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No Regret 3



 メールを送信し終え、大仕事を成し遂げたような長い溜め息を漏らす千早に、奏はそう言えば、と声を掛けた。
「以前、千早ちゃん他校の男子に駅で『付き合って』って言われた事ありましたよね。……あの時と今と、自分の気持ちって比べてみてどうですか?」
「ええーっ?! きょ、去年そんな事があったんですか?!」
 一学年下の菫にとって初耳な話題だけに、もの凄い食い付きを見せ、千早の答えを早く聞きたいとウズウズした顔を見せている。
「……ご、ごめん。実は今、かなちゃんに言われるまでコロッと忘れてた……」
 千早の一言に菫は呆然とした顔になるが、奏は逆に納得しているようだった。
「多分、千早ちゃんならそうなんじゃないかって思ってましたけど。……思い出してみて違いって、ありますか?」
 奏は静かに問いを重ねてきた。
「去年の時は私、付き合ってなんて言われたの初めてで……これ逃したらもう二度とないかもーって騒いでたけどさ。……それだけだったんだよね。相手を知りたいとか思ってなかったと思う。だけど新は……新とは色々話して知ってる事も結構ある筈なのに、知らない事多くって……知りたいって思う。……それは好きだって言われる前からそう思ってた」
 ただその「知りたい」という感情が何に根ざしていたのか自分でもはっきりとせず、千早はクッションに顔を埋めた。

 「ごめんなさい。困らせるつもりじゃなかったんですけど。……ただ、私には千早ちゃんが、もっと前から変わり始めてたように思うんです。……夏休みに出た短歌二十首って課題。千早ちゃんが詠んだいくつかの歌を読んで、私そんな風に感じたんですよ」
 奏の口から、千早が入院中に詠んだ短歌が紡がれる。
「……『夏の日の暑さのとどかぬ室内できみの言葉の届くしあわせ』……素敵な歌です。この歌を詠んだ時、千早ちゃんの中にはどんな光景がありましたか?」
「ん……高校選手権で新、A級優勝したじゃん。詩暢ちゃんに勝って。……あの時私さ、自分もずっと頑張ってきたけど何か違うんじゃないかって気がしてきて……大会の時は時間切れだったから、病院から電話してみたんだけど……。セミの声が大きくて、電波も新の声も届いてるのに、別の国に居るみたいで苦しかった。でも新の言葉は私を楽にしてくれた」

 『おれな、公式戦でも練習でも、試合するときはいつもあの部屋に戻るんや。誰が来ても、なんにも怖くない、嬉しくて、楽しくて、終わって欲しくない、千早とかるたした……あのボロいアパートの部屋』

 新のその声はまるで隣で言われたように、今もはっきりと千早の脳裏に甦る。だが千早は新が告げたその言葉を、心の中だけで繰り返し、奏や菫には伝えないままにした。
(どうしてか分からないけど、この言葉は私と新だけのものにしておきたい。そう思っちゃう……)
「なあんだ、じゃあ先輩の心の中には、いつも綿谷さんが居たって事じゃないですか」
 菫の言葉に千早は少し赤くなって俯いた。

 「学校で配られた秀作集も、千早ちゃんらしい歌でしたね。『かささぎが渡してくれたあの声をお守りにしてかるたに向かう』……もしかして、『かささぎの』の歌の解釈を覚えてくれてました?」
「うん。……ほら、さっきちょっと一年の時のクリスマス会の話出たけどさ。あの時私、机くんの言葉に力もらって、新に初めて電話したんだ。新の声を届けてくれる携帯電話ってかささぎみたいだなあって」
 菫がじっと千早の顔を見上げているのに気付き、千早は首を傾げる。
「話聞いてると、綾瀬先輩の行動って普通に恋してる感じで、決定戦の後に即答してても不思議じゃなかったぐらいに思えるんですけど、私」
「ええーっ?! ……そ、そうかなぁ……」
 千早は耳まで赤くなっている。
「花野さん、結論までは押しつけちゃいけませんよ。……千早ちゃんの心の中に、ずっと綿谷さんが居たのは確かでしょうけれど、どういう形で存在していたのかは千早ちゃんが考える事ですから」
 そうは言うものの、千早のそうした言動は恋する乙女のそれに近いと奏も思ってはいる。
(……多分、かるたでの繋がりが強すぎて、千早ちゃん自身うまく区別が付かないんでしょうけど……)

 「先輩、来月のバレンタインデーはどうするんですか?」
 ちゃんとした返事をするなら最適の日じゃないですか、と菫は水を向ける。
「えっ? か、考えてない……。毎年、原田先生にしかあげてなかったし……」
「マジですか?! 今まで義理チョコすら、贈ってないんですかあ?! ……って、いえ、いいです」
 同じ部員にさえ贈っていないのかと聞きたかったが、どうしても太一の名が出てしまいそうだったから、菫は言葉を途中で飲み込んだ。
「私なら、ですけど……来月って連休ありますよね。その時にチョコ持って会いに行こうとか思いますけど。普段なかなか会えない相手なら余計に」
 太一の事が好きな菫の言葉の端々には、新からの告白をオーケーする前提でのプッシュがつい混じってしまう。奏に少し厳しい視線を向けられて慌てて口を噤んだ。

 「千早ちゃん。焦らなくてもいいですから、自分の気持ちと正直に向き合ってください。……でも実は、私も会ってお返事するのが一番だとは思ってるんです。……昔憧れた人が言っていたんですけど、瞳を見交わす事が出来ないと、相手の気持ちを想像するのは一層難しくなる……って」
 特に千早は感情がストレートに顔に出る分、うまく言葉に出来ないものを補ってくれるのではないだろうかと奏は告げた。

 「……福井まで、かぁ……新幹線と特急の切符代が厳しいよお……。前行った時もお姉ちゃんにお金借りてだったし、難しいかも……」
 千早は長々と溜め息を吐き出した。
「夜行バスならもっと安いですよ? 調べてみましょうか」
 菫は携帯でざっと高速バスの路線をチェックし、料金表を見つけて千早に見せてきた。
「あ、ホントだ。……けどこれ、夜行って事は……ええと、六、七……八時間?!」
 所要時間に千早は目を剥いて仰け反っている。
「……まあ夜行バス使うなら泊まりがけにでもしないと身体がキツいと思いますけどね。飛行機が一番移動時間はかからないですけど、その分高いですし。まあ、一応参考資料ってことで」
 菫は携帯を脇に置いた。
「とりあえずは綿谷さんの風邪が治ったら、電話で話すんでしょ? 思ってる事とか」
 奏の言葉に千早はこくりと頷く。
「その……こ、告白の返事だけじゃなくて……かるたの事でも新に話したい事もあって。だから、電話はかけるつもり」
「頑張って下さいね。素直な気持ちを言葉に出来るように祈ってますから」
 奏はにこやかに励ましてくれた。

 「じゃあ難しい話はここら辺ぐらいにして、ちょっとお菓子とかで一息入れましょうよ。せっかくの『女子会』だし、お洒落の話なんかもいいと思うんですけどー!」
 菫がコンビニで買ったスナック菓子の袋を開けてきた。
「お洒落……はよく分からないですけど、一息入れるのは私も賛成ですね。一つ、いただきます」
 奏がお菓子に手を伸ばす。
「あ、私も私も」
 千早はスナック菓子をぱくりと口に放り込んだ。



↓「Another side」は千早が電話で返事をするパラレルです



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written by Hiiro Makishima