No Regret 4
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特急列車を降りてホームに降り立った千早は、うん、と一つ大きな伸びをして強ばった身体を解す。奏や菫が色々調べてくれたが東京から新の住むあわら市まで一番早く来られる飛行機はやはり交通費が嵩みすぎるし、飛行機の切符など買った事がなかったため結局一度経験がある新幹線と特急の乗り継ぎでここまでやって来た。 「……う、何か緊張する……」 以前ここまで来た時も、新に会うまで緊張してはいたが、今のそれとは理由が違う。だが事前のメールで福井に行く事は新に知らせてある。待たせてしまっては申し訳ない、と千早はぐっと拳を握ってから改札へと歩き出した。 「……えーと」 学校が春休みという事もあって、やはりこの時期を利用して帰省する人も多いのか以前来た時より駅のコンコースを行き交う人が多いような気がする。改札を抜けてぐるりと視線を巡らせると、見覚えのあるパーカーを来て改札からそう遠くない柱の側に立っている新の姿が目に飛び込んできた。 「……あ、……ち、千早」 雑踏にかき消されそうな声だったが、千早の耳はその声をしっかり拾う。その途端、千早の表情は「好き」と言われた相手に告白後初めて顔を合わせる照れ臭さで茹で上がり、進める足も妙にぎくしゃくしてしまうが、後ろの利用客に押される格好で新の待つ柱の方へよろけるように近づいていった。千早を迎えに来た新の方も、全く同じような表情を浮かべていた。 「あ、えっと……ひ、久しぶり……」 「……う、うん。……か、風邪は、もういいの? ……新は」 新が酷い風邪を引いていたのは一月の話だ。我ながら何を言っているのかとも思うが、何を話していいのかまるで思いつかなかった。 「あ、うん。もう大丈夫や。……とにかく、駅から出よっさ。立ち話してると邪魔んなってまうやろうし」 新が先導するように駅の出口に歩き出すと、千早は慌ててその後を追った。 「えっと……どうする? ……おれんちで話すんで、いいんか?」 駅前の通りに目をやりながら、新が問うてきた。 「……うん」 新の家、という言葉にも今までと違う意味があるような気がして、頷くのにも勇気が要った。 「ほんなら、行こさ。……何か、かるたの事でも話あるんやったの?」 新の口からでた「かるた」という単語で千早の気持ちがスッと楽になる。 「うん。ちょっと聞いて欲しい事あって。相談、って言うより弱音とか愚痴みたいだから本当は言いたくなかったんだけど、一人で抱えてるのも苦しくって……」 以前も通った道を新と並んで歩きながら、千早はそれだけ言うと口を閉ざす。それ以上の事は着いてから話すというサインだと気付いた新は敢えてそれ以上何も聞かずに、まだ固い蕾のままの桜並木を進む。 「……前ん時はおれ、びっくりしたわ。自転車乗ってたらいきなり後ろから服掴まれて土手転がっつんたもんの」 歩いている場所からふと記憶が呼び覚まされて新は苦笑混じりに言葉を発した。 「あ、あれは……。その……ゴメン」 すれ違ったのが新だと気付いて必死だった事もあるが、今思えばかなり危ない事をやってしまったのも事実だ。あれで新が怪我でもしていたら、新のかるたへの復帰はもっと遠かったのかも知れない。 「や、おれより千早が怪我せんくて良かった。……東京予選とかあったんやしの」 新がふっと笑うと、千早の気分が和らいでいく。学校での出来事や、他愛ない話をしながら新の自宅へと歩いていった。 「お茶、どうぞ。……ほんで、かるたの事で話したいって、どんな事やろ?」 千早を居間に通し、コタツに差し向かいで腰を下ろしながら新は尋ねた。 「うん。とりあえず順番に話すね。名人戦のちょっと前に私、周防さんのいる大学かるた部で練習試合したんだけど……」 千早はその時の事を順繰りに話していく。序盤は千早の『感じ』が通用したと思ったが、その後周防の「枚数差を調整して戦うための」フェイントに翻弄されお手つきを繰り返した事、それに惑わされないよう、原田の練習用に周防になり切って取っていた時のように、目を閉じて挑んでみた事。それでも結果は十四枚差だった事。話していくうちに千早の口調からいつもの元気さが失せていくのが新にもよく分かった。 「……試合終わった後に周防さん、私は前向きで友達もいて、クイーンにもなりたいのか、って。……そう言った後即座に『なれないよ』って」 言い終わった千早の両目に見る見る涙が溜まる。 「私、言い返せなかった……。クイーンになりたいって、今だって思ってる。でも周防さんに勝ててないから、言い返せない。もっと強くなって結果で返したいって思うのに……、周防さんのその一言が、ふっと出てきて、苦しくて、悔しくて……っ、ずっと頑張ってきたのに、心が重たくなって、かるたが取れなくなるの……っ!」 後は言葉にならず、千早は両手を握りしめたまま、静かに泣き続けている。 「……おれにも、似たような事言うてきた事あったざ、周防さん。西日本予選の時にの」 静かに口を開いた新の顔を、千早は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、はっと見上げてきた。 「おれが名人になるのは『次じゃない。君を見ててもテンション上がらない』って言うだけ言って帰ってもた」 実際決定戦で原田に負けてしまったため、周防の言葉は当たった事になる、と新は小さく溜め息を吐いて自分の話を終えた。 「……ただ、千早に言うたのは何かちょっとニュアンス違う感じやな。周防さんとの試合の時、そんな取り方する相手やって分かってからも、千早は食らいついて行ったんやろ」 前の名人戦で挑戦者になった武村準名人や、以前対戦した南雲会の村尾などはそれだけで気持ちが折れてしまったのを知っている。彼らに周防が何か言ったという話は聞いていないだけに、周防との対戦で気持ちが折れなかった千早に対してのみそう言った、と推測して差し支えないだろうと新は判断した。 「おれ、じいちゃんやら佐藤先生みたいな歴代の名人を何人か直接知ってるで思うんかも知れんけど……周防さんは確かにかるたは強いけど、名人としては何か程度低いんやなあ、っていうのが今聞いた最初の感想やわ」 新の祖父もことかるたに関しては厳しい物言いが多かったが、それは新を強くしたい思いから出た言葉だから、新がかるたそのものを嫌いになるような事は決して言わなかった。そう千早に話すと、千早もはっきりと頷き返す。 「私も、原田先生や色んな顧問の先生見てきたから、新が言うの良く分かる。ドSって言われてる須藤さんだって、からかったりはするけど、周防さんみたいな物言いはしてないと思うし」 千早の言葉を聞いて、新はしばらく腕組みをして考えを巡らせる。その邪魔をしたくない、と千早は差し出されたお茶に口を付けたりして沈黙を保っていた。 「……練習試合行った時、部の後輩とかに対してとか、周防さんの他の言動は何か知ってるか?」 顔を上げた新は静かに千早に問うた。 「あ、えっとね……周防さん自身は十一月からの二ヶ月しか練習はしないそうだけど、他の時期は時々顔出して、後輩の人に『頑張って』っておやつ振る舞ってるって。……でも練習試合終わった後、後輩の人に試合の事では何も言ってなかったかも」 「……ポーズ、なんかのぉ。教える気はないけど、いい先輩っぽく見せるっちゅうかさ。言われた人が実際頑張って強なっても、ほしたら今度はかるたで潰されるんやろうし……まあ、周防さんが何を思ってほんな事言ったんかは今は置いとこ。今気にせなあかんのは、言われた千早がこれからどうするんや、って事やし」 ぬるくなってしまったお茶をがぶりと飲み、新は千早に視線をまっすぐ向けた。 「さっき、周防さんに勝てんかったで言い返せんかった、って言ってたけど。……千早は、周防さんに言われたで諦めるんか? クイーンになる事」 「諦められる訳、ない。私の夢だし、神宮で試合見てた時『憧れの対戦風景』がふっと浮かんだの。……名人の席に新がいて、挑戦者が太一で。クイーン戦は私と詩暢ちゃん。……それを、ほんとの風景にしたいって強く思ったよ」 意気込んで千早が告げると、新はふっと笑って頷いた。 「おれ思うんやけど、周防さんが知ってるのはその試合の時の千早だけや。今まで必死に練習して強なってきた事とか、左手で取ってでも勝ち上がりたいって気持ちの強さとかは、知らん筈やろ。……周防さんのかるたが、相手のミスを誘って試合をコントロールするもんやったら、そこを崩してまえばいい。じいちゃんの受け売りやけど」 新は一度言葉を切り、祖父の言葉を脳裏に甦らせる。 「努力で勝ってきた相手は、どんな努力か見えるで、こっちももっと努力すればいい。天才に勝つのは難しい事やけど、その持って生まれたもんを崩されると弱いもんや。努力していくつも得意技を身に着けてきたもんは、崩れかけても己が築き上げてきた努力に縋る事が出来るんや、って」 向かいに座る千早は、新の口から紡がれた永世名人の言葉を反芻するように一緒に言葉にする。 「千早も確かに『感じ』の良さは天才的やし、閃きも凄い。……ほやけど千早が本当に凄いのは、そういう恵まれた物に胡座かかんと、ちゃんと努力してる事やと思う。前向きで気持ちが折れてえん千早を羨んだんか嫉んだんかは分からんけど、ほんなん相手にせんと、周防さんが前言撤回しとうなるように、頑張っていけばいいと思うざ。おれに出来る助力やったら惜しまんし」 「新……ありがとう。やっぱり、新に話して良かった。……愚痴っぽくてごめんね」 千早に頭を下げられて、新はどうしていいか分からないと言いたげに真っ赤になってあちらこちらに視線を彷徨わせていた。 「や……まあ、ほら。おれもこの前メールに書いたけど、次の名人戦クイーン戦は千早と一緒に出たいって思ってるしの。……挑戦者が太一かぁ。正直おれ、そこまで細かく想像はしてえんかったけど……」 そう言えば千早にまだ話していない事があった、と新は居住まいを正した。 |