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「おっす、わざわざ呼び出して悪かったな」 四講目が終わった後、待ち合わせに指定されたメインストリートのベンチには既に山部が座っていて、やってきた新と千早に気付くと立ち上がり手間を掛けさせた詫びを口にした。 「いえ、おれらも実は少し聞きたかった事ですし。……あの、一応千早も現在進行形で巻き込まれてるんで連れてきました」 「んじゃ一緒に来てくれるかな。ウチの部室……まあロッカーとか備品あったりして狭いし汗くせーけど、邪魔入んないし」 三人で山部が昨日の昼に走り去った方角を目指して歩くと、プレハブ小屋が建っていた。 「ちーっす。先輩、二人連れて来ましたー」 山部は大きな声で言いながら部室の扉を開けて二人を中へ招き入れる。 「失礼します」 新と千早は入口で一礼してから足を踏み入れた。 中にはスチールロッカーが壁面にずらりと並び、中央には細長い、背もたれのないベンチが二つ平行に置かれている。その奥のパイプ椅子に体格のいい男性が腰掛けていた。 「先輩、こいつらが昨日話した、かるた部一年の綿谷と綾瀬っス。……この人が浅司先輩」 「初めまして」 「……よろしく……」 山部から聞いていた通り、相当ショックだったのか運動部員とは思えない覇気のなさだった。体格は四人の中で一番良い筈だが、気落ちしているせいか妙に小さく見える。 「山部先輩、昨日も言うたと思うんですけど、落ち込んでる人に言うて大丈夫なんか、おれ分かりませんけど……」 「……いや、知っておきたい、俺。知らないまま悩み続けるのは、心配してくれてる後輩にも申し訳ないし。昨日ちょっと山部から聞いたけど、二人もなんか巻き込まれたって事だったっけ」 浅司は思い切ったように顔を上げて聞いてきた。ずっと抱え込んできたのか、顔色が少し悪いようだった。 「ほんなら、話の前に一つだけ確認させて下さい。浅司先輩に付き合ってって言うてきたのって、うちの部の伊勢先輩で合ってますか」 「……っ、そう、だ……」 やっぱり、と新と千早は小さく頷き合う。 「なら間違いないですね。発端は多分学祭やと思うんですけど、おれら二人でデモンストレーションの試合したんですが、友達とか他校のかるた部の人とか見に来てくれてて。話してるとこ見てたんか、次の日練習の時に他の先輩らと一緒におれらに色々言うてきたんです」 新は起きた事や後から聞いた話を順序立てて話していった。 太一を紹介しろと言っていた相模達には出水が別の合コン話を持ちかけてくれたため、千早にはそれ以上絡まなくなった事、唯一伊勢だけは狙いを新に定めた事、おそらく伊勢が頼んだであろう、相模からの質問と答え、そして練習後に不愉快なアプローチを仕掛けてきた時の話。 「千早から自分に乗り換えろみたいな事言われて、おれ流石に頭に来つんて、真正面から手加減なしで断ったんです。おれの方はそれで済んだんですけど、昨日千早が偶然教室が隣やったとかで、何か間一髪やったらしいんです」 千早が新の話を引き継いだ。 「私の方は大した事ないですよ。……ただ、あれって一昨日の夜だったっけ? 新から話を聞いた後、私、うちの姉に話してみたんです。そしたらこんな話を教えてくれたんですけど……」 姉の千歳から聞いた、「ブランド物が好きな二種類の人間」について千早は話す。それを聞いている浅司の拳がだんだんきつく握られていくのが傍目にも分かる。 「……なんで多分、先輩と連絡絶ったのって、最初は太一、その次におれに接近しようって決めたからなんやと思います。……なんか変な言い方しか出来んくて申し訳ないんですけど……」 ガンっ! とロッカーが激しい音を立て、千早と新は思わず身を竦める。音のした方を見ると山部がロッカーの扉を拳で殴りつけていた。 「……悪い。話聞いてたらムカついてきて、つい」 山部は渋い顔でベンチに戻った。山部がそうしたくなった気持ちは新たちにも分かる。実際その場の誰も彼を咎め立てたりはしなかった。 「なあ、綿谷の方に行って断られたんなら、また図々しく先輩んとこ戻ってくるって思うか?」 気を取り直して山部が質問を口にした。 「……私じゃなくて、お姉ちゃんの意見ですけど、少なくとも今すぐ戻ってくる事はないんじゃないかって。さっきブランド物の話しましたけど、……あの、酷い例えなの先に謝ります。ごめんなさい。その話で言えば、今は古いブランド物をリサイクルショップとかに売ったような所ですよね。だから伊勢先輩が戻りたくなるとしたら、手放した服にプレミアがついたり、他の人が自分より上手く着こなしてるのを見て悔しくなった時だろうって。……ほんと酷い例えですみませんでした」 「いや、分かりやすかったよ。ありがとう」 浅司がそう言ってくれたので千早はようやくほっとした顔を見せた。 「落ち込むのも馬鹿らしくなってきたよ、正直言うと。山部、心配掛けてすまなかったな。今の話でなんか気が抜けたって言うか楽になったって言うか。……しかし、えーと……綾瀬、だったっけ。名前で思い出したけど、お姉さんって流石本職だよな。俺時々ドラマ見てるよ」 浅司の顔がようやく穏やかになったのが分かる。こうして見ると日焼けが似合う人だと思えてきた。 「いえ、先輩が元気出たみたいで良かったです。私たちも正直、かるた以外の事であれこれ悩むのってお腹一杯でしたし。特に新は私の安全を確保するのに大分疲れたりしてたし……」 「や、おれはいいって。千早かって、おれが言った事でとばっちり食ってもたやろ。ごめんな」 やり取りを眺めていた浅司がふっと笑ってきた。 「二人にはほんと感謝してる。何か礼しなきゃな」 「いえっ、そんないいです、お礼なんて!」 千早は慌てて両手をひらひらさせて答える。 「山部先輩がおれらの事覚えててくれたんで、おれらも話聞けて助かったんです。ありがとうございました」 「……山部、お前そんな記憶力良かったっけ? それとも女の子限定か?」 後輩をからかう余裕が出てきたらしく、新と千早は穏やかに笑んで野球部二人のやり取りを眺める。 「や、ほら先輩。屋台のスピードガンで一人だけタダだった子居たでしょうが。そりゃ覚えてますよ」 山部が答えると、浅司はようやく納得した表情を浮かべた。 「実を言うと俺、かるたって……大人しいもんってイメージ持ってたんだが。スピードガンの記録考えるとそういう訳でもないのか?」 話がかるたになれば二人とも能弁になれる。 「競技かるたって、実際スポーツですよ。全身使って札取りに行きますし」 「ほうやな。心技体ってよう言いますけど、かるたにも言える事です。……口で言うより見てもろた方が分かりやすいとは思うんですけど」 とは言うものの、かるた部の練習場で伊勢と鉢合わせの可能性があると思うと安易に誘うのも気が引ける。 「や、鉢合わせしたっていいんじゃないっスか? 先輩。後ろめたいのはソイツの方でしょうし、俺らと綿谷達が面識あるって結構いい牽制球になるんじゃないかって俺思うんですけど」 「……まあな。別に俺らが悪い事した訳じゃないしなあ。……今度差し入れでも持っていかせて貰うよ。そのくらいのお礼なら平気だろ?」 千早は新の顔をちらりと見上げてきた。 「……ありがとうございます。ほんなら、おれらはそろそろ失礼させてもらいます」 「失礼しまーす」 立ち上がって一礼すると、野球部のロッカールームを揃って後にした。 「浅司先輩、元気出たみたいで良かったねえ。……私、何か身体動かしたくなっちゃった」 人が元気になる所を見て自分も元気になるのはいかにも千早らしかった。 「ほんなら練習場でCD使こて一試合、おれと取らんか?」 「あ、うん! 行こ行こ!」 そうと決まれば、と二人は急ぎ足で練習場に向かう。練習着に着替え、人気のない道場の換気をしてから札を並べる。 「なんか新と思いっ切り取るのって久しぶりな気がする」 暗記時間が残り二分を切った時、千早は呟いた。 「……ついこないだ学祭で三試合取ったばっかやろ?」 「あ、そう言えばそうだった。……色々あったからかな。なんか何日も経ったみたいな感じ」 千早は肩を竦めて笑う。 「まあ、分かるけどの。……始めよっか」 新がぴしりと正座になると、千早も背筋を伸ばす。 「お願いします」 一礼してデッキの再生スイッチを押すと、二人の意識からここ数日のゴタゴタがすうっと消えていった。 |