保湿系トライアルセット

POSSLQ 2



 「今日は私がご飯作るよ。……冷蔵庫の中、ちょっと見るね?」
 構わないと新はあっさり答える。大学二年になった頃からだっただろうか、千早は料理を覚えたいと母に色々教わっては、新に味見を頼んでくる事が多くなっていた。
「あー……ちょっと足りない感じ。スーパーまで付き合ってくれる?」
「いいざ。千早この二年ですごい腕上がったな。あり合わせで作ったりとか手際いいし」
 その賛辞に千早の顔が綻ぶ。
「やーっと言ってくれたもんねえ。参りました、って」
 いつだったか、新にとっては「負ける方が嬉しい勝負」の話が二人の間で出た事があった。千早は三連覇して永世クイーンの座、新は名人になってから八連覇。かるたで目指す目標を達成したら相手に「カッコいい」と言おう、という勝負。
「うん。美味かったし、それ言えて嬉しかった」
 その話の派生で、当時カレー鍋を焦がしていた千早とまた別の勝負をする事にした。料理の腕が上がったら「美味しい」という言葉と一緒に「参りました」と言わされる、これも「新が負ける方が嬉しかった」勝負で、最近になって新は「見事に」負けた。

 「そう言えば味付けとかも、少しずつ変わってったな」
 覚えたての頃に持ってきてくれた手料理も美味かったが、やはり各家庭で味付けが少し異なっていて新は「そういうものだろう」と思っていたが、近頃千早が作ってくれる料理でそうした「差」を感じる事はない。
「……変わんないんなら、新から細っかーく感想もらう意味なくない?」
「はは、ほやな。最近作ってくれるの、ほんとに美味いし」
 味見してと持ってくる度にメモ帳片手に塩加減はどうか、甘さや焼き加減は、と微に入り細にわたり問うてきて、次に同じメニューを持ってきた時には「新の好み」に近くなっていた。
「うちのお母さん、新くんはこういう味が好きなのねー、とか言ってる」
 くすぐったそうに笑い合う。

 「ちなみに今日は、何作る予定なんや?」
 のんびりとスーパーまで歩きながら、新は聞いてみる。
「特に決めてないよ。……何だったら沢庵煮てもいいけど?」
 味は嫌いではないのだが、作るときの匂いは未だにどうも苦手でつい渋い顔をしてしまう。もちろん昔から母が作る所を見慣れていただけに、今日言ってすぐ食卓に並ぶ物ではないのも良く知っていて、千早が冗談で言っている事は分かっているのだが。
「まあ千早に任すわ。何出てくるんか楽しみにしとこ」
 四年間の自炊で新の料理の腕前も上がってはいるが、当たり前だが自分で作る食事は何が食卓に並ぶか全部分かっている。時々こうして千早が台所に立ってくれるようになって、新は待ち遠しいという楽しみを得た。
「手が足りんかったら、言っての?」
 ありがとう、と千早は頷いた。

 「この頃おれが台所から追い出されてるしの……自分ちやのに」
「私の物も増えてきちゃったね、新んちだけど」
 初めのうちは持って帰っていたエプロンや、嵩張らない日用品をだんだん預かるようになっていき、新の部屋は少しずつ雰囲気が変わってきた。
「おれは悪ないなあって思ってるけど。寝る時とかも、一人でないって気するし」
「何かずるいんだけど、それ。私の部屋には置いてないもん」
 さすがに自宅住まいでは千早の部屋に新の私物はそうそう置けない。時折それを笑いながら愚痴っている。
「……時々おれの服とか持って帰ってるがの。最初聞いた時は驚いたけど」
 帰省中にガスの元栓を締めたかどうか気になって千早に見てきて欲しいと頼んだ時。不在の部屋は空き部屋よりも寂しく感じたと言って、新の匂いがするからと服を本人の代わりに借りていった事があった。

 「うちにある大きなダディベア、一ヶ月ほど置いといたら匂い変わるかなあ」
「また言うし……あれは勘弁してや……。素振りの場所なくなるわ。その代わりにって札交換したやろ?」
 千早の寂しがりを少しでも軽く出来たらと、お互いの取り札から六、十一、十七、二十二番の四枚を入れ替えた。裏張りの色だけは違うが、取ったり素振りをしたりする分には差し支えがない。
「まあ、小さいのやったら置いてっても構わんざ。匂い移るかどうかは知らんけど」
「毎晩抱っこして寝たら移ると思うなあ」
 いい年をした男が縫いぐるみを抱えて寝るという姿を想像すると苦笑以外浮かべられないが、眠る所など千早以外に見る事もない。それで喜ぶなら、まあいいかと新は思い直した。
「おれの匂いって、よう言(ゆ)ってるけど……なんか危ない人みたいやざ、千早」
 それでも仕返しはしたい、とからかうように言葉を返す。
「酷っ! ……危ない人の彼氏のくせに」
 むくれた顔に買い物を済ませようと笑いかけると表情を戻した千早がそっと手を取ってきて、いつものスーパーまでの短い道を並んで歩いていった。

 ◇  ◇  ◇ 

 「──ごちそうさまでした」
 千早の手料理をきれいに平らげ、新は背筋を伸ばして手を合わせる。
「お粗末様でした。お腹、足りた?」
「ちょうどいい感じや。ありがとう。意外な組み合わせやな、って思ったけど美味かった」
「この間テレビでやってたんだ。うちで試しに作ったら、なるほどなあ、って」
 最近よく、どちらが洗い物をするか、まるで試合でモメるように押し合いになっているが、それも楽しい時間の一つだ。今日も互いに譲らず、とうとう最後には取り札から一枚ずつ引いた札の歌番号が大きい方という決着の付け方になった。
「これ、おれらには一番手っ取り早いし、毎回こうしよっさ」
「公平だし、私達らしいよね。うん、採用」
 少しだけ偉そうに千早が返す。

 「採用って言えば、おれ試験受けに六月からちょこちょこ留守にしてるでの」
 前々から千早に話していた通り、大学を卒業したら地元で市役所に勤めたい考えの新は、試験日程に合わせて数日福井に戻る。
「うん。気を付けて行ってきてね」
 千早は「頑張れ」とは言わずに置いた。夢を「全て」叶える第一歩になる試験に、新がいい加減に臨む訳がないから言う必要がなかった。
「ありがとう。千早の試験対策はどんな感じ?」
「一次と二次の勉強もだし……面接に向けての『身体で覚える』系の勉強っていうか特訓かな。OBから討論のコツとかアピールの仕方教えてもらうとかの」
「面接が最後の難関やもんな。静かに勉強したかったら、あっち帰ってる間でも居ればいいでさ」
 高校教師になってかるた部の顧問になりたい、福井で試験を受けると自分から言い出した事に、千早が努力を惜しむ筈もない。新もまた頑張れという言葉は使わなかった。

 「ベストは尽くすけど、もし講師登録になっちゃっても、それはそれでメリットもチャンスもある事だし」
「チャンスは分かるけど、メリットってどういう事?」
 少しピンと来ず新は問う。
「非常勤講師でも産休代理やなんかで声かかる事あるから、今のバイトみたいな事での生活になるけど、その分だけ社会経験が得られるから。『先生病』にはなりたくないなあって」
 OBの受け売りだと言って千早が口にした聞きつけない単語に首を傾げた。
「……って何?」
「大学出てすぐ、親ぐらいの年齢の人からも頭下げられたりで、上から目線を当たり前に思っちゃう人もいるらしいんだ」
 ろくに世間を知らないのに、と言葉を継ぐ。
「なるほどの。確かにメリットって言えるな。……ほやけど」
 かるたを通して他者へ敬意を払う事や、力をつけたと傲慢になる事の危うさを知っている千早はそんな「病気」に陥らないと新は強く言い切った。

 「私たちが知ってる『先生』は、厳しいけど優しい先生ばっかり」
 千早がどの「先生」を指しているか問うまでもない。
「……うん。自分もあんな風になりたいって思う先生ばっかしや。……腹踊りは別やけど」
 新が付け足した一言に千早が可笑しそうに笑った。
「優しくて厳しいけど、時々面白くて……夢叶えるのに必要な努力教えられる先生が、おれの地元に一人増えるんやなあ」
 楽しみや、と笑みながら言う新へ強い眼差しで返した千早の瞳が不意に悪戯っぽく変わる。
「……かるた界だけは大混乱するかも」
「特に福井やとワケ分からんくなるやろな」
 いずれは自分達も「かるたの先生」と呼ばれたい。そして一緒に生きる中で千早が自分の姓を名乗ってくれたら、祖父を含めて「綿谷先生」が三人になる。そんな楽しい混乱をいつか引き起こしたいというのも夢の一つと言えた。



POSSLQ = Person of the Opposite Sex Sharing Live Quaters


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written by Hiiro Makishima