保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活



 練習が終わったかるた部部室の扉が遠慮がちにノックされた。
「どうぞ、入ってください」
 訪問者を出迎えた新は軽く一礼して、野球部の浅司と山部、それに二年生の小野を中へ通す。初めて練習場に足を踏み入れた小野はしばらく周囲を見回していたが、畳の上に座る人影に気付いて浅司達の後を追った。
「紹介します。かるた部の出水先輩と巽先輩。……こちらが野球部の浅司先輩と山部先輩、それから伊勢先輩と同じゼミの小野先輩です」
「練習場まで来て貰って申し訳ない。ひいふう……七人も居ると流石に茶室じゃ無理だったんでな。他に良さげな場所もなかったし。……まあともかく適当に座って貰えるか」
 出水と巽が練習場の隅から座布団を持ってくると、上級生達はそこに腰を下ろす。全員が座ったのを見届けた新は練習場の扉をぴったりと閉め、内鍵を掛けてからその輪に加わった。

 「ええと、じゃあまずはかるた部での出来事を順に話していった方がいいか。……綿谷、始めてくれ」
 出水に指名された新は一度目を閉じて自分の記憶を少し整理してから口を開いた。
「おれと千早が入部した日に、三笠先輩と奥山先輩って三年生と手合わせしたんです。……最初は単に、おれらが一年でA級やってのが気に食わんかったんかなって思っただけやったんですけど、三笠先輩と取ってる時に、何かそういうのと違う気がしたのが一番最初です」
 新は入部してからのかるた部周辺での出来事を、時々千早と確認しながら順を追って話していく。

 なるべく簡潔にと心がけてはいたが、関わった人間やその背景、また自分達にアドバイスや情報をくれた学外の人間についてなど、話さなければならない事がとにかく多かった。
 巽は入部後すぐに新や千早をそっとフォローしてくれるようになった事、大学祭の後で出水が自分達の味方になってくれ、情報を集めてくれたり相模などの態度を軟化させてくれたりと動いてくれた事や、事実が分かったのはつい最近だが奥山と伊勢、そして三笠の結託などまで話し終えるにはかなりの時間がかかってしまった。

 「実際の結託が分かったのは、あ……ええと……言うていいんか、千早?」
 内容が内容だけに新は千早に視線を送って尋ねる。
「大事な事だから。……でも、気を遣ってくれてありがと、新」
 千早の返事に頷いて、新は話を続けた。
「……巽先輩が取り押さえてくれたんですが、奥山先輩……もう呼び捨てでいいですか? 奥山がそこの更衣スペースにカメラ仕掛けてたっていうのが発覚したんです。その後出水先輩が知らない振りして話し掛けたら、もう退部するからって、こんなんやったら伊勢の口車に乗らんとけば良かった、って言うたそうです。出水先輩がこの話をしてくれた時に、大学祭の試合で妨害してた二年生も割り出せて、そっちは片付いたんですけど。……大体、こんなとこですかね。部内で起きた事って」
 流石に長い話になったため、新は一つ溜め息を吐いて口を閉じた。

 「はぁ……改めて聞くと凄い話だよなあ。俺が綿谷達に野球部の屋台に居たよなって偶然声掛けたのがついこの前だろ? ……したら浅司先輩の件と繋がってて驚いたばっかなんだけどな」
 山部の一言に浅司も頷く。
「俺自身には四月入ってすぐ、伊勢からもの凄いアプローチがあったんだが、大学祭の直前ぐらいか。急に理由らしい事も言わずにもう会わないとか言って来てた。その後の経緯はここに居る全員知ってる事だから言う必要もないよな。しかもまたこの前電話掛けてきたが」
「……ゼミで彼女が『一年生に彼氏を盗られた』って言い出したのもつい最近なのよ」
 浅司や小野にとっても、伊勢の突然の変心は理解しがたいもののようだった。
「その辺の背景なんだがな、巽が奥山をシメた後に掴んだ話だ。……俺達も最初は、綾瀬に近づきたかった奥山を三笠が煽ったと思ってたんだが、さっき綿谷が言った電話の一件、掛けたのは奥山だが携帯を調達したのが伊勢だったそうだ。だから浅司へのアプローチ自体は伊勢本人の意志だったと考えてもいいだろうが、その後綿谷に乗り換えようとしたのは三笠の指示じゃねえかって話をこの前した所だ」
 出水は三笠、伊勢、奥山の繋がりについて以前茶室で話した事をもう一度口にした。

 「……しかし何だってそんな回りくどい方法を……その三笠って奴、一体何があったんだ?」
 浅司達の疑問はもっともな事だった。新は浅司達「部外」の三人に向き直り姿勢を正してから口を開いた。
「あの、先輩がた。今からする話だけは絶対、ここだけの事にしといて下さい。……よその家庭の事情やし、かなり推測が多い事なんで。……三笠さん、お父さんが生きてた頃の名前は、柏木暁って言うらしいんです。そのお父さんもかるたやってたそうなんですが、先輩が小さい頃に多分……自分で。……その後何があったかはおれらも知りません。ただほんでも、かるたを好きやった気持ちの分だけ、憎いって方にひっくり返ってまうだけの事が起きたんやろうと思います。かるたそのものが憎いから、関わるもんも憎い。……特におれや千早みたいに、かるたが好きやって言うもんは余計憎いんかも知れません」
 誰からともなく溜め息が漏れる中、口を開いたのは小野だった。
「……綿谷くん、今『あきら』って言ったわよね? じゃあ今のフルネームって三笠暁、で合ってるかしら」
「え、はい。そうですけど」
「……じゃあ多分、同一人物だと思うんだけど……」
 この間千早に言いがかりを付けた時一緒に居た友達からの話だけど、と小野は話を始めた。

 「確かどこかとコンパした時に一度会ったのかな。その名前聞いた時友達が『超玉の輿じゃん』って言ってたんだけど、かなりの資産家なのは確かなのよ。ただ何て言うか……あまり芳しくない話も耳に入ったから、私その後はバイトとか言ってパスしてたんだけど」
「芳しくないって、例えば?」
 問い掛ける山部を浅司が窘めたが、小野は「今は手持ちの情報を共有しないと」と答えてきた。
「……私もあまり好きじゃない方面の話だけど、何でもお金で解決してしまう、って。何かあると人を雇ったり揉み消したり。……ほら、札束で顔を叩く、なんて言うじゃない? 中学生ぐらいの頃にはもうそんな感じだったとかって。……本人もだけれど、ご家族も同じような感じらしい、って話なの」
 本人はそれに一切言及はしないそうだが、昔の取り巻きなどからどうしても話は漏れてくるらしい、と小野は話を締めくくった。

 「成程な」
 出水は腕組みをして、それで話が繋がった、と言う。
 「吉野が言ってたろ。試合妨害に誘われた時井出から『揉み消してくれる人がいる』って。それが三笠の事で、まあ金や物で何とかしようって事だったんだろ。……奥山経由かも知れんが、どのみち一番奥に居るのが奴って事は変わらんしな。それにお前らが連中をかるたで凹ませた日に、相模が伊勢に何でそんなにブランド物持ってるんだ、って尋ねてたが、多分それも三笠が釣ったんじゃねえかな」
 隣に座る巽が、新と千早に向き直った。
「なあ綿谷、お前達は前に、三笠にもまたかるたを好きになって欲しいと思ってるって言ってたけどさ、事ここに至っちゃ、そんな悠長な事言ってられないかも知れないな。奥山の件があるしさ。多分芋づる式に色々出て来るんじゃないか」
 それは以前出水が自分達に言ってきた事だ。その出水が巽の後を引き取って続けた。
「……前に奥山のカメラの件をお前達と話した時は、綾瀬や綾瀬のご家族の気持ちを優先したいって俺も言ったが、やはり学生課に話を持って行ってそこからしかるべき筋に調べてもらうべきだろう。本人は退部の意志を明らかにしてるが、パソコンに残している画像を自棄になってネットにでもバラ撒かれたりしたらコトだし、撮られたのが綾瀬一人かどうかも現状、未確認だしな」
 二人の言葉に新たちは何も返せない。三笠達が自分の意志でこうした事を止め、かるたに戻って来て欲しいという思いは今も持っているが、今集まってくれている先輩達だけでなく、三笠側で関わった人間の数も予想以上に多すぎた。

 「出水先輩、これ単なる思い付きですけど……伊勢先輩自身もその盗撮の被害者って可能性はないんでしょうか? それをネタに協力しろと言われたとか……」
 千早が疑問を口にした。とは言え口にしている千早自身もその可能性は薄いと思っているのか自信のない口調だった。
「ん……そう考えたい気持ちは分かるが、奥山本人が伊勢の口車に乗ったとはっきり言ってたしな。綾瀬の携帯に掛かってきた綿谷を騙る呼び出しも、伊勢が男から借り受けた物だったろ。残念ながらその線はないだろうな」
「……千早。おれも出水先輩と同意見や」
 もし伊勢が脅されて協力していたなら、浅司への接近は「三笠や奥山より強力なカード」を得たかったのではという可能性が出てくる。そうであれば三笠に言われて浅司と連絡を絶ったりはしないだろうし、はっきり盗撮と言わなくとも浅司との交際中に相談ぐらいは出来た筈だ。新は言いづらそうに千早にそう告げる。
「確かにな。後ろ暗い事で言う事聞かせてたなら、そもそも俺への接近自体が逸脱行為に当たる訳だから、事が露見しちゃまずいって、脅す側が認めないだろう。それに実際、伊勢の口からそんな風な話、匂わせる事もなかった」
 浅司はきっぱりと言い切った。場にいる七人の口から期せずして溜め息が漏れる。
「……ちょっと一息入れた方がよくないかしら。思っていた以上の問題だったから、私も少し頭を整理したいんだけれど」
 小野の一言で一同はいったん休憩を挟む事にした。

 練習場へ来る途中買っておいたドリンクを出してきて、喉を潤す。
「そう言やさ。さっき学外の人に相談したって言ってたけど、そもそも二人とどういう繋がり?」
 山部が新に問い掛けた。須藤が三笠と同学年ではと思った事は既に話してある。山部が聞きたいのはもっと違う意味らしかった。
「あ、えっと……東京予選で当たってから後、試合場で会うと意地悪言いに来てたんですよ。……で、少し前に高校の時の仲間のお店、呉服屋さんなんですけど、私と新がそこのカタログモデルしたっていうの知ってメール送ってきてて」
 須藤のからかい口調を思い出したのか、千早は少しぷりぷりしながら答える。
「なあ綾瀬、カタログってこれの事か? ダイレクトメールで部に届いてたぞ」
 ほらこれ、と出水が札を片付けてある棚から「呉服の大江」のカタログを一部引っ張り出してきて山部達の前に広げて置いた。

 「え、ちょっ、先輩?!」
「……大江さん、手回し良すぎや……」
 新と千早の反応が面白かったのか、山部や小野はカタログをしげしげと眺めている。
「へえ……素敵な写真。二人ともリラックスしていい表情だし」
 小野の賛辞に新と千早はもごもごと口の中で何か呟いている。
「当てようか。……かるたの話してたろ、お前ら」
「えっ、た、巽先輩何で分かるの?!」
 千早がぎょっとした顔で巽に食い付き、新は思わず頭を抱えてしまう。
「千早……それ、『はい』って言うたも同然や……」
 語るに落ちるだな、と出水が混ぜ返すと、練習場内にようやく和んだ笑いが起きた。






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written by Hiiro Makishima