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練習場で一試合取っての帰り道、新の携帯がメール着信を知らせる。 「あ、出水先輩や」 早速そのメールを開くと、前回のメール同様短い文章を書き連ねてきていた。 『二年の奴から話聞いた。本人はしばらく部活休む。そいつも誰がどう繋がってるかは知らない。お前らは無事か? 通話はまだしばらく控えるが、夜に纏めてメールくれ』 「……出水先輩、何か危ない事してえんといいけど。寝る前にでもメールしとくわ」 「まだ電話はダメなんだ。ちょっと心配だよね……新、出水先輩にも無理しないでって伝えてね」 「うん、伝えとく。……って、どうしたんや、千早?」 突然千早はサイドの髪を耳にかけ、手のひらを当てて周囲の音を拾うような仕草を見せている。 「……伊勢先輩と一緒にいた人の声がした。ほら、昨日の昼話した、廊下から聞こえた声」 「本人も一緒なんか?」 千早はしばらく目を閉じて物音に集中していたが、かぶりを振った。 「ちょっと分かんない。声は聞こえなかったけど、喋ってないだけかも知れないし」 新も千早が示した方向に注意を向けるが、直接話していない相手だけにどの声を拾えばいいのかが分からない。 「……どうする? おれんとこ一旦戻るか?」 「ううん。このまま行こうよ、新」 千早はきっとした目を真っ直ぐ前に向けて言った。 「ほやな。何も悪い事してえんのやし。……おれもいい加減、うんざりや」 そう言って新は千早の手をしっかり握る。 千早の自宅がもう見えてくる曲がり角に差し掛かった時、二人の前に三人の女性が進路を塞ぐように立ちはだかった。どうやら別の道から先回りしていたらしい。 「あなたよね、綾瀬って? ちょっと話あるんだけど」 「……っつか何、手繋いじゃって」 「ちょっと可愛いからって図に乗ってんじゃないのー?」 口々に言いたい事を言っている。千早が言い返すより先に、新が手を繋いだまま千早を庇うように一歩進み出た。 「おれらに用事あるんやったら、まずどこの誰か名乗れま。それが筋やろが。のくてえ(馬鹿馬鹿しい)事言うてんでねえわ」 福井弁独特の抑揚で往々にして起きる「無愛想」「喧嘩腰」という誤解を避けるため、普段の新はなるべく穏和に話す事を心がけている。声を荒げて怒鳴る事も元から好きではない。 だが今は千早を守ろうという気持ちに自身の苛立ちも手伝って大きく声を張り、わざと非常に不機嫌な時、それも家族などごく近しい者相手にしか使わないような、早口できつい口調の福井弁で詰め寄った。 「……な、何言ってんのか分かんないんだけど」 方言としての意味は分からなくとも、新が本気で怒っているという事は相手にも伝わる。それを見て取った新はすかさず言葉を続けた。 「伊勢先輩に何吹き込まれたんか知らんけど、おれらの話はうちの部の先輩と、野球部の浅司先輩も知ってる事や。……浅司先輩、理由も言われんと急に振られたんやって随分落ち込んどったのも直におれらは見てる。何か携帯も拒否やとかって話やし。その直後ぐらいにおれらにゴチャゴチャとちょっかい出して来たんや。何やったらそん時の会話、全部繰り返すざ」 新は伊勢から言われた事と自分の返事を一言一句違えずに再現してみせた。 「……ねえ、ちょっと……」 「……ん、何か話違くない?」 相手三人が小声で相談しているが、かるたで鍛えている新や千早の耳には会話が全て筒抜けになっている。 「あの……ごめんなさい。私たちが聞いてた話と全然違ってたから……その、今の話、浅司さんが知ってるって本当?」 一人がおずおずと尋ねてきた。新は無言で頷き、少し自分も落ち着こうと深い呼吸を何度か繰り返す。それから口を開いた。 「おれと千早、学祭の日にデモンストレーションで三試合取った後、野球部の屋台行ったんですよ。球速で料金変わるシステムやったんですけど、そん時唯一タダになったのが千早やったとかで。呼び込みしてた山部先輩がそれでおれらの事覚えてたらしくて、昼休みに話し掛けて来たんです」 まだ少し気分が荒れている。千早が繋いでいる手にそっと力を込めてきた。そのお陰で新も鳩尾の辺りでくすぶっていたその荒れた気分を静める事ができた。 「その時は本当に偶然会うたってだけやったんですが、改めて自己紹介した時、おれらがかるた部やって言うたら先輩、急に『かるた部の女子は今何人や』って聞き始めて。色々話してたら浅司先輩の一件を教えてくれました。……ほんで、おれらも理由に心当たりあったし……て言うか他人事でなかったんで、今日野球部の部室で四人で話してきたとこです。何やったら確認取ってもろても構いません。山部先輩におれのアドレスは送ってあるんで」 新の話を受けて小声で話し合う三人の間に驚きや当惑、それに怒りといった表情が次々浮かび、しばらくして傍らの新や千早にようやく気付いたかのように向き直ってきた。 「あの、本当にごめんなさい。私達、彼女と同じ講義取っているんだけど……二、三日前から随分荒れてたからどうしたのって聞いてみたのよ」 千早も聞き覚えのある声の主が改めて頭を下げてきて理由を話す。 「そしたら彼女、一年の女子に彼氏盗られたって言い出して。その彼氏の方もその一年の子に丸め込まれてるって凄い剣幕でさ。それで私らが……その、釘刺そうかっていう話になったんだけど」 知らない声の持ち主が後に続いた。今の受け答えから考えると、伊勢の中では既に新を彼氏と決めて、千早を引き離すつもりの話をしたようだった。 「ってか嘘ばっかじゃん! ムカつくー。どうする? 伊勢呼び出してシメる?」 もう一人は短気なのか息巻いている。 「……あの、もう野球部側も知ってる話ですし、シメたりとかせんでもいいと思います。それで自棄起こして何かされるのは、おれらも困りますし。先輩らも関わる気、もうないんと違いますか?」 「それは、うん。そうだけど……」 「けどムカつくじゃん?! 綿谷たちだってこんな目に遭ってんのにさ」 短気な一人はやはり気が済まないのか怒りを収めようとしない。 「その『こんな目』に遭わせてきたのが先輩らでないですか。勝手に話進めんといて下さい」 新がぴしゃりと言うと流石に短気な彼女も言葉に詰まった。 「……一番の当事者は、おれら二人と浅司先輩です。その三人の間で放っとくのが一番やって結論出てますし、そこはうちの先輩も同意見です。見逃すとかそういうんでなくて、放っといたかってじきにバレるやろってだけですけど」 「……綾瀬さんはそれでいいの?」 声に覚えのある二年生が尋ねてきた。 「はい。私たち、かるたに全力出したいだけなんです。……ね?」 新はようやくいつもの穏やかな顔で頷きかける。 「本当にごめんなさい、二人とも。私、二年の小野さくら。もし彼女がまだ妙な事言ってたら、それ違うみたいよ、って訂正に回らせてもらってもいいかしら。それくらいしかお詫びの方法もないんだけれど……」 「わ、そうしてもらえると心強いです!」 千早はぱっと顔を輝かせて即答した。 「……ほうですね。おれら一年が何か言うても届かん事もあるやろと思いますし」 あまり強情を張っても仕方がないと新が折れると、小野は溜めていた息をほうっと吐き出した。 「綾瀬さん、これ……私のアドレス。彼女絡みで何かあったらいつでも言ってね」 小野は手帳のページにアドレスと携帯の番号を書き留めようとペンを取り出した。その手を千早がそっと止めて自分の携帯を出してきた。 「赤外線で送っちゃいましょう? 先輩だって知らないアドレスからメール来たらびっくりしちゃいますし」 そう言って自分のアドレスを小野に送信した。 「あの……綿谷くん、こんな事言うと何だけど……綾瀬さんって、不思議な子ね」 小野の一言に新は思わず吹き出してしまった。確かにその評価はある意味非常に的確ではあるのだが。 「や、済みません笑ろてもて。……千早は昔っから真っ直ぐで、気持ちのいい奴です」 残る二人ともアドレス交換をしている無邪気な千早の様子は、伊勢によってもたらされた心の澱のようなものを取り去ってくれるように感じられる。そしてそれは自分だけが感じているのではないようだ。現に目の前にいる小野も、千早を見る目がすごく優しくなっている。 自室に帰り着いた新は、今日までの出来事を出水に宛ててメールを送信した。ほんの数日の事なのに、色んな事が起こりすぎ、纏めるだけでも時間がかかる。結局、伊勢関係の事だけは関わった人数が多いため、単独で別のメールを送るしかない量だった。 「……自分で読んでも嘘くさいぐらい色々起きてたんやなあ」 もちろんいい報告が出来るものもある。入部した三室の件や、今日の帰り道で自分と千早を呼び止めた小野達に伊勢の言い分が間違いだと分かってもらえ、今後は伊勢が吐いた嘘をさりげなく訂正に回ってくれると言って貰えた事。 「ええと……先輩も、無理はしないで下さい……と。よし、送信」 明日は通常の練習がある。三室がどこまで歌を覚えて来てくれるかはまだ未知数だが、練習メニューを先輩達と相談して考えなければならない。 「それに、そろそろ大会に向けての練習せんとあかんしなあ。……残念やけど今回はやっぱ個人戦しか無理かも知れんのぉ……」 色々考え事をしているうちに眠気が襲ってきた。大きく欠伸をしながら布団を敷き、パジャマに着替えて電気を消した。 「……明日の事は、明日考えよ……」 眼鏡を枕元に置くやいなや、新の意識は急速に夢の中へと落ちていった。 |