保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活:先輩達との会話(2)



 一旦その場の緊張感が解れた所で、出水が再び口を開いた。
「ちょっと話戻すけど……須藤って言ったっけ、そいつに三笠の事聞きに行った一番の理由って同学年だって事だったよな?」
「はい。大会の記録とかで名前見た事ないかと思ったんで」
「……それ、空振りだったろ? ……あいつ、学年は俺と同じ三年だが、年は俺よりいくつか上なんだよ」
 それを聞いて新は出水に向き直った。
「それって、三笠先輩の苗字が前は『柏木』やっていうのと関係あるって、先輩は思いますか?」
 千早や巽は初耳だったのだろう、驚いた顔をしていた。
「無くはないだろうな。いや、俺もあいつの旧姓は今初めて聞いたが。お前それどこで聞いた?」
「昨日、白波会の原田先生が試合を見に来てくれたんですが、おれらが呼び込みに出るちょっと前に先生、三笠先輩に『やあ、柏木くんじゃないか』って話し掛けてたんです。先輩は人違いやって言うてましたけど……」

 出水は再び腕組みをして考え込む。
「だとすりゃ、三笠の名前を大会で見た覚えがないってのは当然って事になるな。年齢だけじゃなく苗字も違ってりゃ記録見てたとしても、姓が変わった前後に付き合いがある奴じゃなきゃ分からないだろう」
 今度は巽が新に向き直る。
「その原田先生に、教えてもらえないのか? 三笠先輩……柏木さんって言った方がいいのか? まあとにかく何か聞いてないかって」
「聞いてみようとは思ってるんですけど、何とも言えん感じです。個人的な事なんやろうと思いますし……」
 競技者として長いキャリアを積んでいる原田が人違いをしたというのは新には信じがたい事だったが、部の内情を話して問うたとしても、それが個人的な事で、また本人にとって辛かった事であればあるほど、簡単には話してもらえないという気はする。

 「なあ、綿谷。部のトラブルを解決するだけなら、三笠だってじきに就活だ何だで部活を引退するだろうし、ちょっと乱暴だがこの話を学校側に持ち込んで退部させりゃ終わる。あいつの事情って一々知る必要、あるのか?」
 出水の質問はもっともな事だった。しかし新はまっすぐに出水の顔を見て答える。
「確かに出水先輩の言う通りかも知れません。……でも、かるたを憎んでるような所を除けば、三笠先輩は凄く強い選手です。……部のトラブルも勿論解決したいんですけど、おれ……三笠先輩がまたかるたを好きになってもらえたらいいなって思ってます。……先輩の実際の事情知らんのにこんな事言うのも思い上がりかも知れませんけど……」
「……出水先輩」
 ずっと彼らの話を聞く側に回っていた千早が口を開いた。
「三笠先輩の取るかるたの印象の話、新が初めて話してくれた時、私……泣いちゃったんですよ。憎しみで払われたら札だって可哀想だ、って」
 千早が長く原田の指導を受けてきた事も、彼女が涙した大きな理由だった。初めて白波会を訪ねた時、原田は言ってくれたのだ。「百人友達が出来たと思って仲良くなりなさい」と。
「それで新は、だったら一緒に頑張ろう、いつか分かってくれるからって言ってくれて、今もその言葉通り頑張ってるんです! だからその話、新だけを責めたりしないでください」
「千早、落ち着きねって。出水先輩かって、ほんな意味で言うてる訳でないんやし。……の?」
 放っておくと食ってかかりそうな千早を何とか宥め、新は話を戻した。

 「……おれ、うちの祖父が死んだ後一年半ほど、色々あってかるた辞めてたんです。かるたが取れんくなったおれは、かるたが縁で友達になった千早ともう一人、太一って奴とは連絡取らんようにしてたんですけど、わざわざ福井までおれに会いに来てくれて。ずっとおれの事信じて全国大会でも頑張って……」
 新は一度言葉を切り、当時を思い出して乱れそうになった気持ちを静める。
「千早らが頑張ってる姿は、やっぱり二人の友達で居たいって気持ちと、かるたが好きやって気持ちを思い出させてくれました。ほやからおれには……三笠先輩のあの取り方は、前はもの凄くかるたが好きやった分、気持ちが真逆に向かってもうたんでないかって思えたんです。……好きの反対って嫌いでなくて、無関心やって、おれは思うんで」
「……つまり、三笠本人が部を辞めていないのがその証拠、そう言いたい訳か」
 出水はあくまでも冷静に言葉を返してきた。
「───はい」
 簡単ではない事は分かっている。それでも、分かってもらえるかも知れない可能性に賭けたいと新はまっすぐ視線を据えて答えた。

 「お前の言うのも分かる。だから止めはしないが……俺ももう絶対、お前達に何も起こさせないと決めた。だから事と次第によっちゃ、三笠であれ誰であれ、おれは部からそいつらを切り離す行動に出る。……それは承知しておいてくれ」
 出水も新から視線を外さず言い切った。彼は彼なりに、千早や巽、そして自分を守ろうとしての言葉だから新も敢えて否定はしなかった。
「……それと、当分の間だが俺は、表向き今までと同じスタンスを取るつもりだ。……部内の『手足』になってそうな奴から、何か言ってくるかも知れないしな。何か分かったら、携帯に連絡する」
「分かりました。先輩も気をつけて下さい」
 ん、と出水は頷き、新と千早に先に帰るよう言いつける。
「はい、それじゃ失礼します。今日は、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
 二人は試合の時のように一礼すると、茶室を後にした。

 「……なあ、巽」
 新と千早が出て行った後、出水は二年の巽に呼びかけた。
「あの二人って、バカだよな……」
「……え?」
 まさか出水は本気で味方になった訳ではなかったのかと巽の背中に冷たい物が走る。
「普通さ、面倒な奴なんか切った方が安全だろ? しかも一応俺はあいつらと同じ三年だ。三笠達に退部を勧めたりしても反発はお前や一年より少ないだろうに、それをしないで『三笠がまたかるたを好きになれる可能性があるならそっちに賭ける』って言い切りやがった。だからバカだって思うんだよ。筋金入りのかるたバカ」
 決して見えない筈の壁の向こうに新と千早が歩く後ろ姿が見えているような目で出水は言った。
「俺は綿谷の話、『北風と太陽』みたいに思いましたよ。……いつか三笠先輩のコートを脱がせようって言うか。無理矢理コートを吹き飛ばすとどこかに禍根が残るかも知れませんが、本人が自発的にコートを脱ぐならめでたしめでたし、でしょうし。……それに出水先輩も、二人を守りたいって思うようになったんですから、もうかるたバカの仲間入りしてますよね?」
「……そうだなあ。そうなるよなあ」
 出水は肩を揺らしていつもの豪快な笑い声を上げた。

 「……ねえ、新。原田先生、教えてくれるかな。……先輩の事」
 幼稚園の建物を後にしながら、千早は聞いた。
「正直、分からんわ。個人的な事なのもそうやけど、先輩にとって辛い出来事やとしたら、尚更他人が簡単に言うていい事ではなくなるし。……ただ、先生のその判断がおれらにはヒントになる」
 原田の口が重ければ重いほど、三笠にとって辛い事情だったと考える事は出来るだろう。
「そっか。……でも三笠先輩自身も苦しいんじゃないかな。かるたが憎いのに、かるたから離れないって。憎いって気持ちを手放すのって、難しいのかな……」
 園庭から風に乗って飛んできた木の葉が千早の足元にカサリと落ちた。
「……それも分からんのぉ。例えば今、大会出場を邪魔しようとかで、誰かが千早やおれを怪我させたとしたら、その相手は許せんやろうけど、かるた自体にその気持ちは向かんやろって思うんや」
「そもそもかるたなんか無かったら、こんな目に遭う事もなかったのに、って事? ……確かに、私もそういう風には考えないなあ」
 そう考えると、三笠の憎しみはやはり尋常ではないのだろう。
「今は無理に考えんとこ。おれらが出来るのは信じて努力を続ける事だけやから」
 新が言うと千早がそっと手を繋いできた。






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written by Hiiro Makishima