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「……こんなトコか」 押し入れに収納している衣装ケースの引き出しを入れ替え終わり、新は溜めていた息をふうっと吐く。まだ五月中旬ではあるが、流石に冬用のコートは次の冬まで出番もないだろうと片付けついでに早めに衣替えを済ませる事にした。 「まあTシャツとかは練習で一年中着るもんやし、福井に居た時ほどキッチリ入れ替えんでも大丈夫そうやけど」 またじきに行われる次の大会の事を考えていた新はふとカレンダーに目をやった。 「……あ、千早の誕生日もうすぐやったな」 去年までは福井と東京という距離があったため、六月一日にメールを送るぐらいしか出来なかった、と思い出す。 (しかも高校一年ん時は『おめでとうって伝えて』って太一の携帯に宛てて送っただけやったし……) 当時の新は「千早は太一のもの」という思いがあり、しかもその少し前に新を心配して福井にやって来た二人を手酷く追い返した後だっただけに、千早のアドレスに直接メールを送る事は躊躇いがあった。 「その後かって、何か定型文みたいなメールしか出してえんなぁ」 元から長文のメールを打つタイプではないが、千早の誕生日に送ったメールですら一、二行という素っ気ない代物だった。 (今年は近くに居るんやし、何かちゃんとしたプレゼントしたいけど……何贈ったらいいんやろ?) 太一に相談、と考えかけて新はすぐその思い付きを引っ込めた。他の相談事なら確かに一番安心して話せる相手だが、千早の事に関してだけは聞くのがやはり憚られる。 「……おれやったら、ほんな事聞かれたら冷静で居られるか分からんもんなあ」 かと言って他に相談出来そうな相手も思いつかない。福井に住んでいた時所属していた南雲会の兄弟子の村尾は頼れる人間だが、十も年齢が離れると恋愛事の相談は持ちかけにくい。それに付き合いが長い分、村尾なら「相手が喜ぶ物が一番」と答えてきそうだと見当が付いてしまう。 「しゃあないか。買い物行きがてら、何軒か見て回ろ」 よく利用する近場のスーパーは帰りに寄る事にして、新は出かける支度を始めた。 アパートからの最寄り駅から電車に乗って都心まで出た。本数の多さは有り難いが、この人の多さにはまだ馴染めないものがある。 (試合会場の人混みやったら、ほんな気にならんけど……やっぱ外やと騒がしいでやろか。居るだけで疲れてまう気ぃするなあ……) 改札を抜けて目に付いた百貨店に取り敢えず足を運んでみた。入口近くに掲示されている案内図をざっと見て、売り場に行く前に頭の中を整理しようと階段脇のベンチに向かい腰を下ろす。 「……ノーヒントで何か探すっちゅうのは、ちょっと難しすぎるか。……千早の誕生日にちなんだ物とか調べてみるかの……」 新は携帯電話を取り出して、検索画面に「六月一日」と入力してみた。 「うわ、多すぎる……」 それでも検索結果一覧をざっと見てみると、中に「誕生石」や「誕生花」という言葉が載っているサイトがあるらしいと分かる。 (誕生石って、何月生まれは何の宝石や、とかやったっけ。……ほやけど誕生花って初めて見るな) 新は並んだ検索結果からそのサイトを表示させた。どうやら「誕生花」はうるう年も含めた三百六十六日それぞれ違う花らしい。日付欄に千早の誕生日を入力してみると、画面が切り替わった。 「へー……バラなんや」 バラそのものではなく、バラをモチーフにしたアクセサリーなら結構あるのではないだろうか、と新はもう一度館内図を見て売り場がある階へ移動した。 「……んーと……」 見るからに本格的なジュエリーショップの物は選ぶ以前の問題だからと、ショーウインドウの上にあるスタンドに飾られているピアスやイヤリングをざっと眺めてみる。 「うわ、結構高いんや……」 店員に話し掛けられないうちに、と新は足早にフロアを通り抜けた。流石に両親からの仕送りで生活している身ではそうそう奮発も出来ないし、ピアスなら穴を開けなくてはいけないが、それには何となく抵抗を感じる。 「考えてみたら、試合の時は外さなあかんしなあ。……アクセサリーは無理っぽいな」 独りごちながら書籍・文具売り場がある階へ移動した。 「カードってここやったっけ」 少し見て回るとメッセージカードが陳列されている棚を見つけ、新はカードのデザインを色々見てみる。 「あ、バラや」 真紅のバラの写真が表紙になっているカードを棚の見えやすい所に置き、新は携帯を取り出してさっき誕生花の名前が出ていたサイトから、そのバラがどんな感じのものなのかを調べてみた。 「へえ、言い伝えとかあるんやな」 伝承も興味深いが、六月一日のバラが持つ花言葉に新の目が留まった。そこには「わが心君のみが知る(Only you know my heart)」と書かれている。 「いいな、これ」 このカードを添えて千早にプレゼントしようと決め、新はメッセージカードをレジに持って行った。 「……あれ、綿谷くん?」 不意に背後から呼び止められて新の背中が一瞬竦む。 「……え、あ、……ヒョロくんかあ。……びっくりした」 振り向いた先に渾名通りの細い姿を見つけてほっと息を吐いた。 「綿谷くんがこんな所で買い物って珍しい。大学から結構離れてるだろ」 「あ、うん……まあ」 (そう言うたらヒョロくんて確か、彼女居るって聞いたな。……確か、西田くんのお姉さんやったっけ?) 「ひょ、ヒョロくんっ! ちょっと相談、って言うか……お願いがあるんやけど!」 「ぅひょぉっ?!」 突然そんな事を言われ、ヒョロくんこと木梨浩は相変わらずの珍妙なポーズを取って固まる。 「……おれが知ってるもんの中で、彼女居るのってヒョロくんぐらいやで、ちょっと話聞いて欲しいんやけど、忙しいやろか」 新が畳み掛けるように言ってくると、ようやく彼の驚きが収まったらしい。 「し、仕方ないなあ……」 口ではそう言うものの、案外まんざらでもない表情で浩は新の頼みを聞き入れると答え、連れ立って自販機がある休憩スペースへと移動した。 「で、綿谷くんの話って?」 自販機でそれぞれ飲み物を買った二人は隅の方の席に腰を下ろして話を始めた。 「うん。……もうじき、千早の誕生日なんやけど……おれ、何あげたらいいか全然分からんくて。さっきちょっと調べ物したら、千早の誕生日の花がバラやって分かったで、何かそんなアクセサリーでも、って思って見てみたんやけど高くて無理やし。ヒョロくんらやと、どんなプレゼントしてるんかって教えてもらえたらー、って思ったんやけど」 それを話すだけでも新の顔は真っ赤になっている。 「おれの話は多分参考になんないよ? 彼女、普段から食べ物とか持って来てるしさ。それに相手って千早だよね? だったらかるた関連の物ならハズレなしじゃないの? そういうので、千早がよく『欲しい』とか言ってる物とかって、何かないの?」 かるた関連で千早が欲しがっている物、と言われて新は少し考え込む。お互いに自分の札は持っている。着物や袴はとてもじゃないが手が出せないし、千早のお母さんが買ってくれたというあの袴はそれまでの試合で見たどの袴より綺麗だった。 「……持ってないもんって言うたら『ありあけ』ぐらいやけど……」 「そうじゃなくて、練習で使ってる消耗品とかなら、いくつあったっていいじゃないって話! なんかさ、素でボケてない? 綿谷くん」 『ありあけ』なら自分だって欲しいよ、と言い終わった浩が腕時計を見て立ち上がった。 「参考になんなくて悪いけど、おれそろそろ行かなきゃ。優華璃さんと待ち合わせてるから」 「ほうやったんや。ゴメンな忙しいとこ。話聞いてくれて、どうもありがとう。気ぃつけての」 ヒョロくんは「じゃあね」と片手を挙げてその場を立ち去った。 「うーん……まあ今日はしゃあないし、帰るか。……カードだけは良さそうなの見つけれたし」 まだ十日ほどはプレゼント選びに費やせるだろうからと、新はデパートを出て電車に乗り、いつも利用するスーパーで食料品をいくつか買い込む。 「……プレゼントで少し出費増えるし、保存利くおかず作り置きして、後は特売品で何とかするか……」 実家から時々米などが送られて来るのはこういう時には非常に有り難い、と新は心の中で両親に感謝しながら売り場を移動する。お菓子売り場の棚に並ぶチョコレートが目に入った時、ふとさっきのヒョロくんの言葉を思い出した。 「かるた関連、か。確か千早、試合の後はチョコ食ってるよな。……ほやけどチョコがプレゼントって流石になあ。食ったら何も残らんし。……プラスアルファ、でチョコも買う方向にしとくかの……」 家に帰って少し考えをまとめよう、と新は会計を済ませてアパートに帰った。 |