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「勿論、本当の未経験者も見に来ると思うし、可能性の一つでしかねえけど。特に綾瀬には覿面だろ」 「……ほうですね。おれはともかく、千早は『感じ』がいい分集中するやろうし……」 今の数枚でさえ、口から心臓が飛び出る程驚いたのだ。これが何度も続いたら試合どころではないだろう。 「さっき綿谷くんさ、ラフプレーって言ってたじゃん。……それも繋がってんじゃないかな」 今度は小石川が口を開いた。 「繋がってるって、どういう意味ですか?」 千早が首を傾げる。 「つまりさ、大学祭前に試合してぶつかっておくだろ? で、デモでは怪我とかで思い通りの取りが出来ない。新入部員が来なければデモが下手だったせいだとか言われたりさ……そんな事が続くかも知れない部に残るより、一般のかるた会で続ける方がいいって思って退部するんじゃないかって事。……まあ証拠もないし推測だけど、今の所は」 「でも、それが本当だったら、どうしたらいいの?」 「ほやの……証拠もないのに先輩らに止めてくれとは言えんのやし……」 溜め息を吐く千早と新に、須藤が声を掛ける。 「手がねーんなら、大人しく白波会から大会出れば? ……ま、学生選手権は捨てるしかねーけど」 千早がきっと須藤を睨み付けた。 「……だろうな。まー、乗りかかった船だし? ちっとだけヒントあげっかなー。いやー優しいよなおれって」 妙に楽しそうに須藤が切り出した。 「え、ヒントって……」 つり込まれるように二人が聞き返した途端、須藤はにんまりと笑う。 「お、知りたい? ……じゃーこっちの知りたい事も聞かせてもらっちゃおうかなー? お・ふ・た・り・さ・ん?」 (あ、しもた……!) やはり人を自分のペースに嵌めていく事では須藤の方が上手らしい。悟られまいとしても耳が熱くなるのは止めようがなかった。 「うわあ須藤くん、安定のドSっぷり。流石だねー」 須藤の口調から、彼が二人に何を聞こうとしているのか見当が付いた小石川が苦笑いを浮かべた。 「誉め言葉だって思っときますよ、小石川さん。……で、どーすんの? お前らさ」 別に言いたくなけりゃそれでもいいんだけど、と須藤は勿体ぶった言い方で新と千早の顔を交互に眺めながらプレッシャーを掛けてきた。 「……新ぁ……」 千早がどうしよう、と困り切った顔で新を見てくる。須藤の「ヒント」を得て大学祭の対策を練らなければいけない事を考えると、先に千早だけ帰す訳にもいかないが、同席させて自分との交際を根掘り葉掘り聞かれるとなれば、紅一点の千早にはいたたまれないのではないかとも思ってしまう。 (……ほやけど、須藤さんはなんも答えんかっても、おれから全部聞いたとか言って千早をからかいそうやしなあ……) 「す、須藤さん。……あの、ぜ、全部おれが答えて……ほんで、いいんでしたら……言います」 そう口にするだけでも顔が熱い。 「へー……んじゃまあ、軽ーいとこから行くぜ? ……付き合ってんの? お前ら」 新が腹を括ったのは興ざめだったのかも知れないが、とりあえず質問攻めで新を弄る事に方針転換をしたようだった。 「あ、えっと、はい。……いつから、って言われると線引き難しいんですけど」 新が千早に告白したのは高二の冬、名人戦挑戦者決定戦の後だ。だが大学に実際入るまでの一年は言わば遠距離交際のようなものだから、付き合い始めた時期を明確に出来なかった。 「あれ、案外サラッと答えたね綿谷くん。……ちなみにどっちから告ったの?」 小石川が便乗して聞いてきた。 「おれです」 それを答える事にはさほど抵抗がない。返事が欲しかったのではなく、試合終盤をどうしたか尋ねた時の千早の顔を見ていたら、自分の中にあった想いがそのまま自然に言葉になったと言うべき告白だったからだ。 「ふーん……綿谷、お前さ。綾瀬のどこ好きなんだよ? ……コイツ天然だし、かるたバカだし、動くと台無しじゃん?」 案外素直に答えてくるのが面白くないのか、須藤は細かい事を聞き始めた。 「どこ、って限定した事、おれ実はないんです。千早にかるた教えたんはおれやで、かるたバカなんはお互い様やし……全部ひっくるめて千早やと思うんで」 「……あーあ、つまんねー……」 新の答えを聞いた須藤は「もうちょっとイジれると思ったのに」と零しながら背中を壁に付けた。 「ま、どうでもいーか」 すぐに頭を切り換えたのか、身体を起こして新たちに向き直った須藤の表情はまた真面目な物に戻っていた。彼にしても、千早が本気で泣き出しそうな事は端から聞くつもりはなかったのだろう。あくまでも「ヒントとの交換」という体で少し二人をからかえれば良かったらしかった。 「大学祭でデモやるって話、お前ら誰か学外の奴に話したのか?」 「あ、何人かには言うてありますけど……」 新の返事を受けて千早が名前を挙げながら指を折る。 「かなちゃんとかなちゃんのお母さん、広史さん、それで今日須藤さんと小石川さん。……そのくらいかな」 「……いっそ大々的に伝えた方がいいぜ。お前らの戦績やネームバリューも使え。多分それで試合中の物音は立てられねえだろ。ギャラリーが多い試合自体はお前ら二人とも慣れてんだしな」 永世名人を祖父に持ち、西日本代表にもなった新と、吉野会大会や他の全国大会での優勝経験がある千早が行うデモンストレーションマッチなら、真面目にかるたをしている者なら是非見たいと思う筈だ。二人との対戦経験がある者は次の試合に備えての偵察に来るだろうし、年若い選手なら目標として。それら真剣な観客が詰めかけていれば、妨害を封殺できるだろうというのが須藤の案だった。 「……それにその後の牽制にもなるよな、それ。二人に色んな会や学校のA級選手や先生方との太いパイプがあるってアピールになるだろうからさ」 小石川が須藤の言葉を補足した。そうした妨害や嫌がらせが大学祭の時だけとは限らない。小石川はそこまで見越していたようだ。 「まあ、その三笠だっけ? どんな指示を誰に出してるかは分かんないし、何で釣られて言う事聞いてるか謎だけど、言う通り動く人数が減ればやれる事も減る。二人の側につく人も頑張り次第で増えるだろうとは思うよ、おれも」 年長者二人のアドバイスは明快だった。三笠の意図や動機が分からずとも、実際に手足として動く人間も、何かしらメリットがあって行動するものだろうが、全国に名の知れた選手や協会関係者に顔や名前を把握されてまでそうした行動に出られる者はそう居ないだろう。かるたにプロはないが、「礼」を重視する競技なのだから。 「須藤さん、小石川さん。……アドバイスありがとうございます」 新は姿勢を正してもう一度礼を述べる。 「ふん。……まあ精々うまくやれ。せっかく知恵授けてやったんだしな」 須藤はお馴染みの憎まれ口を利いた後、千早にそろそろ着替えてこいと告げた。 「あ、はい。失礼します」 千早が更衣用の別室に向かった後、須藤はやけに厳しい目で新を見据えてきた。 「───綿谷。おれだってこんな事は言いたかねえけどさ。綾瀬は女で、見た目も目立つ奴だ。……あいつがかるたを止めたくなるように仕向けられる場は試合だけじゃねえ。……おれの言ってる意味、分かるよな」 無論須藤は「予想できる中で最悪の可能性」として言っているに過ぎないが、こちらが予想できるという事は、相手もまた行動の選択肢として考え得るという事でもある。新の背筋にぞっと冷たいものが走った。 「……はい。出来るだけ一緒にいるようにします」 新にしてもそんな事は考えたくないが、起きてからでは遅い事はいくらでもある。 「そうだね。須藤くんが言うような意味じゃなくても、『綿谷くんが呼んでる』とか言えば呼び出すの簡単っぽいし。そこら辺どう話すかは彼女の性格よく知ってる君が考えるしかないね」 小石川も須藤の意見に大きな反対は見せていない。千早が一番誘い出されそうな事は何だろうかと新は考えて、やおら顔を上げた。 「あの、小石川さん。連絡先、教えて下さい。……あと番号を千早にも教えていいですか」 「おれの? ……ああ、なるほど。うん、いいよ。教えて構わないし」 小石川は新の意図をすぐに察する。彼のように面識はあるが連絡先を知らない相手を騙って呼び出してきた時に、間違いなく本人が言ってきたかを確認出来るように、という事だ。頷いた小石川は赤外線で携帯の番号とアドレスを新と交換した。 「取り越し苦労で済めば一番だろ。……お前とか綾瀬みてえなかるたバカは試合で倒すのが一番おもしれーんだし」 そろそろ千早が着替えて戻ってくるだろうと思ったのか、須藤は急に口調を変えてきた。 「倒される気はないですけど、取り越し苦労って言う部分はおれも同感です」 試合で倒すのが楽しいという部分はさておいて、須藤も千早の力は評価していると分かる。その自分が認めた相手が妙な思惑でかるたから遠ざけられるのは、彼にとっても許し難い事なのだろう。 「……ふん。当日無様な試合なんざ見せたら大笑いしてやるから覚悟しとけよ」 襖の向こうから、軽やかな足音がこちらに近づいてくるのを三人とも聞き取った。 「ほんなら当日、いい試合やったら、うちの部の模擬店で何か飲んでって下さい。……一応部費の足しになるって話やったんで」 今の話を雰囲気から気取られないよう、新は須藤お得意の「賭け」のように受けて立った。 |