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公民館の外で須藤や小石川と別れ、新と千早は大学の最寄り駅で電車を降りる。千早が乗り換えのホームへ向かって歩き出すと、新がその後を追い掛けてきた。 「あれ? 新降りる駅ってここだよ?」 「……家まで送る」 答えながら券売機で千早が降りる駅までの切符を買った。 「さっき、小石川さんから携帯の番号教えてもらったで、千早にも教えとくわ。ちゃんと登録しときね」 電車を待っていると新が自分の携帯を出してくる。千早が自分の携帯を取り出すと、新は手早く赤外線で小石川の番号を千早に送った。新に急かされる形で千早は受信した番号を電話帳に登録する。 「……新、何かあったの?」 乗り込んだ電車の中で千早が新の顔を見上げるように聞いてきた。正直、須藤から最後に受けた忠告をどう話すべきか新の中でもまだ考えがまとまっていない。 「ん……ちょっとの、話さなあかん事あるんやけど……おれもまだ、頭こんがらがってるんや」 結局電車を降りるまで新は無言のままだった。 千早の自宅が近づいてくるが、家の明かりが点いていない。 「……家の人、留守なんか?」 「多分、お姉ちゃんの仕事だと思うんだけど。……お父さんは残業かな」 「ほんなら悪いんやけど、ちょっと寄らせてもろていいか?」 話す内容が内容だけに、今日ばかりは家人が居ない方が有り難い。新は日頃のマナーを敢えて枉げ、留守宅にお邪魔させてもらう事にした。 「今、飲み物取ってくるね」 部屋に新を招き入れた千早が立ち上がるのを、新は腕を掴んで止めた。 「……千早。真面目に言うとかなあかん事あるんや。飲み物とかいいで、聞いて」 「う、うん……分かった」 新の態度がいつもと違う。千早はまだ事情が飲み込めないまま、新の前に腰を下ろした。 「須藤さんらの話は、覚えてるの?」 新のその言葉は質問というより確認だ。千早は黙って頷いた。 「……千早が席外してた時に、実はもう一つ受けた忠告があるんや」 「もうひとつ?」 忠告があったとしても、何故須藤は新にだけ話したのか千早にはよく分からない。 「千早、当分おれの近くになるべくえんと(居ないと)あかん。大学の帰りはおれが家まで送るで。電話とかメールとかも、登録してある相手でなかったら、折り返すのはおれが一緒に居る時にして。……もし、一人ん時に誰かが、おれが呼んでるとか言うてきたら、移動する前におれの携帯に絶対電話して。……絶対や。それを、今約束してや」 「えっ? ……新、急に何?」 今まで新がこんな風に細かく、ああしろこうしろと言ってきた事はない。 「何でもいいで。頼むで言う通りしてって」 「い、意味分かんない……新、ちゃんと訳を教えてよ。そこまで新が言うって、絶対何かあるんでしょ? ねえってば!」 しばらくの間、新は千早の顔に視線を据えたまま口を噤んでいたが、やがて諦めたのか長い溜め息を吐く。 「……今んとこ、この話はあくまでも『最悪の可能性』ってだけや。ほやけど絶対起こさせる訳にいかん事や。嫌な話やけど、言わんと納得せんのやろ。……いくら身体能力高かっても、千早は女や。そこを狙うて、おれや千早が部に居とうないって思わせるような事をしてくる可能性がゼロでないっていう話が出たんや。ほやでさっき言うた事、ちゃんと守って欲しいんや」 新はそれ以上詳しい事は言葉にしたくないと眉を顰めているが、自分が女だという理由で起きるかも知れない最悪の可能性については千早にもうっすら見当が付く。 「だ、大丈夫だよ新。勝手にどっか行ったりしないし……それに私、結構、力は強いし……きゃっ?!」 言い終わるより早く、新に両腕を押さえられて千早の身体は床の上で仰向けに倒されていた。 「ちょ……新、腕……痛っ……」 しかし新は掴んでいる腕を離してくれず、無言のまま逆に千早の上に体重を掛けてのしかかってきた。 「新っ、やめて! 離してってば!」 辛うじて自由になる両足をばたつかせて藻掻くが、新が自分の脚で千早の脚を押さえ込んでしまう。全く身動きが取れず、千早は新の取った行動を初めて怖いと感じた。 「……新、や、だ……っ」 泣くまいと思うのに、涙が溢れてしまう。 「……男が本気出した力やと、簡単に逃げられんって……ほんで分かったやろ」 ひどく暗い声音で言った後、ようやく新が身体をどかして千早を解放した。掴まれていた手首には、新の手の跡がくっきりと残っている。千早は両腕をさすり、どうにか身体を起こして新を見る。新は深く震える溜め息を吐いてから口を開いた。 「怖がらせて本当にごめん。……ほやけど千早には、ほんとに……何も起きて欲しない。おれ程度でも本気で力入れるとああなんや。しかも相手が一人やとは限らんのやし。さっきのでおれの事嫌になったかって、いい。……ほんでも、分かっといて欲しかったんや」 新の絞り出すような声でようやく千早は痛感する。この話を切り出すまで新がどれだけ悩んだのか。 (私が、自分だって結構強いなんて軽率な事言っちゃったせいで……) できれば実力行使に訴えず、話して分かって欲しかったのだろうに、新を宥めるつもりで自分が迂闊な一言を口にしたため、新は自分が嫌われても、千早が無事ならそれでいいという覚悟でそうしたのだと。 (また私が……思ったままを口にしたせいで、新を追い込んじゃったんだ……!) 「新、ごめん、ごめんなさい! 約束、する! ちゃんと、守る……っ! う……ひっく、うぅ……」 「ごめんな、千早……ごめん」 新にしがみついた千早が、新を嫌いになんかなる筈がないと言って泣き出すと、新は両腕で千早をきつく抱き締める。合わさった頬に濡れた感触があるのは自分の涙か新の流した涙か、千早には分からなかったが、泣きじゃくる合間に鼓膜に飛び込んできた新の声はありがとう、と確かに言っていた。 「……落ち着いた?」 ひとしきり泣いた後、抱き締めていた腕を緩め、新が気遣わしげに尋ねてきた。 「うん……」 千早は両の拳で目元を拭って顔を上げた。視線の先にある新の表情が徐々に和らぐのを見て千早は心から安堵を覚える。 「ほんとに、ごめんな。怖い思いさせてもて……っ?」 千早の人差し指が新の唇に当てられた。 「新、もういいの」 「……分かった。もう言わんとく。……須藤さんとか小石川さんかって、千早の事心配してるんや。ただ三人とも男やし、話題が話題やで千早に話すのはおれに任されたんや。……おれがもうちょっと話し上手やったら良かったんやけど」 難しいの、と新は溜め息を吐く。聞いていた千早は自分で自分を抱くように腕を回して小さく身震いした。 「……千早」 怖がらせ過ぎたかと慌てて問う新に、千早は違うとかぶりを振った。 「新の事は怖くないし、さっきのは私の方がちゃんと聞くべきだったから。そうじゃなくて……怖い、って言うか腹が立つのはそんな事まで妨害に使おうとする人が居るかも知れないって事。……だってもしかしたらそれ、去年入部した人にも向けられたって事なんじゃないの……?」 その人達に、自分にとっての新のような人は居てくれたのだろうか、と千早は呟いた。 「うん……ほやで余計、今年で止めてまわんとの。……折角須藤さんらヒントくれたんやし」 小石川が言った「実際動く人間を封殺する」事。そのために自分達の戦績を最大限利用しろという須藤のアドバイス。多分、去年や一昨年の選手より自分達は有利なカードを持っている筈だ。 「でもさ、それって新しか出来なくない? 私じゃ大して人脈なんかないし」 千早がそんな風に言うと、新はきょとんとした顔で見返してきた。 「……何言うてるんや? 千早かって結構有名なんやざ、かるた界で」 「へ? 何で私が?」 その顔を見る限り、どうやら本気で自覚がないらしい。新は苦笑を浮かべて話を続けた。 「高校のかるた部、顧問の先生かって経験者でないのに創部二年で全国優勝ってだけでも凄いがの。個人で出る大会かって、何べんかA級優勝してるやろ?」 「だって、かるたやりたかったし、強くなりたかったんだもん」 至ってシンプルな答えが返ってくる。千早らしいなと新はようやく普段通りの笑みを浮かべた。 実の所千早が注目を集めている理由はそれだけではない。実力に加えて人目を引く容姿でも関係者から色々噂されてはいるらしい。勿論それは千早が動いたり話したりしている所を見ていないという限定条件下での話だが、新を落ち着かなくさせるには十分過ぎるものだった。 「……ほやで、まあ試合やるって言うたら見に来る人結構居るやろ。須藤さんかって来るみたいな事言うてたし」 デモ試合が三試合ある事を考えたら、なるべく多くの人に声を掛けておいてどの試合にも学外の人間が一定数居るようにするのが一番だろう。 ただ困った事に今年福井から出てきたばかりの新は、東の選手の連絡先をあまり知らない。須藤や小石川も呼びかけてはくれるだろうが、当事者である自分達が何もしない訳にはいかない。 「おれ明日にでも、連盟の先生んとこに挨拶兼ねて顔出してくるわ。千早も一緒に来ね」 「あ、うん。……新は明日何時に授業終わるの? 私は、えっとね……」 鞄からスケジュール帳を出し、お互いが取っている講義と教室の場所を確認する。待ち合わせは人目に付きやすいよう学食前の自販機スペースに決めた。 「もっぺんだけ確認するざ。どっちが先に着いてても、二人揃うまで動かん」 「うん。……もし先輩が呼んでたら?」 「そん時も、例えば千早が先に着いてたら、おれがじき来るで揃ったら行くって言えばいい。ほしたら遅れたおれのせいに出来るでの。逆もおんなじや」 「……じゃあ、新に約束するね、一人にならないって」 千早は片手の拳の小指だけを立てて新の顔に近づけた。 「懐かしいの」 新は小指を千早の指に絡め、子供の頃歌ったきりの「指切りげんまん」を口にする。 |