No Regret in Tokyo 2
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触れ合っていただけのキスをもっと深くしたい、と新がぐっと身を乗り出すと、勢い余って腕に抱いていた千早ごとベッドの上にひっくり返ってしまった。千早の唇から小さな悲鳴が漏れた。 「……ご、ごめん」 「え、ううん……平気」 そのままの体勢で謝り合うが、動揺が去ると今度は身体の下に千早を押し倒した格好になっている事が気になり出す。だが身体を離すのもやはり惜しまれて新は自分の我が儘さに閉口したくなった。 「新……?」 「……え、な、何?」 ベッドの上で仰向けになったまま、千早がじっと新を見ている。 「ん、何か新、悩んでるみたいな顔してるから……どうしたのかなって」 (悩んでる……まあ、そうとも言うんかな、これも……) 新は一度、肺の中の空気を押し出すように全部吐き、思い切って口を開いた。 「……おれも男やしさ……。好きな女の子とこんな状況やと、やっぱ……もっと……したくなる、で……」 (あーもう、おれ何言うてるんやし……?!) 「……あの……新」 千早の片手がおずおずと新の肩に触れてきた。 「幻滅するかも知れないけど……そ、それ、そういうのって……私も、やっぱり……そう、思う……よ」 (───!) 新の心臓が大きく跳ねる。 「幻滅とか、されるのはおれの方やろ。……もっぺん、して……いい?」 千早の頬にそっと片手を触れさせて、新はもう一度キスをねだる。千早が小さく頷くのを見て、ゆっくり上体を倒しながら今度は深く唇を重ねた。 「……ん……っ……」 くぐもった声が重ねた唇の隙間から漏れて新の鼓膜を打つ。それだけでも頭の中が真っ白になりそうだった。本や映画でかじっただけの知識だが、ゆっくり舌を差し入れてみると、肩に置かれたままの千早の手がきゅっと新の服を掴んでくる。 (……わ……凄い、ドキドキしてまう……) 新は片手をずらし、洋服の上からでも分かる、丸く盛り上がった千早の胸をそっと探る。 「……ンっ」 千早の唇から漏れる声のトーンが不意に変わり、新は慌てて千早から手を離す。 「ごめん、嫌、やった……?」 身体の下で千早は顔を真っ赤にして、口元に手の甲を当てている。 「嫌とかじゃ、ないんだけど……は、恥ずかしくて……どうしていいか、分かんない……。あ、あの、ゴメンね?」 新の事が嫌いとか、そういう事じゃない、と千早は必死に言いつのっている。それを見ているうちに、新の心に少し余裕が生まれた。 「謝らんでもいいって。……おれこそゴメンな。焦ってもて」 そう言った途端、千早の両腕が新の首を抱いてきて、少し息苦しさを感じたが新は敢えてそのまま千早の好きにさせた。 「新……私、新が……好き。大好き」 「……おれもや。千早が好きや」 千早が望むなら、何度でも言う。そう耳元で告げると首に巻き付いていた千早の腕の力が少し抜ける。 「あ、の……新。お願いが、あるんだけど……」 耳だけでなく首元まで赤くなって千早が言葉を継いできた。 「お願い? ……どんな事やろか」 「その、……い、今の続き……する時に、い、言って欲しい、なあって……」 「……好きや、って?」 ぎゅっと目を閉じて千早が頷く。 「いいざ。何べんでも。……ほやけど、おれも余裕なくなったら、言えんくなるかも知れんけど……」 「……余裕って?」 (……何ちゅう事聞いてくるんやし、もう……) 「まあ、その……色々。……って、あ。ヤバっ」 自分の余裕、という単語からある事を思い出して新は思わず身体を離した。 「ど、どうしたの?」 千早が不安そうな目で聞いてくる。新は真っ赤になりながら頭を掻いた。 「いや……こんな展開んなるって思ってえんかったで、おれ……何も用意とか、してえんかったんや。……へ、変な言い方んなるけど、ゴメンな? ……もし、続き……いいんやったら、先に買い物しに行かんとあかんなあって」 千早はベッドの上で身体を起こし、きょとんと首を傾げている。 「……えっと、ほやで……、その、コ、コンドームとか」 「え、あ……そ、そっか……。ど、どう……する? えっと、道とかの事もあるし、私も行った方が、いい?」 千早の方も答えるだけで一杯一杯になっているようだった。二人一緒にドラッグストアで避妊具を買う姿を新はつい想像してしまう。 (……うわあ……何ちゅうか……やる気満々にしか見えんやろ、それ……) とは言うものの、他に選択肢も思いつかない。新にしても「今回は思い留まる」という選択はまず自分が選べそうにないだろう事は分かっている。 「ほんならさ、飲み物とかも買いに出ようか。おれ元々今日の夕飯、ここの自販機でカップ麺のつもりやったし」 「あ、じゃあそうしよ? カップ麺だけじゃ栄養偏っちゃうよね。……たまに食べると美味しいけどさ」 千早は早々とベッドから降り立ち、外出の用意を始め出す。新は苦笑を一つ押し上げて、ポケットの貴重品を確かめると鍵を手にした。 「……って言うか私もあんまりこの辺詳しくないんだけど、適当に歩きながら探す?」 外に出た千早が肩を竦めながら言ってきた。 「ん、そうしよっか。……千早、手……いいか? 繋いでも」 「……うん」 左手にそっと重ねてきた千早の手を新は包み込むように優しく握る。 「新の手って暖かくて、大きいね。……なんか落ち着くっていうか、ホッとするみたいな感じ」 「ほうなんか? まあ、千早がいいんなら、いいけど」 大通りに出て適当に歩いていくと、ワンコインショップや家電量販店などの並びにドラッグストアの看板を見つけた。 「あ、お店あった。……あそこでいい?」 新は頷き、一度手を離して店内用のカゴを持つ。狭い通路では流石に手を繋いでいては他の人の邪魔になるからと、千早と新は一列になるように店内を歩く。 「えっと、カップ麺と飲み物と、他に何か買う? お菓子とか」 「お菓子は……んー。おれあんまり食わんしな。千早食べたいんやったらカゴ入れね?」 千早もそこまで食べたい訳ではない、と売り場を移動する。 「んっと……しばらくだけ、ここで待っててくれるか? ……おれちょっと、向こう……行ってくるで」 新が目線だけで示したのは、薬や絆創膏などと一緒に箱詰めのパッケージが並んでいるコーナーだった。千早はぎこちなく頷き、新はカゴを手にそこへ足早に向かう。 (……気のせいやとは思うけど、なんか店内の人がみんなこっち見てるみたいな気分になるな……どれでもいいで、早よ買って戻ろ……。って、何でこんなようけ種類あるんや?) 素材の厚みだのサイズだのと言われても、決める基準が分からない。 (かるたの札んたなに、初心者用とかあるといいのにのぉ……) 結局値段もサイズも平均的なものを一箱カゴに放り込み、さらにそれをカゴの下の方へ押しやった。 (はあ……恥ずかしいな、こういうの……。早よレジ済ませて出たい……) 千早が待っているコーナーへ戻るのも、何とも言えない気持ちだった。千早が軽やかな足取りで寄って来て、レジに行こうと言ってくる。 「そうやな。早よ済まそ」 買い物かごをレジに持って行き、新は代金を支払う。コンドームの箱を紙袋に入れられた時は正直いたたまれない気分ではあったが、店員が顔色一つ変えていなかったのが救いだった。 「……はあ。買い物するだけでえらい神経疲れた気するなあ」 店の外で新は大きな溜め息を吐いた。 「戻ろうか? 買った物部屋に置かないとね」 再び千早と手を繋ぎ、ホテルまで戻る。部屋に入ると買った飲み物を備え付けの冷蔵庫に放り込み、カップ麺はその上に積んでおいた。ビニール袋の中にはたった一つ、コンドームの箱を包んである紙袋が残された。 「新、これが……それ?」 千早の問いもひどく曖昧な言葉だが、言いたい事は分かる。新は頷いて紙袋を開けた。 「へえ……初めて見たけど、こんななんだ」 (見た事あるって言われたら、おれの方が困るわ……) 苦笑する以外新には返せる反応がなかった。 「あ、あのさ千早。……あの、もし先にシャワーとか浴びたいんやったら、自由に使って。おれ浴衣は使わんし」 千早と会う以上、一度はかるたを取るだろうからと練習用のジャージやタオルは余分に持ってきてある。 「え、う、うん。……ありがと。じ、じゃあ……その、お、お先に……」 新の手から浴衣を受け取った千早は、顔を真っ赤にしてユニットバスに消える。 「……あー……なんか、緊張する……。って言うか……」 薄い壁一枚を隔てた向こうで千早がシャワーを浴びている、と考えるだけでも一点に血液が集まって収まりがつかなくなる。 「恥ずかしくて、どうしていいか分からんくなる、か……明かりとか、暗くした方がいいんやろか」 ベッドの上によじ登り、枕元の調光パネルをいじってみる。確かに部屋が薄暗ければ恥ずかしさは減るだろうが、新の視力では眼鏡を掛けていてもこの薄暗さでは手元さえ怪しい気がする。結局元通りの明るさに戻してしまった。 キイ、と音がして浴衣に着替えた千早が浴室から出てきた。その姿だけでも今すぐ震い付きたいものがあるが、新はぐっと堪えて自分のバッグから細々した物を出して浴室に移動する。 大慌てでシャワーを浴びながら、以前小耳に挟んだ事をふと思い出した。 (……先にいっぺん、自分でしとけば長く保つんやったっけ?) 身体を洗いながら、どうしたものか、と考える。 (やめとこ。……今やったら多分、さっきの浴衣姿の千早とか思い出してやってまう。……なんかそれって千早に失礼な気ぃするし……) 全身の泡を落として手早く身体を拭き、上半身は裸のまま浴室を出た。 「……わ……」 その姿を見た千早が真っ赤になって俯いている。心臓の音が煩いが、それを千早に気取られないようなるべく普段の表情を保って新は千早の隣へ歩いていった。 |