保湿系トライアルセット

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新と千早の大学生活



 白波会での練習を終えた二人は、千早の自宅へと歩く。もちろん原田や居合わせた会員達にも試合の事は話しておいた。
『そう言えば千早ちゃんとメガネくんって、公式戦ではまだ戦ってないんだねえ。クジ運いいんだか悪いんだか』
 原田は彼らしい豪快な笑い声とともにそんな風に言ってきた。
(クジ運関係ない。全部勝てば絶対決勝で当たるのに、途中で負けるで当たらんのやってハッパかけてるんや……先生らしいわ)
「あ、そうや。もう千早の家の人帰ってるんかの?」
「……え? 多分帰ってると思うけど、何で?」
「おれんちの方が大学に近いで、千早の着物預かっとこうかなっての。値の張るもんやし、言っとかんとびっくりさしてまうやろ?」
 それも方便に過ぎない。帰りはともかく朝は迎えに行くのが難しい。千早が電車に乗っている時に誰かが着物を汚したり、最悪鋏を入れるかも知れない可能性を潰しておきたかっただけだ。洋服なら仮に汚れても洗濯は簡単だし、新の服を貸す事も出来るが着物はそういう訳にいかない。
「そうだね。お母さんが奮発して買ってくれた袴、試合以外で汚したくないよ。何か理由作って、預けるね」
 場所塞ぎでごめんね、と言う千早に、新は構わないと笑い返した。

 「あ、お母さん帰ってるみたい。お腹空いたなあ……」
 門灯の明かりを見た途端、千早は思い出したように空腹を訴えた。その姿に小さく吹き出しながら、この天真爛漫さを守ってやりたいと新は改めて思う。
「ただいまー! お母さーん、新も一緒だよー!」
 千早は大声で言いながら台所へと向かってしまい、新は三和土でしばらく待っていると、パタパタとスリッパの音が聞こえ、千恵子と千早が揃って戻ってきた。
「こんばんは、急に済みません」
 新はその場から動かず一礼して挨拶を口にした。千恵子がスリッパを勧めてくれたため、新は礼を述べて上がらせてもらう事にした。

 「綿谷くん、生活はもう慣れた?」
 台所でお茶を勧めながら千恵子が聞いてくる。新はお陰様で、と短く答えるに留めた。
「実はね、大学祭が次の休みにあるんだけど、私と新で試合することになったんだ。……ねー、新?」
 千早がうまく口火を切ってくれた。
「はい。袴着用で三試合あります。見に来てくださると嬉しいです」
「私、荷物取ってくるから、新、待ってて!」
 返事を待たず千早は自分の着物を取りに階段を駆け上がっていった。程なくして風呂敷包みを大事そうに抱えてリビングに戻ってくる。
「新、これ当日まで預かってもらっていい? 新んち大学に近いし」
 どうやら千早は自分のワガママで新に預けるというスタンスを取るつもりらしい。
「うん。……全部揃ってるか今確認しといての。紐とか襷もやざ?」
「もう、千早ったら……綿谷くん、ごめんなさいね」
 事情を知らない千恵子は困ったように言ってくる。少し申し訳ない気分にはなるが、妨害の可能性があるなどと言えばもっと心配させてしまうだろう。新はどうにか笑みを作り、構いませんと答えた。
「いえ……満員電車の中とかで皺くちゃになったりするよりは良いですし」
 自分の部屋には祖父の着物も何着か仕舞ってあるのでさして場所は取りません、と新は付け足す。  

 「あと……あんまり楽しい話ではないんですけど、お話しせん訳にはいかん事なんで……」
 むしろこちらが本題だ。新は軽く咳払いをして言葉を続けた。
「実は最近、大学の周辺がちょっと物騒だとか聞いたんです。……もし大学行く途中に何か変やって思ったら、うちに避難すればいいって千早には言うといたんですけど」
「いやだ……怖いわね。何だか綿谷くんに迷惑ばかり掛けちゃってごめんなさいね」
 やはりこの理由で正解だったようだ。千恵子は「新の部屋に避難する」という話をさしたる抵抗なく聞いてくれている。
「いえ、おれも千早が無事な方が絶対いいです。帰りは責任持っておれがここまで送ります。大学祭の前後は浮かれて色々あるやろうって話も聞いてますし」
 新は千恵子を正面から見据えて話を続けた。
「……千早は美人やし、学内でも目立つ存在です。……うちの学生に限らん話ですけど、千早の事が気になる奴が居て、友達になりたいとか思う気持ちは、おれも男やし一応理解は出来るんです。……ほやけど手段を問わんような奴は千早に指一本触れさせる気はありません。ほんで一応、うちの鍵渡させてもらいました」
 使わないで済めばそれに越したことはないが、内鍵とチェーンで安全を確保した上で家族か新に連絡を入れるよう千早とは相談済みだと新は事後承諾になった事を詫びた。

 「お母さん、実はね……私の携帯に今日、変な電話があったんだ。新が一緒に居てくれたから、相手慌てて切っちゃったけど」
 千早が夕方の電話のアウトラインを話す。急用だから一緒に来て欲しいと新の名前を出して呼び出そうとした怪電話は、すぐ隣に居た新本人が電話口に出た事であっさり切れたため実害はなかったのだが。
「……じゃあ、家に変な電話が掛かってきても、一度綿谷くんに連絡入れた方がいいのね?」
 名前を使われたのは新でも、自分の娘の目立つ容姿も理由の一つとあっては自衛策を優先させるべきだと素早く事情を理解した千恵子は的確な質問をしてきた。
「お手数ですけど、お願いします」
 新は手帳のページを破り、自分のフルネームと電話番号、アパートの住所を書き留めて千恵子に渡す。
「分かったわ。綿谷くん、……いえ、新くん。千早の事、一緒に守ってやって。お父さんには私が話しておくから」
 初めて千恵子は「新」と名前を呼んできた。責任の重さは感じるが、元より千早の事は守り切ると新は己に誓っている。
「はい。お約束します」

 話し込んでいたら大分時間が経ってしまった。新は暇乞いを告げて千早の着物を包んだ風呂敷を手に外へ出る。千早と千恵子が玄関先まで見送ってくれた。
「……それじゃ、お休みなさい。あんまり面白くない話ばっかしで済みませんでした」
 玄関口で新はもう一度頭を下げた。
「いいのよ。知らなければ自衛も出来ない事って、あるものね。鍵の出番がないのが一番だけど」
「ほうですね。あと数日で大学祭ですけど、終われば少し落ち着くんでないかって思いますし……」
 巽や出水のように、そっと忠告してくれる先輩達も居る。この数日を無事に乗り切り、大学祭当日の妙な妨害を封殺できれば、恐らく後は数人と直接対峙すればいいのではないかという気はしている。
「でもすぐ大会あるよね。団体戦、エントリーできるかなあ……」
 千早が心配そうに言ってくる。
「分からんけど、エントリーに必要なのはあと一人だけやろ? 頑張ってみよっさ。……あかんくても、おれらまだ一年や。人増やす時間はいっぱいあるんやしの」
 新がそう言うと、千早はようやく愁眉を開いた。もう一度お休みを言って、駅への道を新はひとり歩く。
(ほうや、まだ時間はある。そのための第一歩が今度の大学祭や。……邪魔なんかさせんし、千早にも危ない目なんか絶対遭わせんでの……)
 もう一度自分に強く言い聞かせると、新は大股で改札を潜り大学方面への電車に飛び乗った。






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written by Hiiro Makishima