保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活:前夜祭



 「そう言えばさ、新」
 息を整えた千早が聞いてくる。額の汗を拭きそちらを向いた新の目が大きく見開かれた。
「いつの間に人のTシャツ着たんやし、千早は……まあ、構わんけど……」
 一回り大きいTシャツの中でほっそりした身体が遊んでいる姿はどういう訳か目のやり場に困る気がして新は困惑する。かと言って脱げと言うだけの度胸も、脱がせる程の思い切りも持てる気がしない。
「良かったら代わりに私の服、着る?」
 千早はどこか楽しそうに言葉を返してきた。小学生の頃ならいざ知らず、今の体格差で千早の服が着られる訳がないし、仮にサイズが合ったとしても女物のチュニックを積極的に着るような趣味はない。
「……全然『代わり』でないがの、それ。……ほんで、何言いかけたんやっけ?」
 ぶつぶつ言いながら自分のジーンズを履き、苦笑しながら新は話を戻した。
「あ、そうそう。……さっきのさ『かるたでマジ凹みしてもらう』って、例えばどういう手かなーって」
 新が渡り手を得意にしている事は部員全員が知っている。単に枚数差を付けるだけでは相手を「マジ凹み」させるには少し足りないように感じたのだ。

 「渡り手は確かに皆知ってるやろけど、おれまだ部の人に手の内全部見せてえんよ? ……全部知ってるの多分、千早だけでないんかな」
 と言う事は、新の過去の試合に答えがあるという事になる。千早は片手を顎に当てて、自分が見た新の試合をいくつも思い返してみた。
「あ、そう言えば先輩との試合じゃ出してないよね、新の超加速」
 一体誰がそんな命名をした、と新は困ったように頭を掻きながら頷く。
「まあそれも正解やけど」
「何であんな加速出来るんだろ……」
 千早が新の顔を覗き込んでくる。自分にも出来るならやってみたい、とその顔に書いてあるようで、新はつい笑ってしまった。
「……秘密や」
「新、ずるいー!」
 千早は拳で新の背中や肩をぽかぽかと叩いて膨れる。その拳を左手でいなしながら、続きを話した。
「……速い人はぎょうさん居るけど、その速さもそれぞれや。飛び出しからトップスピードって人も居るし、千早みたいに札際で一気に加速するもんも居るやろ? 体格とか筋肉の質とかバネとか、人それぞれや」
 無理に真似る事で、本来のスタイルが崩れてしまう事もある。そこまで言ってやっと千早は納得したようだった。

 「……あれ、何か外から音楽かなんか聞こえない?」
 千早が窓の方を向いて耳をそばだてている。新は立ち上がり、千早の前にある窓を少し開けてみた。
「ああ、大学から聞こえてるんやな。バンドでもやってるんやろ」
 大分日が傾いてきたのか、上半身裸の新には少し肌寒い。
「千早、聞いてたい? ……おれちょっと冷えるで、何か着るか風呂入るかせんと明日に差し支えそうや」
「あ、いいよ。窓閉めるね。……お風呂の方がいいんじゃないかな。湯冷めさえ気をつければ」
 千早は窓を閉めてくれたが、やはり少し身体が冷えている。
「……湯、張ってこよ」
「あの、新。……私も借りていい? お風呂」
「ん、構わんよ。狭いけど」
 新はユニットバスへと向かい、蛇口を勢いよく捻り湯を張り始めた。

 ◇ ◇ ◇ 

 少しぬるめの湯にゆっくり浸かって、身体の芯をしっかり暖めて部屋に戻った新は、冷蔵庫から麦茶を取り出して千早にも手渡す。流石に今は千早も自分の服を着直している。
「……っはあー! 沁みるー!」
 グラスの麦茶を一気に飲み干した千早はまるでTVコマーシャルのような台詞を吐く。
「腰に手ぇ当てて飲んでても違和感ないなあ」
 新はすかさず突っ込みを入れるが千早に堪えた様子はない。
「けど、どうしたもんかな……前夜祭、本格的に始まっつんた感じや。静かになったら送るって言うたけど、これ今からまだ騒がしくなるんでないやろか……」
「無理に静まるの待たなくてもいいんじゃない? ……ほとんどの人学内に居るって事でもあるんだし」
 それもそうか、と新は自分の意見を引っ込めた。

 「……着物の下に着るTシャツとスパッツ持ってきてあるんなら、泊めてもらうって手もあったんだけどなあ」
 千早が新の顔を覗き込んで言ってきた。
「それはダメやからな?」
 覗き込んできた千早の額を指で軽く押しながら、釘を刺しておいた。どこかできちんと線引きしておかないと、ズルズル行ってしまいそうな予感は新の中にもある。
「……特に明日は絶対無様なんか晒せん試合があるんや。……おれかってちゃんと睡眠取っときたいし」
 千早は確かに一番安らぐ相手でもあるが、男としては隣に居たら一番眠れない、そして眠らせたくない相手でもある。
「ん、そうだよね。ゴメン」
 千早は素直に詫び、明くる朝の待ち合わせ時間をどうするか聞いてきた。一試合目開始は確か十時頃だが、着替える時間なども考えたらもっと時間の余裕が欲しい。結局普段一講目から講義がある時と同じ電車でここまで来る事に決めた。
「さ、ほんならそろそろ送ってくで」
 新が愛用のバッグを袈裟懸けにすると千早も頷いて立ち上がった。
「新」
「……ん?」
 送り届ける道すがら、呼び止められて千早の方を振り向くと、勝ち気な瞳が強い光を湛えていた。
「明日は、目一杯やろうね。私達のかるた」
「もちろんや。本気のもひとつ上で行くでの」
 千早が差し出してきた拳に、新も自分の拳をぶつけて、明日の試合でお互いの全力を出すと約束し合った。






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written by Hiiro Makishima