POSSLQ
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アパートの部屋でのんびりと、千早は新が淹れてくれたお茶を飲みながら過ごす。揃って塾講師のアルバイトに就いて以来、二人の休みが重なる事はそう滅多になく、その代わり一緒に過ごせる日は目一杯、かるたではライバルで、そこから離れたら恋人という時間を楽しんでいた。 「やっぱり、高二、高三のコマは最近忙しいねえ。けど何だかさ、自分の時ちょっと思い出す。すっごく必死で勉強したし」 懐かしそうな目で話す千早に、新は少しだけ困ったような笑みを浮かべた。 「おれ推薦やったでなあ……。ほやけど一緒に合格発表見に行った時、すごく不安そうやった顔が番号見つけて変わってったのは、はっきり覚えてるわ」 隣に立って掲示板を見上げた大きな瞳は、最初は信じられない物を見たように一段と大きく見開かれ、徐々に自分が合格したという実感が湧いたのだろう。安堵と喜びが入り混じった色になり、堪えきれずに大粒の涙を零していた姿は今でも新の心にしっかり焼き付いている。 「泣いたよねえ、私。……なんかついこの間の事って気がするのに」 「やなあ。気が付けば試験対策とか卒論とかって話やもんな」 かるた部へ入部して早々に起きたゴタゴタも、今ではすっかり過去の話になっているのに不思議なものだと述懐すると、千早も同じ言葉を口にして頷いてきた。 「けど講師のバイトって何ていうか、受け持ったクラスの誰あたりに習熟度の基準置くとか悩むね。全員受からせてあげたいけど、時間は有限だからちょっと残念。時給いいから貯金はできるけど、新が言ってた通り会う時間減ったし」 貯金という話も新から提案されたもので、理由もその時一緒に聞いたから納得はしているし、教員志望の千早にとっては予行練習とも言えるが、もっと休みが合えばいいのにとつい思ってしまうのも本音だった。 「まあそう言わんと。目標分貯めたら少しは時間増えるやろうし、千早も最低限の費用で済んだんやしさ。習熟度は同感やけど」 宥めるように返して、新は自分の定期入れに入っている免許証を指先でトン、とつつく。 「……まさか千早までマニュアルで取るとは思ってえんかったけどの」 「だって軽トラとかは結構まだマニュアルあるって新が言ってたし。どっちにも乗れるんならそうするよ」 千早もパスケースの中の運転免許証をトントン、と指で軽く弾いた。 「うちの親びっくりしてたけど、社会人になったら結構必要だよって言ったら納得してた」 それでも最初に新の免許証を見た時は自分も驚いた、と千早は少し悪戯っぽく言葉を継ぐ。 「すごい顔しとったもんな。……ほやけど取れたー、ってうち飛び込んで来た時、夕飯そのままお祝いにしたやろ? おれ」 急いで一品付け足した、と新は小さく笑った。 「うん。美味しかった」 千早も新と同じ表情を浮かべ、二人でその時の事を思い出してぽつぽつ話す。 ◇ ◇ ◇ このアパートでの一人暮らしが落ち着いた頃だっただろうか、新の鞄から落ちた物を拾い上げた千早が目を剥いた事があった。 「えええっ?! 新、車の免許なんか持ってたの?!」 「あれ? おれ話してなんだか。高三の時、本屋のバイト代貯めといて取った」 企業が普通運転免許を必須としている所が多い事もあるが、何より福井の交通事情は免許を、と言うより車を持っていないと不便極まりない。新に限らず十八歳の誕生日前後に取得してしまう生徒は結構いた、と言葉を継ぐ。 「まあ練習とかあったで、放課後と夜間教習でのんびりとの」 大学に進めば仕送りでの生活になるから、時間は割けても金銭的に余裕がない。逆に社会人になってからは費用は割けるが時間がなく、夜間教習のみになって期間も延びる。推薦で一足先に進学を決めた新は、今のうちにと運転免許を取っておいた。 「高校やと卒業するまで運転ダメやって規則あったけど」 「……新は一度も乗ってないの?」 「引っ越し準備の合間とかに、一応は乗った。誕生日遅いのもあるけど、三学期入ってから取ってるで、すぐ卒業やったでさ」 千早の問いに、帰省した時に親戚の車などで交通量の少ない田舎道限定で運転させてもらってもいる、と新は答える。 「自分の買ったら西の大会出た後とかに、ちょっと足伸ばすのも楽しそうやな。……千早が泊まれるんやったら、やけど」 いいね、と千早はにっこり笑った。 そんな話をした後、新はふと真顔になる。 「前に言(ゆ)ってたけどさ。真面目に福井で高校の先生なるんやったら、千早も免許、っていうか車必要やざ。こっちみたいに一本乗れんかっても、何分か待てば次の電車来るって訳でないし」 一本逃すと次が来るのに三十分ほど待たなければならず、乗り継ぎも上手くいかなくなって遅刻が確定してしまう。車自体は誰かから安く譲ってもらったりカーシェアリングも可能だが、いずれにしても免許は要る。 「……近場に居る時やったら、おれが乗せてく事も出来るけど、教員って異動あるが? 自力で通えんとあかん場所もあるやろうし、移動の足は確保しとかんとの。原付やと冬場動けんし」 東京で生まれ育った千早は、交通手段にそこまで困った経験はない。けれど新は地元での経験から真面目に話してくれている。それは少し前に話した夢をサポートしたいからだと気付いた千早は表情を引き締めて頷き、鞄からメモ帳を取り出した。 「じゃあ私も今のうちに取っておいた方がいいんだね。……教習所の情報ってネットで探せる? って言うか金額どの位なんだろ。地域によって違う? いつから通ってOKなのかな。どのくらいの期間で取れるかなあ」 その矢継ぎ早な質問に驚く事もなく、新は一つずつ答える。 「家から通いやすい所、ネットで探してみね? 問い合わせ先載ってるやろうで、費用とか入校申し込む時要る物とか、詳しい事教えてもらえる筈やから」 新の返す言葉を、千早はメモに書き取っていく。その真剣さに微笑み、最後に尋ねてきた事への答えを口にした。 「通うのはいつからでも。たまに目にするやろ? 『仮免許練習中』ってプレート付いてる車。あれ取るの十八超えてえんとダメやけど、とっくに過ぎてるし。見きわめで落ちまくらん限り、一ヶ月ちょっとぐらいで取れるんでないかな」 「あ、そう言えば見るね」 仮免許の試験を受けられるのは十八歳になる誕生日の一ヶ月前からと定まっているが、六月生まれの千早はいつ入校しても差し支えない。後は本人の適性と、面倒な学科試験への努力次第だ、と告げる。 「面倒って、問題の難易度高いってこと?」 「……択一式やで難しくはないんやけど、引っかけ問題ばっかしや」 試験時間は十分あるから落ち着いて読めば大丈夫だ、と笑みながら新は話を締めくくった。 「……けど、お金ないなあ……何かバイト探さないと」 その言葉に新が提案してきたのが、自分がすでに行っている予備校の講師というアルバイトだった。 「現役の学生やから採ってもらえる確率高いし、他のバイトより時給いいしの。……その代わり一緒の時間減るけど」 「……それは仕方ないよね。けど、それでも大学入る前よりは会えてるし、かるたも取れてるし」 何より自分達が持つ夢を全て叶えるための一つだから、と千早はその言葉をあっさり受け入れる。 「全て、か……そうやな。おれら、どっちも欲張りやし。欲張るために頑張れるやろ」 「かるたの反復練習みたい」 千早のそんな一言に新は笑って頷き返した。 交通事情と免許の話からしばらく経った頃、千早は自動車教習所に入校した。 「就職に必要かもって話したら、うちの親が少し援助してくれたから、今のうちに取っておこうと思って」 新のように完全に自力ではないから少し気が引ける、という千早に新は穏やかな笑みを向ける。 「ほんな事、気にせんくていいって。……オートマ限定は教習そんな手間でないやろうの」 「え? 限定にはしてないよ?」 その言葉に新は少し目を丸くする。自家用車はほぼオートマチックという現在でも、社用車や軽トラにはまだマニュアル車が残っていると話したのは事実だが、通勤の足に使うだけならオートマ限定でいいと付け加えておいたから、てっきりそれで取るものと思っていた。 「頑張ってな」 卒業が近くなったら安い中古の軽自動車を買うつもりの新は短く励ます。およそ一ヶ月後、めでたく学科試験も突破した千早が、交付されたばかりの免許証片手に部屋に駆け込んできて、新は作っていた夕飯に一品加えて慎ましやかだがお祝いにした。 ◇ ◇ ◇ 免許取得のお祝いからそろそろ二年が経つ。卒業に必要な単位の目処が立ってからは集中的に塾講師のバイトに精を出し、徐々に通帳の残高を増やしていった。その中で久々に合った休みを新も楽しみながら、お茶を少し口にして言葉を紡いだ。 「千早が意欲的なこと言うのは前とおんなじやけど、現実的って言うか、物事の段階踏むみたいな言葉、増えたな。なんか嬉しい、おれ」 「そう? どういう所が、嬉しい?」 新は笑う。 「……一緒に生きてくって夢を道やとしたら、今はそこに石を一つずつ敷き詰めてるとこやろ。それがおれだけでない、千早だけでもない。一緒に、同じだけ積んでってるって前より強く実感出来るでや」 中学生の頃、名人になるという夢について佐藤先生から「小目標を持て」とアドバイスを受けた事があるが、最近の千早もそれに似て、勢いだけで物を言わずに着実に足元を固めている、と新の目には映っていた。 「おれより越えんとあかんハードル多いのに」 ハードルなら、と千早も笑みながら言葉を返す。 「私が悪酔いした時にさ? うちの両親に『千早を下さい』って言うって話してくれたけど。現状それが一番高いハードルだよね? 私の努力もそれ低くするのに大事だから」 その言葉が嬉しくて、そして休みが合った今日をもっと楽しみたくて、新は腕を伸ばして千早を抱き寄せた。 |