる。 (ほやった……今はおんなじ大学で一緒にかるた出来てるけど、卒業したら、多分……) 自分は一人っ子だから、いずれ福井に帰るだろうという事はこれまで漠然としか考えていなかったが、千早の言う通り数年後確実に起きる事だ。 「う、うん……多分、そうなるやろって思う……。おれ、兄弟えんし……」 東京で就職して実家に仕送りをするという方法もあるが、物価の違いを考えると福井に帰って仕事に就き、自宅から通勤して給料を家に入れる方が両親も新も暮らしは楽なのだ。 「なら決めた。……新、私ね」 (……何言われても、ちゃんと聞かんとあかん) 卒業と同時にまた離れ離れになって、また寂しい思いをするぐらいなら今別れようと言われるとしても、新に反対はできない。それが千早の選択なら受け容れるしかない、と腹に力を込めて千早の視線を受け止めた。 「福井で受ける。……教職の面接」 「……え?」 千早の言った内容が咄嗟に理解できず、新は裏返った声を上げた。 「え、って……今、何か驚かせるような事、私言った?」 「いやっ、あの……ごめん。おれ今、てっきり別れようって言われるもんやって思って……卒業したら、また別々んなってまうで」 「……はぁっ?!」 今度は千早が素っ頓狂な声を上げる番だった。 「だから新さっき、そんな辛そうな顔してたんだ。……私たちがずっと一緒にかるたが出来て、私も高校の先生になる夢も叶えるなら、私が福井に行くのが一番近道でしょ? かるた盛んだから色んな学校にかるた部もあるって聞いたし」 確かにそれはそうだが。 「ほやけど、千早が福井で生活するって簡単でないかも知れんざ。当たり前やけど田舎やで不便やし」 不便さもそうだが、田舎には田舎特有の排他性が根強く残っている。千早が普通に話すだけで、その「東京の言葉」に反発を抱かれるのは、小学生当時福井弁をからかわれた新の比ではないかも知れない。 「なに、新? 私が福井に行くの反対?」 「や、ほんなつもりはないけど……」 頭から反対する気はないが、千早が嫌な思いをするのではという心配はなかなか拭えない。 千早はしばらく新の顔に視線を据えてから、あのね、と静かに口を開いた。 「初めて新とかるたする前にさ、ストーブにあたりながら自分の事じゃないと夢にしちゃだめだ、乗っかったらお姉ちゃんが可哀想って言われたでしょ。お姉ちゃんが日本一になるのがその頃の私の夢だったけど、私自身は取り柄とかないから、普通に学校出て就職して結婚するんだろうなって何となく思ってたの」 「……うん」 千早の口調は静かだが真摯なものだ。だから新は千早に取り柄がないなどと思っていないという言葉を飲み込んで、聞く姿勢に入った。 「今は私にもかるたっていう自分の夢がある。でもね、その漠然とした思いも一緒に叶えられる事なんだよ。……高校の先生になって、かるた部の顧問になる。それだけなら日本のどこでだって出来るかも知れないけど、ずっと新と一緒にかるたをするんだって夢は、私達が近くに居れば居るだけ叶えやすい事でしょ。……だから私行こうって思うの」 その言葉に新は圧倒される。 「……参った、千早の欲張りには敵わんわ。……ほやなあ、おれ地元なんやで、千早が嫌な思いせんように手助けする事かって出来るもんな。……って、ちょお待って、千早」 さらっと聞いてしまったが、千早の「昔の思い」を叶えるという言葉の中に、結構とんでもない事が含まれていた気がする。 「何?」 「学校出て就職して、は分かるけど……えーと、その後言うた事。け、結婚って……その、おれと……って事、なんか?」 新にしてもそう願いたい事だが、自惚れが過ぎるのではと己に問うてしまう。千早もようやく言葉の意味に思い至り真っ赤になった。 「えっと……あ、新が……嫌じゃ、なかったら……。……うん」 もちろん今はお互い学生で、結婚して家庭を構えられるのはもっと何年も先の話なのは新も分かっている。ただ自分達とかるたが切っても切れないように、千早の叶えたい夢の中に自分という存在が必要ならそうしようと自然に思えた。 「……千早」 挑戦者決定戦の後、千早に想いを告げた時と同じように、新は背筋を伸ばして正座になり、床にきちんと両手を付けた。 「おれら二人ともまだ学生で、すぐに実現出来る話でないけど。……卒業して仕事とかにも慣れて、千早が福井で生きてけそうやって思ったら。……一緒に、やってこさ。……かるたも、千早が昔思ってた気持ちの方も」 千早が新の真向かいに座り直し、同じように手を付く。 「私、ダメな所も一杯あって、まだまだ時間が掛かるって思うけど……新に出会って、かるた大好きになって。新と肩を並べていけるようにって頑張ってきた。それだけは胸を張って言える。そしてこれからも一緒に頑張っていきたいから、新の側にいたい」 言い切ってどちらからともなく顔を上げる。 「……ふふっ、あははっ」 目の前で笑う千早の表情に、見覚えがある気がする。つい最近も千早のその顔を思い出したという記憶が新の頭にふと浮かんだ途端、記憶の中の幼い千早と目の前にいる現在の千早が同時にその答えを口にした。 「ずっと一緒にかるたしようね」 「うん……一緒にかるたしよっさ」 新は膝を詰めて千早のすぐ前に進み、こつんと額を当ててその手を取った。 |
