保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活



 「……さてと」
 床の上を片付けた出水の一言で、和やかだった時間が終わる。七人は再び表情を引き締めて座り直した。
「さっき話した通り、奥山の件は学校側に報告しようと思う。……まあカメラ仕掛けたのを取り押さえたって時点で本来はそうすべきだったんだが。どこまで調べるのかは俺にも分からんが、出てきた話によっては浅司達にも聞き取りがあるかも知れない。……それもあって集まってもらったってのもあるんだ。うちの部の問題に巻き込む事になってしまって申し訳ない」
 出水の一言でかるた部の四人は揃って頭を下げた。
「あ、あの出水さん。それに皆も頭上げて下さい……それを言ったら私なんか、あの子の話鵜呑みにして綾瀬さんと綿谷くんに因縁つけてしまったんだし……本当に、ごめんなさい」
 小野も千早達に向かって深々と頭を下げる。

 「お互い頭下げ合ってても埒明かねえっしょ」
 山部はわざと乱暴に言って頭の下げ合いを止めさせた。
「まあ色々あるにはあったが、俺自身は得るものもあった。伊勢の事も綿谷達から聞けてすっきりしたし、分野は違うがその道に一所懸命な奴と知り合えたのは、俺も嬉しい事だしな」
 すっきりとした笑顔で浅司は言葉を紡ぐ。山部がそれに大きく頷いていた。
「それにこの前学食で会ったけど、かるた部にも新入部員入ったんだよな。悪い事ばっかじゃないっスよね」
「山部先輩。……ほうですね。相模先輩も指導手伝ってくれてますし。……あれ、巽先輩。どうかしましたか」
 七人の中で巽だけが表情を緩めていない事に新は気がついた。

 「いや……俺も考えすぎであって欲しいとは思ってるんだが……その三室の入部時期がどうにも引っかかっててな。……綿谷に言い寄った伊勢がバッサリやられた直後だったろ」
「巽先輩、それってちょっと酷くないですか?! 三室くん練習だって頑張ってるじゃないですか!」
 千早は猛然と巽に食ってかかる。その反応は予想していたのか、巽は表情を変えない。
「そりゃ俺だって間違いだって方がいいに決まってる。けど他の入部希望者は学祭の三試合目直後に出水先輩に申し込んで来てた。……まあ実際には来なかったり、練習見て引いた奴ばっかだったけどな。三室、試合見てかるたに興味持ったって言ってたし、練習で見せてる熱意とか考えると、何ですぐ言ってこなかったのかって逆に不思議なんだよ」
「だが巽。三室が誰とも結託していない場合、それは本人ですら立証不能だぞ。……悪魔の証明って奴だな」
 出水は冷静に切り返した。何らかの繋がりが「ある」なら、三室の周辺から探っていけばどこかでその話に行き当たるかも知れないが、元から全く無関係であれば、どれだけ辿ろうとも何も出てくる事はない。「ない」物は証明できないのだ。

 「……巽先輩、おれも三室は無関係やって思いたいです。初めて部に来た日、千早が歌のプリント持って来たの覚えてませんか。あん時、『あらしふく』覚えてた理由の事、全然変でないっておれらが言うた時、嬉しいって言ってました。おれ、それは疑いたくないです」
 新は正面から巽の目を見て答える。昔「ちはやぶる」を千早に教えた事があるだけに、三室のその言葉を信じたかった。
「それに三室くん、この前三対三で試合して『あらし』抜いた時、すっごく嬉しそうだった。……それって、かるたが好きだから嬉しいって思えるんじゃないですか? ……あれ?」
 新に続いて言葉を返した千早がふと耳をそばだて、畳から立ち上ると足音を忍ばせて練習場の入口にそっと近づいた。
「……千早、どうし……、あ」
 後を追い掛けた新の耳にもしゃくり上げる声が届く。
(──新、ここ開けて)
 千早は内鍵を開けるよう小声で新に頼み、自分は入口で脱いだシューズを履いて飛び出す用意をした。その様子を見た残りの五人も、扉の向こうに誰かいるという事は飲み込めたようだった。
(いいか? 開けるざ)
 音を立てないよう内鍵を外した新は、千早が頷くのを見て低い姿勢を取ったまま扉に手を掛け一気に開いた。
「……うわっ?!」
「待って!」
 前触れもなく入口扉が開いた事に驚いた相手が逃げ出す。千早は元陸上部の俊足を活かし、その後を全力で追い掛けた。

 「……あ、お帰り。なんも逃げんかっていいがし、三室も」
 しばらくして千早は両手で三室の腕をしっかり掴み、引きずるように練習場へ連れて帰ってきた。
「だ、だけど……」
 空いている方の手でしきりに目元を拭いながら、三室は何事か口ごもっている。
「おれらな、三室が学祭邪魔したとか、妙な企みに荷担してるとか、ほんな事は全然思ってえん。……ただもし、入部する前に誰かに何か言われたとかがあるんやったら、それだけ教えて欲しいだけなんや」
「新の言う通りだよ、三室くん。私達ね、三室くんが初めて一枚取った時のあの気持ちは本物だって信じてる。だから何か知ってるなら話して欲しいだけ。私達、チームだもの」
「わ、綿谷くん……綾瀬、さん……」
 二人に言われている事が少しずつ飲み込めてきたのか、三室はまだどこか呆然としながらも新と千早の顔を見上げてきた。
「これからもおれら、三室ともかるたしたい。それはお前が入部した日に言うた通りや」
「……僕、と?」
 新と千早が揃って頷くと、三室は目元を拭っていた手をぐっと握り締めて小さく頷いた。

 「……帰ってきたか。……って、三室?」
 練習場に戻ってきた人数が増えている事に気付いた出水は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに奥からもう一枚座布団を持って来て三室に座るよう促した。
「あ、あの……ぼ、僕。……かるたがしたくて入部したのは本当です。ただ……大学祭の後、入部したかったけどなかなか言い出せなかった僕に声を掛けてきたのが、柏木の暁さん……三笠さんなんです」
 三笠の元の苗字を三室が知っているとは思っていなかった新たちが驚きの声を上げる。
「実は僕の家……かなり遠いんですが、柏木家と縁続きで。暁さんとも、たまに顔は合わせてたらしいんです。……僕すごく小さい時だったし、柏木のおじさんが亡くなってからは一度も会っていなかったので、らしい、としか言えないんですけど。……それで僕が練習場前でうろうろしてる所を、どうしたんだって呼び止めてきて。僕が入部希望者だって言って名乗ったら、遠縁だって言ってきて、確かに親や親戚を辿ると間違いなくて……」
 緊張のせいか、三室の話は今ひとつ要領を得ない。焦れた出水が横から何か言いかけたが、気配に気付いた新に止められて腕組みをし直した。

 「で、入部手続きの事とか教えてもらった時に、頼みがあるんだって言われたんです。……部内でちょっとした揉め事が起きたんだけど、自分はもうじき引退する学年だから先輩風吹かせて積極的に介入するのは気が引ける。ただ起きている事の把握はしておきたいから、特に一年生に変わった事があれば知らせてくれないか、って。お前は遠縁だから信用出来るって言って、部の連絡に使ってない携帯のアドレスを僕に寄越しました。それで学祭後で部内は多忙だから、次の日にでも来るといいって」
「要するに綿谷達の動向を教えろって事だな。……で、実際お前は三笠に何か伝えたのか?」
 巽の問いに三室はきっと顔を上げて首を左右に振った。
「いいえ! 僕が入部してから起きた事っていえば、野球部のお二人が見学に来た日に女性の先輩が飛び出していっただけです。……それに綿谷くん達は初日から僕に親切にしてくれて、僕、嬉しかったんです。この間学食で山部先輩達と同じテーブルになった時も、先輩達は二人を応援したいって。……だから何も言ってはいないんですけど、これからどうしたらいいのかって思ってて……そしたら先輩方と綿谷くんたちがここで話し合いを始めたから……」
「相談したいけど言い出せんくて、練習場の前に居たら千早に気付かれてもた?」
 新の言葉に大きく頷き、三室は何も言っていないのは本当です、と言い切った。

 「要するにアレか。学祭の時に巽が言ってきた内容にブルった奥山が部に顔出さなくなったもんだから、誰か偵察役を送り込みたかった所にうまいこと三室が来た、と。遠縁って言われりゃ話も信用したくなるだろうし。ただあいつが考えてた以上に三室がかるたに本気だったって事だろ」
 巽の言葉は半分当たりで半分外れだった、と出水はがりがりと頭を掻きながら口にした。
「……ですね。三室、疑って済まなかったな。……けど実際、どうします? 出水先輩」
 巽に頭を下げられ、困り切った三室が周囲に助けを求めるように視線を動かしている。
「んー? 別に、何もしなくていいんじゃねえ? ……綿谷、綾瀬。お前らどう思う」
 さらりと言って寄越す出水に、新は少し考えてから口を開いた。
「ほうですね。……いや、今先輩に言われてちょっと考えてみたんですけど、おれ誰かに言われて困る事って特になんも思い付かんくて。……千早は?」
「言われてみれば、ないよね。かるた好きだからやってるんだし、新とだって好きだから一緒に居るんだし」

 一番の当事者二人がけろりとした顔で答えてくると、出水以外の五人は呆気に取られた顔を浮かべる。出水はからからと笑いながら言葉を継いできた。
「だろうと思ったよ。俺が仮に三笠との連絡役になったって、綿谷と綾瀬はかるたバカですって事以外、話す事ないだろうしなあ」
「……綿谷達は好きなものを好きと言っているだけだ。あれこれ画策する奴は結局自分の尺度で考えるから、その言葉の裏に何があるって探ろうとして自爆するんじゃないか?」
 新や千早の言葉には元々その「裏」がない、とようやく表情を戻した浅司は、出水の言葉を補足するように三室に話し掛けた。
「た、確かに綿谷くんも綾瀬さんも、そんなの、ないです」
 ようやく三室の表情にも明るさが戻り始める。
「これで大体の事は出たよね。……やっとかるたに集中できそう!」
 うん、と伸びをして千早は笑う。
「ほうやなあ。今度の選手権は流石に無理やろけど、団体戦かって何とかなりそうや。の、三室」
「え、え? ぼ、僕まだお手つきなんかで送るとか把握出来てないのに。……と言うか、二人の試合見てる方が数段楽しいくらいなのに」
 新に言われ、三室はおろおろと答える。そこに小野が自分もまだ新と千早のかるたを見た事がないと便乗するように言ってきた。
「……だとさ。二人ともどうする? 喉直ったし、取るなら俺が読むけど?」
 巽は軽いからかいの調子を込めて新と千早を見る。
「私は問題ないですけど。別に疲れてないし。……新は?」
「ん、平気や。……ほんなら、しよっか。……かるた」






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written by Hiiro Makishima