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「学祭の模擬店搬入担当と、一年生ちょっと集合ー」 その日の練習の終わり際に、出水が部員を呼び止めた。大学祭まで残すところあと数日となり、大学内のあちらこちらで準備に追われる姿も目立ち始めている。演劇部や吹奏楽部、軽音楽部などは夜遅くまで練習している学生も居るらしい。 「揃ったかな。んじゃ前日までに済ませる事伝えるぞ。この前説明あった通り、うちの部は毎年恒例の喫茶店を部室前のスペース使ってやる。で、搬入組はそこで使うテーブルと椅子を、倉庫から出してきて綺麗にしておく事と、サーバー類の設置。同時に氷用の冷凍庫を借りてくるから、それをサーバーのそばに設置。……まあ練習場前までは軽トラで運ぶから、そこから降ろして設置するだけなんだけどな。それでも結構重いから、腰とかやらないように全員注意しろよー」 搬入担当の二年生から、苦笑が漏れた。出水は笑った部員の顔を一瞥して再び口を開いた。 「お前らな、ぎっくり腰ナメてっと後で泣き見るぞ? 冗談抜きで動けねーからな。学祭に彼女呼んでいい雰囲気にー、とか思ってるなら、余計気を付けとけよー?」 今度はどっと笑い声が起きる。男子部員が多いだけに、出水が口にした状況を想像してしまう者は多いようだった。搬入担当者への説明はそれで終わり、その場に残ったのは出水と千早、そして新の三人きりとなった。 「さてと。俺が着付け手伝うって話はこの前三笠から聞いてるよな。……で、だ。二人ともどの程度着れるか一応知っとこうと思って、ちょっと持ってきたんだ。今着てる服の上からでいいから、出来るとこまで自分で着てみてくれ」 そう言って出水は大きなスーツケースから風呂敷包みを二つ取り出すと、端から中を確かめて、千早と新に一つずつを手渡した。 「分かりました」 千早も新も試合用の着物なら一応自分で着る事は出来る。練習着の上からでいいと言われたので、揃って襦袢を着、着物に袖を通して帯を結ぶ。袴の紐に少し手間取ったが、二人とも着終わると出水の前に並んで正座した。 「意外って言っちゃ悪いけど、綾瀬も自分で着れるのか。……こりゃ当日俺出番なしだな、ははは。二人ともサンキュー。もう脱いでいいぞ」 「あの……先輩。役割分担聞いた時不思議やったんですけど、三笠先輩が着付け手伝えって名指しされたのはどうしてなんですか?」 脱いだ着物を畳みながら、新は恐る恐る尋ねてみた。 「ああ、俺これでも茶道の免状持ってるから着慣れてるし、着せ慣れてるからな」 出水はあっけらかんと言うが、千早と新の頭にその言葉が染み込むまでにはしばらく時間が必要だった。 「……え?」 「何だよお前ら、そんな鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔して」 「あ、いえその……い、出水先輩ってそんな髭一杯で……っ」 千早が例によって率直すぎる一言を口にしかけ、新は大慌てで千早の口に手のひらを当てた。 「……ぷ、わっはははは!」 しかし出水は堪えきれないと言った風に腹を抱えて大笑いしている。 「いや、済まん。そこまでストレートに言ってくる奴も珍しくてなあ……はははは! こりゃ綿谷も苦労が絶えんだろ」 ひとしきり笑った後、出水は真顔になって二人に向き合った。 「……巽から一応は聞いてるだろ、うちの部の事。現状、三笠より強い選手って居ないだろ? 二年三年に。……過去に居なかった訳じゃないんだが、な」 「巽先輩も、その事は話してくれませんでした。……一体何があったんですか?」 新が問うが、さっきまで饒舌だった出水は腕組みをしたまま押し黙っている。 「学祭で、お前ら……デモンストレーションと呼び込み、やるよな」 ややあって出水が口にしたのは、さっきとは全く関係のなさそうな事だった。 「はい。三試合の予定です」 「……気をつけろ」 それだけを言い残して出水は練習場を早足で出て行った。 練習場に取り残された形となった二人はしばらく顔を見合わせ、出水の「気をつけろ」という言葉の意味を無言で考えていた。 「なんか腹減ったなぁ……千早、一緒に飯食いに行かんか?」 床から立ち上がり唐突な一言を口にした新の顔を千早は見上げる。気が抜けそうな一言とは裏腹に、新の表情は厳しい。その顔を見て千早も新の意図を察した。 (入部した時、どこで先輩が聞いてるか分かんないからって、帰り道ずっと黙ってたこと、あった……) 「うん」 千早はそれだけを口にして自分も立ち上がり、練習場を後にした。 「千早、須藤さんにメールの返事ってもう出したんか?」 並んで歩く新が再び、がらりと話題を変えてきた。須藤からは今日の昼、カタログモデルになった事をからかうようなメールが届いていたのは事実だが、大至急返事が必要なメールという訳ではない。 「……え? まだ出してないけど……」 「苦手なの知ってるけど、年上なんやで早よ返事せんとあかんが。……ちょっと携帯貸して」 夕飯に行こうと言ってきた時と同じ表情で新が片方の手のひらを上に向け、千早に差し出してきた。そういう事か、と千早は鞄からお気に入りのダディベアストラップを付けた携帯電話を出すと新に手渡した。 「んーと……こんなんでどうや? 返事」 新はメール作成画面を千早に見せる。思った通り、日中のメールへの返答はほんの一言で、残りは須藤に聞きたいことがあるという旨と、この本文を入力したのが新だと記されている。千早が頷くと、新は送信ボタンを押した。 「うわ、来た!」 さして間を置かず、千早の携帯がメール着信を告げた。フラップを開くと予想通り、須藤からの返信だった。 『──区の公民館まで来い、てめーら二人』 須藤らしい口調で、どこで会うかをきっちり指定している。少なくとも「聞きたいことがある」という新の頼みを蔑ろにはしていなさそうだ。千早は携帯を仕舞い、新と共に──区方面の電車が出ている最寄り駅へと向かった。 「よう、久しぶり」 須藤は千早達の到着を公民館の前で待っていてくれたようだった。もっともそんな事を表情や口調には一切表したりするような男ではない。相変わらず聞く者を凍えさせるような迫力を醸し出していた。 「須藤さん、忙しいところすいません。……おれが知ってる人で、うちの部の先輩と学年同じな人って須藤さんしかえんかったんで……」 新は「聞きたい事」を何故須藤に尋ねようと思ったのか、その理由を先に述べた。 「ふーん? まあてめーらの用事が何か知らねえけど、試合もしねーで話す訳にはいかねえぜ?」 要するに須藤に話を聞くための報酬は「ここで試合をする事」だという事だが、新も千早もその事には全く異存はない。黙って頷くと、須藤は更衣用の小さな和室まで二人を連れて行き、突き当たりの大和室へ一足先に消えていった。 着替えを済ませた二人が和室に入ると、何人かは千早と面識があったのか手を振っている。須藤が新の側に寄ってきて、「おれと取ろうよ」と手を振っている若い男性を「元K大かるた部の小石川さん」と紹介してくれた。 「小石川さんて、確か原田先生と東日本予選で戦った人ですよね?」 「ちなみに真島ともその前に当たってるぜ?」 その小石川が二人の側にやって来た。 「あー小石川さん。これ、綿谷ね」 「……初めまして。綿谷新です」 「これ」呼ばわりは微妙な気分ではあるが、須藤お得意の攪乱には違いない。それに二人とも年長なのだからと新は須藤の口調には触れず頭を下げた。 「よろしくー。須藤くん、一試合目どっちと取る?」 「あー、小石川さん先に選んでくださいよ。おれ、残った方でいいです」 須藤がちらりと新に視線を送っている。残った方と言いながら「どっちみち二人とも倒す」という意味だろう。それは新も内心同じだった。 「んーじゃ、先に綾瀬さんと取るかな」 「え、あっ、はい。よろしくお願いします。……じゃあ新、後でね」 緒戦の相手が須藤でなかった分ほっとしたのか、千早はひらひらと手を振って小石川の後に続いた。 「須藤さん、一試合目よろしくお願いします」 「ふん。何聞きたいか知らねぇけど、考え事しながら取れる程甘くねーぜ」 唇の端を不敵につり上げて須藤が言って寄越す。 「……西の代表として、全力でお相手さしてもらいます」 試合前の舌戦であれば年上も年下もない。そして「西日本代表が下手なかるたを取れない」は新の本音でもある。そんな事をすれば決勝を戦った村尾だけでなく、他の選手みんなの頑張りさえも軽く見られてしまうと言う事だ。 (……ほやで、須藤さんやろうと誰やろうと、自分で代表言うた以上は一歩も退かんざ) 「……ふん」 新の意志を感じ取った須藤はもう一度だけ不敵な笑みを浮かべた後、すうっと冷静な表情に戻り畳に座る。札を混ぜる音が鼓膜を打つ頃には、新の意識からも大学のかるた部の事は消え失せる。脳裏にあの懐かしいアパートの部屋を思い浮かべると、二十五枚の札を開き始めた。 |