No Regret in Tokyo 1
|
「……何べん来ても、人多いなぁ。……慣れんとしゃあないけど……」 東京駅の改札を抜けた新は溜め息を一つ吐く。人の多さ自体も慣れないが、雑踏の騒がしさが耳について長時間の移動での疲れを倍加させられているような気になる。 「んーと、待ち合わせの出口どっちやったっけ」 春休み期間中に一度東京に遊びに行く事は千早に知らせてある。携帯に送られた駅の出口で待ち合わせようというメールを確認して、新は地下街を大股で突っ切っていった。 「あっ、新ぁー! ここだよー!」 よく通る声が新の耳に届き、視線を向けると千早が伸び上がってこちらに手を振っているのが見えた。 「ごめんな千早。だいぶ待った?」 早足で千早の側に向かって待たせた事を詫びると千早はあっさりかぶりを振る。 にこにこと笑っている顔を見ているうちに、そう言えば告白以来顔を合わせるのは今回が初めてだと思い出し、新の顔はみるみる赤くなる。 「あ、えっと……ひ、久しぶり……やの」 「……う、うん……」 新の口調が急にぎくしゃくした事で、千早も同じ事に思い至ったらしい。二人して顔を赤くして棒立ちになっていると、せわしなく行き交う人波に千早の背中が押され、新の方へよろける。 「大丈夫か?」 咄嗟に腕を伸ばして千早を支えて新は聞く。その腕に両手で掴まりながら千早もこくりと首を縦に振った。 「とにかく、外出よっさ」 「あ、そっか。新チェックインしないといけないよね。……えっと、こっち」 泊まるホテルへの道順を調べておいてくれたのか、千早は地下道への入り口を指さした。 「新、今年の高校選手権もやっぱり個人戦だけ?」 「……そうなりそうやなあ。結構呼びかけたんやけど、みんな南雲会の方入ってもて。新入生に経験者居ったら誘ってみるつもりやけど。最低あと二人要るでなあ……」 頭を掻きながら新は溜め息を吐く。 「福井ってかるた盛んだって聞いたのに、高校では居ないって何か不思議なんだけど。……どんな返事だったの?」 「ん。家族が昔強かったとか、ほんな話ばっかし。兄ちゃんがまたやりたいって言ってるとか、妹に藤岡東受験するように言うてみるとか」 千早は新の顔を下からのぞき込む。 「思いつきだから違うかも知れないけど……話聞いてると何人かは、実は本人も興味があるけど言い出せないっぽい感じするよ。だから家族の話持ち出してるんじゃない? ……新がもう一押ししたら、なんか渋々っぽく入部しそうだけど」 千早の一言は新の意表を突くものだった。 「ああ……。あるかも知れん……それ」 新自身、昔千早が言った事に感心して話しかけたいと思ったがなかなか実行出来なかった事を思い出す。県民性というやつだ、と気が付いた。 「ほや……かるたに限らんけど、何かやってみたいって思っても、自分が真っ先に手挙げるの気にする人多いんや、福井は。……盲点やったわ。ありがとう、千早」 自分が根っからのかるた好きのため考えた事がなかったが、同じ学校の生徒に対しても『綿谷が何度も誘ってくるから』という口実が必要なのかも知れない。何人かはそれで折れてくれる可能性はあるだろう。特に新は前回の選手権でA級優勝を果たし、西日本代表にもなっている。その相手から乞われての入部となれば、周囲もあれこれ言わないだろう。 「千早のおかげで、もう少し粘れそうや。本当にありがとう」 「ううん。部員、来るといいね。……そしたら団体戦で戦えるし。私も楽しみ」 千早は朗らかに笑っている。昔も今も、千早の視点は自分の目を開かせてくれる。今度は新もすっきりとした笑顔を返した。 「あ、あった。チェックインして荷物置いてくるで、ロビーで待っててもらっていい?」 予約しておいたビジネスホテルの看板を見つけて玄関を潜る。千早をロビーに向かわせ、新はホテルのチェックインを済ませる。鍵を受け取って急ぎ足で部屋に向かい、ボストンバッグをベッドの上にどさりと置くと、中からこの間南雲会の道場で太一と取った試合のDVDと貴重品を取り出してまた早足でロビーに戻る。 「ごめん、お待たせ」 「早かったねえ、新。……それ、何?」 ロビーに備え付けてあったらしい情報誌から顔を上げた千早が、新の手元に視線をやった。 「あ、これ? こないだメールで言うた、太一との試合のビデオ」 千早の目の色が途端に変わる。 「貰っていいの?! って言うか、早く見たいなあ」 「……え、今か? ……ん、うーん……。ほんなら、ちょっと待って」 新はDVDを千早に手渡すと、フロントへ向かう。 「あ、すみません。パソコン貸して欲しいんですが」 フロントでノートパソコンを借りて、手招きすると千早はすぐに飛んできた。 「まあとにかく、入って。今パソコン電源入れるし」 千早を部屋に通して新は借りてきたノートパソコンの電源プラグをデスク脇のプラグに挿して起動させる。 「何試合だったっけ」 すでに千早の意識は録画した試合に振り向けられている。 「四試合や。名人戦と同じ最大五試合でって話やったで」 答えながら本体脇のイジェクトボタンを押して、トレイにDVDを乗せる。ディスクが吸い込まれてしばらくすると、メディアプレーヤーが自動再生を開始した。 「……角度、見づらくないか?」 千早の横に腰を下ろして尋ねると、千早は平気だと画面に目を向けたまま答えてきた。液晶画面に南雲会の道場と、札をかき混ぜている自分と太一が映し出される。一瞬画面が途切れ、すぐにスピーカーから「難波津」が聞こえだした事から、DVDに焼いた時に暗記時間の部分をカットしたと分かる。 「新、この時の配置って覚えてる?」 画面から目を離さず、千早が聞いてきた。 「おれの配置は普段のまんまや。千早、白波会で配列表見たやろ? ……太一のは、特徴としては友札を上下に配置してたの」 画面の中で札の応酬が続いている。何枚か空札が続くが、新も太一も目立って動く様子はない。 『ちはやぶる───』 読まれた瞬間、映像の中の二人は静から動へと一気に変わる。新の陣にあった「ちは」が読手の机にぶつかり、席を立った新が札を手に戻ってくる。 「……」 食い入るように画面を見ている千早が、読みと同時に右手に力を入れているのが見える。自分がそこに座っていたならどう取るか、それを考えているのだろう。 「新、この時何送ったの?」 試合全体を撮っているビデオでは、送り札の文字までは判別できない。「ちは」に続いて太一の陣の札を抜いた新が差し出している札を指さして千早が聞いてきた。 「あ、こん時は『わたのはらや』送った」 「え、大山札を? 何で?」 千早が初めて画面から視線を外して問うてきた。新はそれに答える前に画面を一時停止させた。 「まあ、普段やったら送らんけど。って言うかお互い、この試合は勝ち負けより大事なもんがあったでさ。太一には過去の自分と決別するケジメの意味もあったし」 「……新には?」 千早の大きな瞳が見上げてくる。一つ咳払いをして新は口を開く。 「決定戦の後で、千早教えてくれたやろ? 必ず取るって勝負に出るんやって。ほやで、おれもそうした。……太一にも、誰にも絶対渡さんって……宣言や」 新の言葉を聞いた千早の頬が真っ赤に染まり、どうしていいか分からないといった風情で視線を泳がせている。思わず腕を伸ばして細い肩を抱き寄せた。 「め、迷惑か? そういう……渡さんとかって人に言うたりすんのって……」 「え、あ、ううん。そうじゃなくって……。そ、んな風に言われるの……初めてだから、なんか……ドキドキして。……でも、迷惑なんて思ってないのはホントだし、……う、れしい、……よ」 狭いシングルルームに二人きりで居るという事をいきなり意識してしまい、千早の心臓は早鐘のように鳴っている。自分を抱き締めている新が安堵の息を吐く気配が伝わってきた。 新は新で、衝動的に千早を抱き寄せたものの、そこから先をどうしたらいいのか、進んでいいのかと頭の中でぐるぐると考え続けてしまう。見境のない男だと思われたくないが、腕の中の千早を手放すのも酷く勿体ない。 「千早……あの、えっとな……? ……その……」 何と言えばいいのか、言葉がまったく見あたらない。 「……新?」 千早が訝しんでいるのが声の調子で分かる。その声が新の背中を押した。 「千早……。おれ、千早に……キス、したい……」 恥ずかしさで身もだえしたくなるが、千早が嫌がるなら無理は言えないと、様子をじっと伺う。新に抱き締められたまま、千早が顔を上げてきた。 「……い、い……よ」 新の目の前で、千早の唇が小さく戦慄き、ぎこちなく目蓋が下りていく。思わず新の喉がごくりと音を立ててしまった。 「……千早、好き……や」 そう告げる新の唇も震えている。ゆっくり顔を近付け、震える唇にそっと自分の唇を重ねると、一瞬だけ千早の身体に力が入り、それからゆっくりその力みが抜けていった。 |