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汚れていない方の手で不器用に湯を掬い、手の平を洗い流した新は自分のタオルで千早の背中をそっと拭く。 「あ……ごめん。ありがとう」 「おれこそ、ごめんな。……こんなとこで。部屋戻ろうって早よ言えば良かったんやけど」 千早は小さくかぶりを振って、湯に浸かり直した。 「……ねえ新。私達来た時、すれ違った人達いたの覚えてる?」 「うん。あん時はえらいベッタリくっついてるなあって思ったけど、……多分、おんなじ理由なんやろなあ、おれらと」 隣に座り、新は答える。多分あの二人は途中で部屋に戻る余裕があったのだと思うと、自分は余程堪え性がないのかと落ち込みもするが。 「気にしないで、って言っても新は気にしちゃうんだろうけど……我慢しなかったのは私もだから。同罪」 「……うん」 自分に気を遣って言ってくれている事に言い返すつもりもなく、新は千早のその一言を受け入れた。 「わ、落ち葉……」 不意に舞った風が梢から木の葉を振らせる。その中の一枚が千早の肩に貼り付いた。 「紅葉やったらもっと似合いそうやけど。……って、『ちはやぶる』か。……安直やなあ、おれ」 その木の葉を指先で摘みながら新は呟いた。 「……ふふ。そう言えば新、初めてかるたした時も誉めてくれたよね、私の名前」 「今思うと、えらい気取った事言うてた気して、ちょっと照れ臭いけどの」 かるたの札から出た話とは言え、元来照れ屋な自分が、よくもまあ言えたもんだと新は頭を掻く。 「けど……前にも言ったかな。あの頃からさ、新に誉められると……くすぐったいけど、暖かくて、嬉しかった」 ずっと取り柄も何もないと思っていた自分にとって、とても大事なものだった、と千早は言葉を継いだ。 「……千早」 新は腕を伸ばし、湯の中で千早を抱き寄せた。 「千早自身が昔思ってた事なんやろうで、頭から否定はせんけど……かるた始める前も、千早にはいい所一杯やった。おれな、あの頃もずっと、ほんな千早に話しかけたかったんや。勇気なくて、声掛けられんかったけど……」 千早の腕がそっと新の肩口に添わされる。 「……あの日水溜まりに突き飛ばされてなかったら、私きっと今も、夢らしい夢も持たないで、そんな風に思ってたのかも。人って何が切っ掛けになるか、分かんないけど……今は私、あの日ずぶ濡れになって良かったなあって思ってるんだ」 「うん。……おれも同じや」 見上げてくる大きな瞳に吸い寄せられるように、新は顔を寄せ、形のいい唇を自分の唇で塞ぐ。 「……っふ、……ぁ……」 口付けの合間に零れる吐息が再び新に火を点けそうになる。慌ててキスを解き、千早の頬にぴったりと自分の頬を寄せて口を開いた。 「部屋戻ってから、続き……していい?」 合わさった頬が小さく頷き返してきた。 _ 広間での夕食を終え、途中持ってきたかるたの札や音楽プレーヤーを分担して手に持ち、二人は部屋に戻って来た。 「……ふう、暑い……」 「卓球してかるた取って、よう動いたもんな今日。……内風呂、張っとくわ」 言いながら襖を開けると、並んで敷かれた二組の布団が目に飛び込んでくる。部屋に足を踏み入れるのを一瞬躊躇った新の背中に、千早がぶつかってしまう。 「あっと、ゴメン。何ともない?」 「ん、平気。……あ、そうだ新。時計!」 夕食に向かう前、今まで使っていた方の腕時計を千早が欲しいと言ったのを思い出し、新はようやく部屋の中に入り、浴衣の下に着込んだジャージを脱いでから鞄のポケットに仕舞っておいた時計を取り出す。 「ありがとう! あ、ねえ。お姉ちゃんが言ってたんだけどさ、時計を贈るって何か意味があるとかって……。新、知らない?」 「……って千早、知らんと時計選んだんか? ……まあ、千早らしいんかの、そういうのも」 意味を知っていようといまいと、自分の返事が変わる訳ではない。新はふっと笑いながら答えを口にした。 「あなたの時間を私に下さい、って意味やって聞いた。ほやで、おれからの返事。……あげるざ、いくらでも」 「……うん。一杯欲しい。私の時間も、新に……あげるね」 「あ、忘れる所だった……。えっとさ、新。ちょっとだけ、向こう向いてて?」 「え? ……あ、うん。……こうでいい?」 唐突に千早から言われたが、新は逆らわず千早に背中を向けて座り直した。背後で鞄でも探っているのか、がさごそと色んな物音が聞こえてくる。 「もういいよ、新」 振り向いた新の目に飛び込んできたのは、長い髪にリボンを巻いた千早の姿だった。 「……どしたんやし、急に。……まあ、似合うけど」 新の前に座り直した千早が両手の指先をくっつけたり離したりと、妙に落ち着かないでいる。 「えっと……た、誕生日の……プレゼント……」 「……は?」 もじもじしている千早と、誕生日プレゼントという単語が新の頭の中でどうにも結びつかない。 「あの、だから……わ、私が」 「え? ……えぇ? いや、ホントにどしたんやし千早?」 ようやく千早の言った意味を新の頭が理解したが、いくら誕生日とは言ってもそんな事を言い出した理由がさっぱり分からなかった。 「部の先輩にさ、メールで相談してみたの。誕生日に何あげたらいいかって。……そしたら返事に、私にリボンかけて贈ればいい、って……」 「……」 しばらく唖然としたまま言葉が出なかった新だが、先輩の冗談を千早が真に受けてしまったのだと気付き、ようやく表情を緩めた。 「……なるほどの。ならプレゼントの扱いって、おれの思う通りでいいんか?」 「え、あの……、う、うん……。あ、新の……好きな、ように……」 答えるだけでも相当恥ずかしいのだろう、千早は耳まで赤くして俯いている。新が抱き寄せるが千早は身を固くしたままだった。 (無理しつんて……) 「ほんなら、普段のまんまの千早がいい」 可愛らしい耳朶に唇を寄せて言うと、千早の肩からふっと力が抜けるのが分かった。 「あ、ほやけどリボンそのままでも……。似合うてるし」 「え、じゃ、じゃあ……付けとく。うん」 新の掌が千早の頬をそっと包む。ようやく千早が視線を合わせてくれて、新の気持ちも楽になる。 「……やっと目ぇ見てくれたの、千早」 「う……ご、ごめん……」 「謝らんくても、いいって。別に悪い事したんでないんやし」 「……うん」 安心したと言うように、大きな瞳が瞬いた。新はゆっくり顔を近付け、その目蓋にそっと唇で触れ、頬や鼻筋に小さなキスを落としていく。緊張が解れた千早の唇が薄く開いているのを見て、今度は一気に深く口付けた。 「……ん……っ……」 千早の手が新の浴衣の袖をきゅっと掴んでくる仕草にさえ、新の全身がかあっと熱くなってしまう。一度キスを解いて布団の上に千早をそっと横にさせ、その上に覆い被さると、千早の手は素直に新の背中に回された。 「千早……」 耳元で名を呼ぶと、組み敷いた細い身体がぴくんと跳ねる。気を良くした新が首筋に唇を這わせると、背中に回った千早の指先にくっと力がこもる。 「……っふ、ぁ……」 襟の合わせに指を滑り込ませると、上気してうっすら汗ばんだ肌が新の指を迎える。しっとりとした感触をもっと知りたくて、新は千早の浴衣の合わせを大きく押し開き、柔らかな胸に顔を埋めた。 「ぁ……あっ、やぁ……」 新の指や唇が触れる度に千早の唇からは色を帯びた吐息がこぼれ落ちる。ごくりと喉を鳴らし、新はつんと上を向いて尖り出す淡いピンク色を舌先で捉えた。 「あぁ……っ! 新ぁ、あ……っ」 「……千早、気持ち、いい……?」 柔らかな胸を掌で持ち上げるように触れながら、新が問うてくる。 「んっ……。いい……。すごく」 荒い息の合間に片言で答えが返ってくる。それをもっと聞きたい、と新は浴衣の帯を外して脱がせると自分も裸になって再び覆い被さる。 「……おれ、もっと……知りたい。千早のこと……もっと、良くしてあげたいんや……」 だから教えて欲しい、と告げると、千早の片手がおずおずと新の頬に伸ばされた。 「う、ん……」 「ね、え……新……」 吐息混じりの声が名を呼んできた。 「……ん?」 新が視線を合わせると、千早は照れながら口を開く。 「私も、教えて……欲しいの。……新」 つっかえながら言われたその言葉に新の胸が締め付けられる。 (……今の、すごいグッときてもた……) 「……?」 「あ、うん。……出来るだけ、の」 新の返事を喜ぶように千早の腕がまた背中に回される。もう一度奪うように深く口付けると、たちまち千早は息を乱してしがみついてきた。 「ん……ぅ、あ、……んっ……」 新が指先で千早の耳を軽く撫でる。 「……やっ、ん! そ、こ……やだ……弱い……」 びくん、と身体が大きく跳ねる。 「ここ……?」 今度は耳朶を優しく噛みながら聞き返す。 「……く……ぁんっ、……う、うん……、き、もち……いい……」 「……っ!」 千早自身の言葉で「気持ちいい」と言われるだけで、新の背中にも電流のように快感が走る。どうにか堪えようと千早の耳や首筋にキスの雨を降らせていくと、白い身体がしなやかに反り返る。 「新、あらた……ぁ、お、願い……もう、焦らしちゃ……、や、だ……」 目元にうっすら涙が滲んでいるのが見える。新は一つ頷くと、千早の身体に最後まで残っていた小さな一枚をぐっと押し下げた。 |