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No Regret 5

千早が福井に行くVer.



 「東西予選あった日さ、おれ西の会場で東の参加者名簿見てびっくりした。千早からは修学旅行やって聞いてたのに、太一の名前あったでさ。……ほやけど、うちの栗山会長が取ってた東の途中経過メモ見て、太一が負けたんやって知った時な。……おれ、最初にホッとしてもたんや……」
 新は眉を顰めて長々と息を吐き出した。
「ホッとしたのは何でやろって考えてた時、おれ……ひょっとして太一の事かるたで見下してたんでないかって。狡い所あって、千早みたいな才能もある訳でないって思ってたんでないかって……」
 友人を見下すような自分に、名人戦に挑む資格があるのかと思った、と新は率直に語った。祖父が亡くなった時も自分はA級に上がるための試合に出ていた。勿論それは、一時的に意識がクリアになった祖父から行けと言われた事も理由の一つだが、最終的には自分の意志で試合に出る事を選んだのだから。
「試合中、じいちゃんの時とおんなじ事を自分はしてるんでないか、とか色々思っつんての。並んだ札が真っ黒に見えたぐらいやった」
 そこから掬い上げてくれたのは、横っ面を張ってくれた村尾と、会場入りした時からずっとお腹を下しっぱなしという羽目に陥った、由宇の手料理だった。
「……試合中にトイレとか、小さい大会でもあり得んぐらいの事やけど……何かあれで、自分の小ささが分かったっちゅうか……おれが思い上がってただけなんやって分かって。無様な自分でも、逃げたらあかんって思えたんや」
 新は衒いなくそう言い切った。

 「……おれ、千早の返事確かに欲しいとは思うけど、おれがこんな事考えたりもするような人間や、っていうのは先に話しときたかったんや。言うとかんと、何か格好つけた事ばっか千早には言うて、裏で他のもんバカにするような卑怯モンになってまう気がする」
 新の視線はまっすぐ千早に向けられている。
「新さ……さっき言ってた話の中で、太一の事狡いって言ってたけど……新が東京に進学するって知ってたのに言わなかった事?」
「えっ? ……ん、いや……昔の話やし、そこはあんまり気にせんでも……」
 千早がそう尋ねてきた事で、眼鏡を隠したり宣言なしに札の位置を入れ替えた事を太一は千早に話していないと分かり、新は言葉を濁す。それを告白するのは太一が決める事で、自分が告げ口していい事とは思えなかった。
(……眼鏡見当たらんかった時、太一が隠したんでないかっておれが言うた時も、千早は即座に否定してたしのぉ……ほれに眼鏡の事は、当時のおれ自身、太一の気持ち分かるでって黙っとく事にしたんやしな……)
 自分の口からそれを話す事で、千早の太一への信頼をぶち壊す事になりはしないかというのが、新の口が重くなる理由だった。

 「見下す……っていうかさ。私もヒョロくんに言われた事あるんだ。富士崎の合宿でヒョロくんも一緒だったんだけど……『夏の公式戦の時も思ったけど、真島はお前が側にいない方が強いと思う』って」
 高校に入学してすぐ千早がA級に上がり、それ以来練習で取っても滅多に太一に負けなかった千早は、どうしても太一の実力を計る時にそのバイアスがかかってしまう。ヒョロはそこを的確に指摘してきた。
「ヒョロくんがのぉ……。そう言うたら、高校選手権の時は太一とヒョロくん、B級で当たってたんやったか」
 千早が見ていない時の太一のかるたは、新も吉野会大会で目にしている。あれを見たからこそ新の心にさざ波が立ち、西日本予選当日までの不調の原因にもなったのだが。
「正直、吉野会大会の決勝で当たるまで、私も心のどこかで太一の事を自分より弱いって思ってたのかも。だから新の事を責める資格も権利もないよ。……私だって同じだったから」
 千早は少し目を伏せて告げてきた。しかしすぐにまっすぐ顔を上げて新に視線を合わせてきた。
「私もそんな、ダメな所だらけの人間だよ。資格なんて言ったら、そんな物が自分にあるかどうか全然分かんないけど。前にね、うちの部の机くん……駒野くんが教えてくれた事があるの」

 高校一年のクリスマス会の時聞いた一言。「ここに居たらいいのにと思う人は、付き合いの長さや深さ関係なくもう家族だ」。
「その言葉は、新の声が聞きたいって、電話する勇気をくれた。この間のクリスマスも、後輩の弟くん達にサンタさんは居るんだよって、私達で扮装して二階の窓から入ったりしたんだけど、その成功を祝ってるみんなと一緒に、新が笑ってる所を……想像してた。……新にも、あの場所に居て欲しかったし、会いたかった……」
 千早は一度目をきつく瞑り、自分の上着の裾をぎゅっと掴んで顔を上げた。心臓の音がひどく喧しい。
「……えっと、あの……。その、あ、新への返事、なん、だけど……、その……うん。わっ、私も……す、す……好き、です……。あの、あ、新の……こと」
 発熱したかのように顔が熱く、言葉の最後の方は新に聞こえたのかどうかさえ自信がなかったが、向かいに座る新が一瞬息を詰め、それから安堵したように大きく吐き出したのは千早の耳にちゃんと届いていた。
「……あの、新」
 呼び掛けて千早は一度コタツから出て、新の斜め前にきちんと正座して両手をつく。赤い顔をしていた新も千早に倣い、彼女の前に背筋を伸ばして座り直した。

 「私、新の事が好き。……だけど、かるたでは新も、私にとっていつか倒したいライバルなの。だから、全力でぶつかっていくし、新も私に手加減なんか絶対にしないで欲しいって思う。……もし、それで良いなら……東京の大学に来たら、私と一緒にかるたを取って下さい」
 言い切って深く頭を下げる。千早からは見えないが、頭の上の方で微かに空気が動いたような気配がした。
「……千早。とりあえず、顔上げて」
 新に言われて上体を起こすと、向かいで正座していた新の方が今度は頭を下げている。
「おれの気持ちは前に言うたまんまや。ほやで千早の気持ち聞けて嬉しい。……ほんで、今千早が言うた事やけど。……おれにとっても千早は全力で戦って、勝ちたい相手や。勿論手加減なんか絶対せんし。練習やとしても、試合って名前が付いたら、いつどこで取っても、おれは自分の全部を出して千早と取る。……今、それは約束する」
 顔を上げると、千早の大きな瞳と視線がぶつかった。
「……へへ。な、なんか照れちゃうね」
「ほやの。何て言うていいんか、分からんわ。……よろしくお願いします、も何か変な気するし」
 お互いこういう事に縁がなかっただけに、どういう顔をしていいのかさっぱり分からない。
「……誰かに新の事聞かれたら、言っていい、って事? ……その、……か、彼氏だ、って……」
「あ、えっと……うん。おれも聞かれたら言うし。……彼女やって。……うわ、何かひっでもんに(もの凄く)恥ずかしいんやけど」
 まだ暖房が要る季節だというのに、向かい合って座ったまま二人揃って顔を真っ赤にして固まってしまう。

 「……さ、サンタの格好したんやってか?」
 どうにも照れ臭くて新は唐突に話題を変えた。
「うん。……あ、携帯に写真あるけど、見る? ……サンタのメイク、お姉ちゃん直伝なんだよ。……ほらこれ。私だよ?」
 千早もどこかホッとした口調で言葉を返し、自分の鞄から携帯電話を取り出した。
「……え? こ、このサンタ、千早なんか? ……言われな分からんわ、これ……。って言うか、言われても分からんかもや」
 カツラや付けひげだけでなく、含み綿やカラーコンタクト、睫毛まで白のマスカラという念の入れようでは流石に新もこれを千早だとは認識出来なかった。
「おれ子供ん時にさ、親から『十歳からお年玉とクリスマスプレゼントは法律で廃止された』って言われて信じ込んづんての」
「……新も? 私もお姉ちゃんに『十歳からお年玉貰っちゃダメって法律出来た』って言われた事ある!」
 お互い実に騙されやすい子供時代だったのか、と顔を見合わせて同時に吹き出した。

 クリスマスパーティの写真を見せていると、千早の携帯にメールが届いた事を示すアイコンが点滅した。
「あ、菫ちゃんからメールだ」
「……後輩の女の子やったっけ?」
「うん。……あれ、新に紹介した事あったっけ?」
 首を傾げる千早に、新は高校選手権の時、神宮の入口であった事を話す。
「先に病院行っつんたで千早えなんだ(居なかった)か、そう言えば。……圧倒されつんたわ、おれ。……あ、ゴメン。メール読むんやったの」
「……って言うか、読むまでもない感じ……ほら」
 千早はメール画面を新に見せてくる。そこには『ちゃんと気持ち伝えられましたよね?』と書かれていた。
「え、これ質問でないみたいやけど……来る前、なんか話したとか?」
「……うん。近江神宮から帰った時、かなちゃんが『良かったら女の子だけでお泊まり会してお喋りしませんか』って。……二人とも、決定戦の時会場に居たから、色々心配してくれてたの。……菫ちゃんちに泊まってね、恋バナとかしたんだけど……かなちゃんも菫ちゃんも、新の真剣さに私も同じだけの真剣さで応えなきゃダメだ、どんな答えを出すにしろ、後悔しないようにちゃんと考えて、って言ってくれた」

 千早が口にした日付には新にも心当たりがあった。名人戦当日酷い風邪で寝込んでしまって神宮には行けなかったが、その日千早から見舞いのメールが来た。
(……ほんで千早の事を気遣って『お泊まり会』開いたんやろうな……)
「返事、するんやろ? メール」
「うん。……けど、何て書こうかなあ。何か照れ臭くって文章浮かばないなあ。何かこう……見れば一発で分かるような返事ってないかなあ……はぁ……」
 がっくりと肩を落とす千早の姿に新は小さく吹き出すと、自分の携帯をポケットから取り出してカメラを起動させた。
「千早、ほら」
「……え?」
 呼ばれて顔を上げた千早の隣に素早く移動した新は、自分達の方に向けたカメラのシャッターを切る。ディスプレイには頬がくっ付きそうなくらい顔を近付けた二人が映っている。
「その……これ送れば何も書かんでも、分かるやろ? ……千早の携帯に送っとくで」
 耳を真っ赤にしながら新は携帯を操作している。それを見ていた千早はふっと自分の緊張が軽くなるのが実感でき、自然に顔が綻ぶ。
「……うん」
 新の肩にこつんと額を当て、小さな声で「ありがとう」と告げると、新の大きな手がそっと千早の手に重ねられた。



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オマケ



written by Hiiro Makishima