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 卓球台が置いてあるスペースの側にある受付でラケットとピンポン球を借り、新は自分の携帯電話を千早に借りたビニールバッグから出して写真を撮ってくれるよう頼む。
「何か卓球やってるとこの画像を送る必要があるらしいんで、何枚かお願いできますか」
 従業員もそれがタイアップ企画だと知っていたのか、あっさり請け負ってくれた。
「卓球って何年ぶりやろ……浴衣やし、ゆっくりやろっさ」
「そうだね。……って言うか、何点先取で勝ちだっけ? ……十一点?」
 どうもお互い、かるた以外のルールは随分と曖昧なようだ。
「ほんでいいんでないんか? 別に公式戦とかでないんやし」
「……それもそうか。じゃあ、ジャンケンでサーブ権決めよ?」
 ジャンケンで勝った千早のサーブでゲーム開始となった。

 「んー、袖ちょっと気になるかなぁ。ゆっくり打つね。……せーの、っと!」
 それでも元々の運動神経の良さだろう、千早が打ったサーブは速さもそこそこあるが卓球台の縁ギリギリの所で上手くバウンドする。
「うわっ、速っ。……よっ」
 新はペンを持つようにラケットを握り、押し出すようにその球を千早側に打ち返した。
「チャーンス!」
 新の返球が打ちやすい位置だと見た千早は、綺麗に右腕を振り抜く。カコン、といい音がした次の瞬間、セルロイドの球は新の脇をすり抜けて床の上を転がった。
「やったあ!」
 喜んでいる千早の姿を見ているうちに、新の勝負根性にも火が点いてしまう。ラケットをシェークハンドに握り直し、左手の平にボールを乗せると、バックハンドでサーブを打ち込む。球は勢いよく千早側でバウンドし、しかもネット側に戻っていった。

 「えーっ、バックスピン?!」
  ピンポン球の軌跡に目を丸くしていた千早だが、次の瞬間にはその目に勝ち気な光を宿らせ、今度は新の真正面目がけて速いサーブを打ち込んできた。
「おっ……とぉ……!」
 辛うじて捌いた球は山なりの絶好球となって千早の手元に戻っていく。素早くラケットを構え直した新の右サイドに、思った通りさっきよりも勢いのあるスマッシュが打ち込まれたが、今度は新も予測出来ていた。ラケットを手の平の延長と考えて、飛んできた球を投げ返すつもりで振り抜くと、今度こそ直線でボールは飛んでいく。
「届けっ!」
 やはり反射神経に優れた千早はスリッパ履きをものともせずに軽いフットワークで回り込み、新の打った速い球をフォアハンドで拾う。
「まだや」
 千早が打てば、新も負けじとリーチの長さを活かして打ち返し、今度は長いラリーが続いた。

 普段なら新だけでなく千早にしても、こうした企画物の温泉卓球はいわば「お遊び」と捉えてしまうが、お互い本気で球の応酬をする事は楽しくて、どちらも一歩も譲らずデュースが続いている。写真を頼んだ従業員も何枚か撮った後は白熱したやり取りに目を奪われてしまっていた。
(……はぁ、浴衣にスリッパやで、やっぱキツい。……ほやけど、すげえ楽しい。千早の全力って、受ける方も気持ちいいんやもんなぁ……)
 新は浴衣の袖で額の汗をぐいと拭う。ラリーの合間に丹前など二人ともとっくに脱いでしまっていた。
「……はぁ、はぁ……。ねえ、新……」
 同じくらい汗だくの千早が卓球台の向こうから呼び掛けてきた。
「……一風呂浴びてから」
「かるたで決着付けようよ」
 二人の声が綺麗に重なり、思わず顔を見合わせた後同時に吹き出した。

 「はは……そう言うたら、まだ景色も全然見てえんかったしな」
「私も露天風呂楽しみにしてたの、つい忘れちゃった。……暗くなる前に一度入っておきたいな」
 新は頷くと、二つのラケットを重ねて借りたピンポン球と一緒に従業員に手渡す。
「凄い試合でしたね。……あ、お客様の携帯、お返しいたします。何枚か撮りましたけど、これで宜しいですか?」
 新が画像ファイルを開くと、横から千早も画面をのぞき込んできた。小さなディスプレイの中には、卓球台を挟んで真剣に、だが子供のように楽しそうにボールをやり取りしていた二人の姿が収められていた。
「ありがとうございます。……さて、ほんなら風呂行こっか。汗びっしょりや、おれ」
「私もー。本気で遊ぶって、楽しいよね」
 従業員に一つ会釈をし、二人は荷物と丹前を小脇に抱えて大浴場へと向かう。

 「おお、色々効能あるんだねー。……あれ、貸し切りとかあるんだ。へえ……」
 浴場の入り口に掲示されている効能書きや、露天風呂の案内、そして時間を区切って利用出来る貸し切り露天の説明を読んだ千早の口から、どことなく興味ありげな声が漏れた。
「空いてるかどうか、聞いてこよっか?」
 時計のお礼と言うにはまだ小さな事だが、新は自分の照れを押し隠して尋ねる。
「……え、っと……。あ、新の好きな方で……。誕生日なんだしさ」
「え、あー……っと……。ほんなら、一応……聞いてみる、けど」
 一任されて即答するのも、違う意味に受け取られそうで複雑ではあるが、せっかくの旅行だからと思い直して備え付けの内線電話で問い合わせてみた。フロントからは半時間後であれば空いている、との答えが返ってくる。
「えっと、じゃあその時間で。……はい」
 新は自分の名を伝え、電話を切ると千早に半時間後に入れると話す。
「じゃあ先に普通にお風呂入っておく? 汗かいたからこのままだと冷えて風邪引くかもだし」
「うん。それがいいと思うわ。……ほしたら後で、ここで待ち合わすんで大丈夫か?……んと、二十五分後ぐらいやろか」
 千早は頷き、二人は大浴場のそれぞれの扉へと消えていった。

 大浴場の広い湯船に浸かり、新はさっきの卓球で少し疲れた腕をもみほぐす。
「あんな本気で卓球とか、おれ授業でもやった事なかったんでないかな……千早が一緒やと、何するんでも全力やな。……キツいけど、楽しいなぁ……」
 きっと誕生日プレゼント選びも一生懸命だったのだろうと思うと、新の顔は自然に笑みを形作る。
(来年の六月、何あげよっかの。……どうせやったら、千早がビックリしそうなモンとか。……何はともあれ、バイトして貯金せんとな。部の先輩に聞いてみるかのー……)
 少しのぼせてきた身体を冷まそうと、湯船の縁に座り直して一息入れた。
「時計ないけど、ぼちぼち時間やろか……?」
 先に出て、何か冷たい物でも買っておこうと決めて新は風呂から出る。
「うわ、浴衣冷たっ。……さっきあんだけ汗かいたで、しゃあないか……」
 こればかりは仕方がない、と浴衣を着、濡れたタオルを千早に借りたビニールバッグの中に仕舞う。一緒に入れておいた小銭を手に持つと、新は大浴場から出て側にある自販機で冷たいお茶を二本買い、早速一本に口を付けて千早を待った。
「……あ、ごめん。大分待った?」
 缶のお茶が三分の一ほど減った頃、千早が頬を上気させて女湯の扉から出てきた。
「いや、ほんなには待ってえん。……はい、冷たいお茶」
「わ、ありがとう!」
 千早は缶のお茶を勢いよく喉に流し込んだ。
「……ぼちぼち時間やけど……移動、するか?」
「あ……う、うん」
 さっきとは別の意味で千早は顔を赤くして頷いた。



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written by Hiiro Makishima