保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活



 わいわいと喋りながら大学の正門に向かう一団があった。
「いや、俺かるた正直ナメてたわゴメン。……っつか何あの速さ」
 ほぼ初対面の三室や相模に気を遣っているのか、野球部の山部はこの間より軽い口調でさっき見た試合の感想を述べている。
「……それ、綿谷達ぐらいのもんだと思うけど。あたしB級だけどあんな速さないし、綾瀬みたいな『感じ』の良さもないしさあ」
 同学年の相模が山部に合わせて答えた。
「しかし二人とも、あのスピードで手元見えてるんだよな? 俺、正直どっちが取ったか見てても分からなかったのがあったんだが」
 浅司が新に問い掛ける。
「慣れもあるんやと思いますよ。先輩らも野球やったらクロスプレーとか見えてると思うんですけど」
「……なるほど、そう言われれば分かるな」
 新と浅司は基本的な波長が似ているのか、生真面目に話を続けている。その話を三室は一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませていた。

 「わ、綿谷さんは……時々、左右両側の札払ってますよね」
「呼び捨てで構わんのに。……あれは『渡り手』って言うんや。他にも色々取り方はあるで、じっくり練習してモノにして行こっさ」
 三室がこくこくと何度も頷く。
「あーっ、新ずるい! 私も練習ー! 渡り手覚えるのー!」
「まあそう言うやろとは思っとった」
 新は腕時計を確認する。部屋でならまだ二試合は取れるだろうか。
「三室ー、あたしんちの札取りに行くよー。一緒においで」
「あ、はいっ! 綿谷さ……もとい、綿谷くん綾瀬さん、また明日」
「うん、また明日ね」
 相模に呼ばれ、三室はぺこっと頭を下げる。相模の家は新たちと逆方向らしく正門の所で別れた。

 「あ、小野先輩からメールだ。何だろ?」
 千早はメールを開く。小野からは伊勢が何かヒステリックに騒いでいるが、二人は大丈夫かと尋ねてきていた。
「あー……浅司先輩ら見に来てくれたでか。あの人らこそ大丈夫なんやろか。伊勢先輩の話訂正に回ってくれるって言うてたし」
「聞いてみるね」
 今日の練習を野球部の浅司と山部が見学に来た事と、二人が練習場に入った途端伊勢が飛び出していった事を伝え、小野達は大丈夫かと千早はメールを送った。
「え、もしかして伊勢絡みの話?」
 尋ねてきた山部に千早は小野のメールを見せる。
「見事に自爆してんなー……ってかゼミ生味方に付けてるとか、綾瀬やるじゃん」
「昨日、新がガッツリ叱り飛ばしてくれたんで」
 千早が言うと新は赤面して違うと言葉を返す。
「小野先輩言うてた。千早って不思議な子やって。……おれは事実を言うただけやけど、あの人らを味方にしたのは千早やと思うざ?」

 互いに譲り合っていると、浅司が笑いながら話し掛けてきた。
「二人の成果でいいじゃないか。……俺達もスポーツマンだから、懸命にやっている奴はやっぱり応援したくなる。知り合った経緯はまあアレだが、俺はお前達のそういう一所懸命さはいいと思ってる。……まあ今後ともよろしくな」
「え、あ……ありがとうございます」
 赤くなって礼を口にする二人を山部がからかい、浅司がそれを窘める。照れ臭いが悪い気分ではなかった。駅へ向かうという二人とも別れ、新の部屋でもう何試合か取ろうと歩き出す。
「部活、いい感じになってきてるよね」
「ほやの。相模先輩はおれらに大会に集中しろって言うてくれたし」
 三笠の問題はまだ残っているが、手足となって動いていた二年生を一人、出水が切り崩してくれた。本人はしばらく顔を出さないらしいが、その動きが伝われば他の「手足」も迂闊に動けなくなるだろう。
「まあ、とにかくまずは練習や……あれ、手紙来てる。珍しいな」
 部屋の郵便受けに一枚の茶封筒が挟まっていた。それを引き抜いてからドアを開け、千早を中へ通す。

 「……宛名もなんも書いてえんって事は誰か直接持ってきたんか」
 宛名どころか差出人さえ書かれていない。何だか嫌な感じがすると思いながら、新は封筒の口を開けた。
「……手紙と……写真?」
 画素数の小さいデジカメか何かの画像のように全体的に薄暗いが、写真の中央はそこそこはっきり分かる。ざらついた画質の中心で背中を向けて立っている髪の長い姿を新が見間違える訳がない。
(……隠し撮りした奴がいるんか、千早を?! しかもこれ更衣スペースん中やが)
 送られてきた写真の千早はTシャツを着ようとしているのか脱ごうとしているのか、背中の半分ほどまで裾が持ち上がっている。練習の時はいつも、その下にタンクトップを着ているから、肌は写っていないのは不幸中の幸いかも知れないが、と思うものの苛つきは新の心からそう簡単に去ってくれそうになかった。
「一体誰や、こんなもん……」
 手紙の方を開く。大きな字で簡潔な文章が記されていた。
『綿谷へ。カメラは一応証拠として保管中だ。あと残りの写真も。盗撮写真なんて気分悪くさせるとは思ったが報告用に一枚だけ同封しておいた』
「あ、続きあった」
 便箋をめくってみると、「追伸」と書き込まれている。
『想像つくと思うけど、それ仕掛けたの奥山さんだった。俺今日はこの事出水さんに伝えるから部には出ない。巽』
 巽が問題を片付けてくれたのかという気持ちと、こんな事までして奥山は何がしたいのかという腹立たしさが新の中でごちゃ混ぜになる。
「……新、どうしたの?」
 千早が訝しんで新の手元を覗き込む。慌てて写真を裏返したが、千早の手がそれを押し留めた。

 「見んでいい、こんなもん。手紙だけ読めば分かるで」
 新は手紙の方だけを千早に差し出した。文面に目を通す千早の目がどんどん大きく見開かれていく。
「何これ……どういう事? ……っ、な、何か……気持ち、悪い……」
「……千早っ?!」
 青ざめて手のひらで口元を押さえている千早を新は両腕で抱えるように台所へ連れて行き、蛇口を大きく捻った。吐き気が酷いのか、不規則に震えている細い背中を手のひらで強く擦ってやる。
「う……ぶっ、……ぐッ」
 流し台に手をつき、背中を丸めて千早は黄水を吐き出す。胃の中がすっかり空になってしまうまで千早はえずき続けた。
「はあ……はぁ……っ、はあ……」
 新は片手を伸ばして水切りカゴからグラスを取り、冷たい水を汲んで千早の口元に持って行く。
「口、ゆすいだらちょっと横になっときね」

 新が手早く敷いた布団の上に力なく横になる。タオルケットを掛けてくれた新の手を千早は命綱のように握りしめた。
「ごめんね、新……迷惑かけちゃって」
「いや。おれの方こそ千早がショック受けるやろうに、無防備に手紙見せつんたし。……ごめん」
 内容を要約して話せば良かったと今更ながら後悔する。千早が握りしめていた手をぶんと振った。
「新のせいじゃないよ。……奥山先輩がそんな事しなきゃ良かっただけなんだし」
「理屈で言うたらそうやけど。……まあ、ほやの。千早がそう言うんやったら、ほんでいいか」
 千早の額にかかる髪を新が指で梳くと、くすぐったそうに千早は目を細める。
「新、巽先輩は何ともなかったのかな……」
「うん、電話してみるわ」
 新は鞄から携帯を取り出して巽の番号を呼び出す。数回コール音が聞こえた後、電話口に出たのは出水だった。

 「もしもし、綿谷ですけど……あの、巽先輩大丈夫なんですか」
『綿谷か。……まあ無事は無事だ。えーとな、今って綾瀬も一緒か?』
「え、はい」
『んじゃ、お前の携帯に事情だけ送信しとくから、黙って読め。一旦切るぞ』
 返事を待たず出水は通話を打ち切る。それからしばらくして新の携帯が短く振動した。
『読んだら即削除しろ。まず巽だけどな、カメラ見つけた時、ちょっとばかり反撃されて喉痛めてんだよ。二、三日喋りづらいだろうって話だ』
(通話やと、千早に聞こえてまうでメールなんか……出水先輩、ありがとうございます)
 心の中で出水の配慮に感謝しながら、新はメールの続きに目を通す。
『まあ最終的にはカメラ取り上げたんだからお察しだけどな。……ただ奥山のPCだ何だって調べるとしたら、学生課に相談するしかない。それであいつの鞄にあった写真から一枚だけお前んとこに持ってったんだとさ。届け出るにしても綾瀬本人や親御さんの気持ちが第一だけど、どこまで見せていいのか判断が難しいとこだからな』
 千早の両親に状況を話すにしても、物が盗撮写真だけに現物を見せれば大きなショックを受けるのは確かだ。奥山の鞄にあった写真からという話だが、新が受け取った一枚が「一番マシ」なのかどうか、またどう話すかも現状では決められない。

 『まあ他にもいくつか分かった事もあるが、かなり長くなりそうだし、俺も明日から部活に出られそうだから、その後でこの前連れてった茶室ででも話そう』
 メールの最後はそう締めくくられていた。新が携帯を閉じると、布団の中から千早がじっと見上げているのに気付いて、どうにか笑みに見える表情を作って口を開く。
「出水先輩、明日から部活出れるんやって」
 聞いた途端、千早ががばっと身を起こしてきた。
「新、それホント?! 良かったあ……あ、巽先輩は?」
「ん、ちょっと……喉が痛いらしいで……」
 出水が代わりに「喉が痛い」という説明のメールを送ってきた、とだけ千早には話した。

 「えっとな、千早。明日部活の後で、出水先輩がこの前の茶室で話そうって言うてた。何かいくつか分かったらしいって」
 千早はこくりと頷く。
「けど凄いよね、先輩……。なんか探偵さんみたい」
「……ほやなあ。出水先輩が味方になってくれてから、一気に色んな事分かってきたし」
 単に味方に付いてくれただけでも心強かったが、出水はわざと今までと同じスタンスを装って相手の情報を掴んでくれた。いくら感謝してもし足りないぐらいだと新も思う。
「千早も元気出たみたいやし、良かったわ。もうちょっと落ち着いたら送ってく」
「えー、かるたは?」
 元気になった途端これだ、と今度こそ新は自分の素直な感情のままに吹き出した。






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written by Hiiro Makishima