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「凄かったですね、今の試合」 かるた部練習場の外に設えた模擬店で、瑞沢の元部員達は一試合目の感想を述べ合っている。 「一試合目から運命戦って結構シンドイんじゃねえ?」 「けど何だったんだろうな、あの物音……二試合目は昼過ぎだっけ。今度は静かだといいけどな」 そんな事を話していると、袴姿のまま練習場から出てきた千早と新に、先輩らしき男性が看板二枚を手渡しているのが見えた。 「何やってんだ? あいつら……」 西田が首を傾げていると、原田と坪口も千早達の後から出てきて、四人で太一たちの座るテーブルに歩いてきた。 「千早ちゃん、綿谷さん、お疲れ様でした!」 奏が労うが、千早と新は席に着かないままありがとうと答えてきた。聞けば自分達二人は試合の合間はこの模擬店の呼び込み役を命じられていると言う。 「え、このまま呼び込みって……大丈夫なのかよ」 太一が驚いて聞き返す。確かに公式戦のようにごく短いインターバルで次の試合がある訳ではないが、一番体力を消耗した筈の千早や新に模擬店の呼び込みを休憩もなしに行わせるのは無茶ではないかとやはり思う。 「……原田先生。先生はここのかるた部の事って何か聞いてませんか?」 どうにも引っかかり、太一は注文したジュースを啜っている原田に問うてみた。 「ん? ここ数年、戦績が振るわなかったって事は知ってるけどね」 今年は千早達が居るから期待出来るんじゃないか、と言ってジュースを飲み干した原田は所用があるからと坪口と共に大学を後にした。 「まあ部で決めた役割分担やしの。無理せん範囲でやってくるわ」 そう告げると新は試合中でも付けなかった襷を懐から取り出して掛けた。 「じゃ、行こっか? 新。みんなはゆっくりしてってね!」 千早が歩き出すと、看板を肩に担いだ新が雪駄履きでその後を追う。 「……試合後に呼び込みって、二人ともこの後ホントに大丈夫かな……?」 駒野が先の試合中取っていたノートをまとめながら呟いた。創部当時から、千早が新とのかるたを目標にしていた事は初代部員全員が知っている。そして高校選手権や挑戦者決定戦を通して新の実力も目にしてきた。 対戦相手がその新とあっては元からかるたに一切手抜きをしない千早は、初戦から全力を出し切るだろう事も試合前から予想出来ていた。だからこそ部での決め事とは言え、余計に体力を消耗する役を二人に割り振っている事が不可解だった。 「かるた部、喫茶店やってまーす!」 千早の声がメインストリートに響く。看板が結構重さがあったため、新が二枚とも担ぐ代わりに千早が声を出す事にした。その千早に無理しすぎるなと声を掛けながら、新は練習場を出る直前の出来事を思い返す。 (……原田先生は人違いやって返事に頷いてたけど、どうなんやろ……) 『やあ、柏木くんじゃないか。長いこと大会で見かけなかったけど、かるた続けてたんだね』 練習場を後にしようとした三笠を原田はそう言って呼び止めた。 『……いえ、人違いです』 三笠はぶっきらぼうにそれだけ答えて立ち去ったのだが、どうにも腑に落ちなかった。 (ほやけど、もし先輩の元の苗字が『柏木』やったんなら、須藤さんらが記録で三笠先輩の名前を見た事ないって話も辻褄が合うんや。……おれ先輩が苗字違う可能性なんか、あん時は全然考えてえんかったんやし) ただそれ以上はいくら考えを巡らせても、何も糸口らしきものは見えてこず、新は溜め息をつく。 「おーい、二人とも。満席だから休憩取れよー」 模擬店の方から、和服姿の出水が早足でやって来て、二人に休むよう告げてきた。 「あ、ありがとうございます。戻ろっか、新」 「……ほやの。失礼します」 三笠の事は人に聞かれない時に原田に聞いてみるしかないだろう。新は看板を肩に担ぎ上げ、一足先に模擬店に戻る千早の後を追い掛けた。 「ただいまー」 テーブルに戻ると、西田や駒野が隣のテーブルを寄せてきて全員まとめて座れるように椅子を並べ直してくれた。 「……お疲れ。しっかし改めて見ると観客すげえ面子だな。なんかどっかの大会見てるみたいだよな」 太一が二人にスポーツドリンクを手渡しながら口を開く。 「ほうかの。……ありがとう、いただきます」 太一は大事な友達だが、学外の人間だ。部の内外で色々悶着がある事は軽々に話す訳にもいかず、新は曖昧に言葉を返してスポーツドリンクを喉に流し込む。 「あ、綿谷と綾瀬戻ってたか。二試合目は午後一時開始だから、早めに昼飯食うなりしとけよ?」 巽が袴姿のまま千早達のテーブルに寄ってきた。 「あ、はい。……こちら、かるた部の巽先輩、こっちは私の高校の時のチームメイトです」 千早が仲間を紹介すると、巽は穏やかに初対面の挨拶を交わす。 「よう、なんか楽しそうじゃん?」 近づいてきたその声に瑞沢の仲間達の顔がまた凍り付く。 「あ、須藤さん。北央OBの人とかも一緒に来てくれたんですね」 辛うじて普通に対応できたのは、この部の裏事情を相談した事で今日須藤が来るだろうと予想出来ていた新と千早の二人だけだった。少し離れたテーブルから、ヒョロくんが不思議なポーズを取ってこちらを威嚇しているのが見えた。 「あ、さっきの試合の読手さん? なんか雑音多くて読むの大変だったんじゃ?」 巽に引き合わされた須藤はその顔にじっと視線を据えて尋ねる。 「……俺も出来れば気持ちよく詠みたいとは思いますけど……」 巽は迫力ある須藤の視線に耐えかねたのか、ふっと目を伏せて答えた。 「ふーん……そう言や綿谷。連盟の先生も今日見に来るのか?」 「あ、多分……。公式戦と重ならんかったら、やと思いますけど」 須藤が今このタイミングでその話題を出してくる意味を新は即座に察して答える。 「ま、来るんじゃねえ? 綿谷って名前はかるた界、つうか協会の理事の先生方の間でよく知られてんだし」 「……協会の人に知られてんのは、おれでのうて、じいちゃんの方やと思いますけど……」 ぐるりと周囲を見回した後、須藤は後輩が呼んでいるからと一方的に話を切り上げて歩き去った。緊張が解けた瑞沢の元部員達の口から一斉に溜め息が漏れる。巽もまた、昼食を摂ってくると言ってどこかに消えた。 「須藤さんにしちゃ、良く分かんねえ絡み方してきてんなあ……まあ新が永世名人の孫だってのは紛れもない事実だけど、それ揺さぶる材料にならねえじゃんか」 流石に太一は鋭い。 「……理由はあるんやけど……」 新は低い声で早口にそれだけ返す。事情含みだと気付いた太一はただ一言「そっか」とだけ呟いた。 「新、そろそろお昼ご飯食べないとマズくない? お弁当持ってこようよ」 テーブルの上に置いてあった誰かの携帯画面の時刻を見て、千早が新の袖を引っ張る。 「あ、そうやな。……ちょっとごめん。すぐ戻るわ」 新も席を立ち、連れ立って練習場に入る。 「千早、履歴見せてもろていいか?」 例の電話の番号をメモしておこうと千早に断って着信履歴画面を開くと、バーガーショップに居た時間帯に掛かってきた番号を探して手早く手帳に書き付けた。 「よし、と。……ま、とにかく飯食ってまおっさ」 「うん。次は勝つよ? 私」 一試合目の運命戦は、新に運が味方した。とは言え新も一試合目を勝ったとは考えていない。 (どっちが先に読まれるかとか、ほんなんで勝ってものぉ……) 「さあ、どうやろの。……おれかって負けるつもりないざ?」 「勝つったら勝つの!」 一歩も譲らず言い合いながら戻ってくる二人を、瑞沢かるた部の仲間達は半ばあきれ顔で見ている。 「……綾瀬は相変わらずなんだろうけどさ……」 「綿谷さんって、あんな性格でしたっけ……?」 他の仲間が言い合う中、太一だけは歩いてくる二人に早く来いと手を振りながら、ぽつりと言った。 「あいつら……全っ然変わってねえ」 |