保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活:先輩達との会話



 大学祭の翌日、授業を受け終えた千早と新が合流した巽と共に出水に案内されたのは、大学近くの幼稚園だった。
「ここ……ですか?」
「いや正確にはこの奥。俺ここで週何回か子供に茶道教えててな。茶室なら邪魔も入らんだろうし」
 出水は幼稚園の門を潜り、警備員に何事か話してから三人を手招きした。
「済みません、俺の大学の後輩なんですよ。……三人とも学生証持ってるよな? ちょっと見せてやって」
「あ、はい」
 新と千早、そして巽はそれぞれ自分の学生証を警備員に提示する。警備員は三人の学部と名前をメモしてから通っていいと告げてきた。

 出水の先導でやってきた茶室は独立した建物になっている。邪魔が入らないと言ったのはこういう事か、と新は独りごちた。
「入口、こっちな」
 にじり口から入るようにと言われ、まず新が靴を脱ぎ、低い入り口を膝でにじって中に入る。それから千早も新の見よう見まねでにじり口を潜った。最後に巽が中に入って戸を閉めた。和室の隅には炉が設えてあるが、今日は火が入っていない。
「ま、足楽にしててくれ。今日は別にお茶を振る舞う訳じゃないしな。……欲しかったら点ててやるぞ?」
「や……おれ茶道の作法とかよう知りませんし……」
 新が恐縮したように言うと、出水はいつものように豪快に笑いながら冗談だと返してきた。だがひとしきり笑うと、出水はこれ以上ないくらい真剣な表情になり、ぴしりと居住まいを正してきた。

 「……巽から聞いてるかも知れんが、まずは三人に謝らせてくれ。ここ数年、強い選手ばかりがやけに早く退部し続けていた事は知ってはいたんだが、トラブルに関わるのが面倒だった俺は、彼らに気をつけろと警告しただけで他はノータッチでいた。今年、綿谷と綾瀬が入部してきた時も、どうせまた大学祭が終わったらこいつらも辞めていくだろうと思っていた。だけど二人の試合を見て、そしてのびのびと歌を詠む巽を見て……俺の気をつけろという警告なんて物は単なる自己満足に過ぎなかったと思い知らされたんだ。これまで何もせずにいた事を本当に申し訳なく思っている。……この通りだ」
 出水は両手を畳に付け、背筋を伸ばして三人の顔を見てから深々と頭を下げてきた。何も起きていない時ならきっと見惚れるに違いない、実に折り目正しい姿だった。
「あ、あの……出水先輩、頭上げてください。……おれら、先輩に謝って欲しいとか、そんな事思ってません。むしろこれから先輩にも手伝ってもらいたいってお願いしに来たんです」
 新が三人を代表して答えると、出水は上体を起こしたが、背筋を伸ばした正座のままでいる。
「そう言ってもらえると俺も少し、ほっとするよ。……俺に何が手伝えるか分からんが、取り敢えずまず、綿谷達が知ってる事を教えてくれないか」
 頷いて新は話し始めた。

 「おれらが入部した日、三笠先輩や奥山先輩と取りましたよね。あん時おれ、三笠先輩のかるたってラフプレーっちゅうより、この人何でこんなかるたを憎んでるみたいな取りするんやろって思ったんです」
 新と千早は時々顔を見合わせて、お互いの記憶を確認しながら一つずつ話していく。入部当日に巽から「上を目指すならかるた会の方がいいのでは」と言われた事、同学年の人間なら試合で三笠を見ているかも知れないと思って、北央OBの須藤に話を聞きに行った事、居合わせた小石川から聞いたかるた部の噂と退部に関する推測。そして試合当日に妨害があるならこうではないかという、須藤の話。
「先輩、去年や一昨年の大学祭も試合はあったんですよね?」
 千早が探るような目をして出水に問うた。彼が頷くと、今度は新が口を開く。
「毎年……その年に入ったA級選手がデモ試合の担当になってませんでしたか」
「……ああ、確かに。……俺は単純に、上手いヤツだから割り振られてるもんだと思ってたが……」
 出水は腕組みをして深い溜め息を吐く。何らかの嫌がらせがあったのだろうとは思っていたが、自分が面倒を避けていた間に、裏でこれだけの事が起きていたとまでは思っていなかった。

 「ただ須藤さん達から聞いた時点では何の証拠もない、噂の域を出ん事やったんで手の打ちようが無いって思ってたんですけど、ほしたら逆に、おれらが試合する事を大々的に学外に触れて回れ、ってアドバイスもろたんです」
「戦績もですけど、新は永世名人のお祖父さんとの縁で、協会や連盟の先生方に顔や名前をよく知られてます。で、そういう偉い人が試合を見に来たりすれば後々の牽制になるんじゃないかって須藤さん達言ってました」
 千早が付け加えるように、当日も須藤は部員達の耳に入るようにわざと休憩中にその話を仄めかしたと告げる。
「あー、あれ、やっぱりわざとだったか。……俺さ、あの後すぐ部室に戻って先輩達にその事話したんだよな。……何人かの先輩が急に落ち着かなくなってたから妙だなとは思ったんだけどさ」
 巽があの時は俺も、須藤の迫力ある視線に気圧されたと少々愚痴りながら言ってきた。
「ああ、それで奥山が急に体調不良なんて言い出したのか」
 出水も苦笑を隠せなかった。

 「その奥山先輩なんですけど、大学祭前に千早の携帯に妙な電話があったんです。『綿谷が呼んでるって伝言頼まれたから一緒に来てくれ』っちゅう内容で。……おれそん時、千早と一緒に居ったんで実害はなんもなかったんですけど、当日に奥山先輩の声聞いた千早が、あの電話は先輩やったんでないかって。……この番号って、先輩達見覚えとかないでしょうか」
 新は大学祭当日にメモしておいた携帯電話と思しき番号を二人に見せた。
「……ん、うーん……ちょっと分からんな。綾瀬、その電話が奥山だって思った根拠って何?」
「電話の方は作ったような声でしたけど、音の出し方っていうか、子音のクセなんかが奥山先輩のクセとすごく近いって聞こえたんです。……上手く言えないんですけど……」
 自分の聴覚で受けた印象だけに、千早は説明が難しそうだった。そこに巽が膝を乗り出してきた。
「出水先輩。……俺、読手として言いますが、うちの部に綾瀬以上に『感じ』のいい奴って居ませんよ。……純粋な聞き分けに関しては綿谷でも敵わないと思います。……綿谷、どう思う」
「ほうですね……巽先輩の言う通りです。かるたって形式で戦うてるで、おれにも勝つ手段はあるんやってとこあります」
「成程な。って事はあと問題なのは動機か。奥山にしろ、三笠にしろ」
 出水は腕組みをしたままうーんと唸った。

 「何でもそうだが、人の行動には必ず動機や理由ってのがある。……あるいは利益、まあ……トラブルを避けようっていう俺みたいな後ろ向きな発想も、自分に害がないっていう意味では利益とも言えるからな」
「その辺は小石川さんも言ってました。だからこそ強い人とかを試合に呼んどいて、おれらには学外にそういう繋がりがあるっていうアピールをしとけば、何かのメリットがあって動く、言うたら手足になってるもんは動きづらくなるやろうって」
 そこで新は一つの疑問を口にした。
「先輩。奥山先輩が電話かけてきたのは……三笠先輩と繋がってるからやって思いますか」
 しばらくの間、四人の間に沈黙が流れる。
「……例えばだが、奥山が三笠から金を貰ったりで綾瀬を呼び出そうとした……そういう意味での結託はないと思う。巽から話を聞いた途端体調不良を口実に解説役から降りたろ。もし金品で釣られての事なら降りる訳にいかないだろうし、降りようものなら多分、今度は奥山本人がターゲットになるからな」
 読手のすぐ近くに座る解説役なら、一試合目に物音を立てていた人間に密かな合図を送りやすい。だがな、と出水は言葉を継ぐ。
「普段ほとんど人と話さない奥山が一人で突っ走った、ってのもあいつの性格上考えづらい。……一番あり得るのは、元々単独で綾瀬に接触を図りたがっていた奥山を、三笠がうまく焚き付けたか何かした……じゃないかって俺は思うんだが」
「……って言うと?」
 千早は首を傾げている。出水は一つ咳払いをして、あくまで仮定の話だと断って話を続けた。

 「入部してきた綾瀬に奥山が目を付けた。何とかモノにしたいと思っても綾瀬の側にはいつも綿谷が居る。……そんな時に誰かが、自分が綿谷をどこかに呼び出しておくから、お前はその隙に綾瀬を呼び出せばいい……そう言ってきたらどうだ?」
「そんな……」
 千早が小さく身震いしているのが新の視界の隅に映り、宥めるように新は千早の手を握った。
「……確かにそれ、三笠先輩側から見たら上手い手やっておれも思います。呼び出しの手助けがバレたかって、てっきり奥山先輩は告白するもんやと思ったで、おれを一時的に引き離す手伝いをした、とか言えば一応通りますし」
 それは奥山にとっても同じだろうと巽が考えを口にした。事が露見しても奥山自身は普通に告白するつもりだったと言い張り、新と千早が過剰反応したと責任転嫁する事は一応可能なのだ。
「や、でも奥山の性格考えると、練習には来なくなると思うぞ。だからって安心していい訳じゃないが、誰に気をつけたらいいか少しでも分かれば対処のしようもあるだろう」
「ほうですね。……おれとしては一度、奥山先輩が部に顔出してくれる方が手っ取り早いんですけど。……千早には言ったがの? 邪魔してんのが部員の誰かやったら、容赦せんって。かるたでいっぺん、本気で凹んでもらうって」
 千早の気分が少しでも軽くなればと、新は以前話した事を冗談めかして言う。
「綿谷、お前が言うと怖すぎんぞ……それ」
 空気を読んでくれた出水と巽が軽い口調で新を混ぜっ返す。皆、女性である千早を必要以上に怖がらせたくないという気持ちは同じなようだった。






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written by Hiiro Makishima