保湿系トライアルセット

 10.5(part2)

新と千早の大学生活:カタログ撮影



 「はいオッケー! 二人ともお疲れ様!」
 千早一人だけの写真が何枚か撮られ、カメラマンの終了を告げる声に、新と千早の口から同時に溜め息が漏れた。衝立の奥に戻り普段着に着替えると、奏がにこやかに近寄ってきた。
「千早ちゃん、綿谷さん、お疲れ様でした。きっといいカタログになりますよ!」
「あ、はは……」
 今更のように照れ臭くなり、二人の口からは気の抜けたような笑い声しか出てこない。
「模擬試合、凄かったですね……本当の試合で見たかったぐらいです」
 二人揃っての最後の撮影は試合を模した形で行われたが、撮影の時間という制限があったため、中盤辺りまでしか取れなかった。それでも互いに最初の一枚目から、それぞれの武器を活かして全力で戦った。
「何か消化不良って感じ。……ねえ新、今日ってまだ時間ある? あるなら取り直したいんだけど」
「ほやの。……ほやけど練習着とか持ってきてえんやろ。いっぺん家帰らんとあかんなあ」
 話がかるたに戻れば、新も千早も途端に言葉数が増える。カメラマンに挨拶をしてスタジオを出た二人は、まず千早の家に寄り練習着を取って来て、新のアパートで再試合をしようと歩き出した。

 ◇ ◇ ◇ 

 撮影から数日が過ぎた。
「……おれに郵便って、珍しいの」
 新のアパートの郵便受けに手紙より一回り大きい封筒が届けられていた。ここの住所を知っている人間はさして多くない。大学のかるた部の先輩達と千早、あとは福井の両親ぐらいだろうか。新は封筒を裏返して差出人名を読む。
「あ、大江さんか」
 封を切ると、中には奏からの丁寧な礼状と先日撮影したパンフレットが一部入っていた。
『いいカタログが出来ました』
「……改めて見ると恥ずかしいもんやなあ……」
 千早とかるた談義に熱中していた時に撮られた写真は、確かに撮影当日カメラマンが言っていた通り、カメラ目線になっていない自然な様子で二人の姿が写っている。
「……あれ? まだ何か入ってたんか」
 三つ折りのカタログの裾から何かの紙がちらりと見えている。新がカタログを開くと、間に挟まっていたのは写真だと分かる。裏に奏の字で何か書かれていた。
『撮影の時のカメラマンさんから、カタログに使わなかった写真をお二人へ記念にどうぞ、との事です』
 転びかけた千早を支えた時のものだろうか、相当密着している二人の姿がしっかり写っている。どこに仕舞おうかしばらく考え、新は自室の宝物置き場──祖父が愛用していた取り札の箱や、佐藤先生のノートがある本棚の一画──にカタログごと収める事にした。

 ◇ ◇ ◇ 

 「あれっ、新?」
「なんや、千早んとこも講義伸びたんか」
 偶然学食の食券売り場で顔を合わせた千早と一緒に遅い昼食を取る事にした。
「……新のとこにも届いてた? カタログ」
「うん。やっぱ改めて見るとくすぐったい感じや、あれ」
 定食の焼き魚をつつきながら奏から送られたカタログと写真の話をぽつぽつ交わしたり、大学祭で行う予定のデモンストレーションの事を話していると、千早の携帯が鳴り出した。
「うわあ、まただ……」
 げんなりした顔で千早はメール画面を新に見せてきた。送信者は新の知らない名前だが、多分千早と同じ学部の学生だろう。
『呉服屋さんのカタログ見たよ! 凄いじゃん! 一緒に写ってるの綾瀬さんの彼氏? フリーなら紹介してよ!』
「……千早んとこにも届いてたんか、そういうメール……おれんとこも最近しょっ中そんなの来るで、かなわんわ……」
 千早に詳しくは言っていないが、新の携帯に届くメールの殆どは「千早を紹介してくれ」だとか「その子の友達も呼んで合コンしよう」といった物で、ここしばらく新を不機嫌にさせていた。
(部の先輩はまだ冷やかしてるメールやでいいんやけど……先輩に紹介を頼んだとかってメールが一番面倒や……)
「そうなんだよね。菫ちゃんとか筑波くんはカタログ見ました、ってだけなんだけど……あ、菫ちゃんのメール、一番シンプルだったよ。ほら」
 そう言って千早は別のメールを見せてきた。
『先輩ってば、ラブラブですね♪』
 瑞沢の後輩、花野菫のメールは文字よりハートマークの方が圧倒的に多い賑やかなものだった。
「……あの子らしいメールやの」
 ストレートだが、ここしばらくのメール攻勢を思えば逆にほっとしてしまう。

 そんな話をしている間にも、千早の携帯が再び着信音を奏でた。
「また……って、ひぃぃっ?!」
 画面を見た千早が急に、そのままの姿勢で固まり震え出す。
「どしたんや、千早?」
「あ、あのあの……メ、メメ、メール……」
 あからさまな動揺を顔に出し、ガタガタ震える手で千早は携帯を新に手渡した。
「……え」
 千早ほどではないが、新も目にした送信者名を二度見して確かめたくなる名前がそこにあった。
「須藤さんが、何の用事なんや……千早、おれが読んでいいんか?」
 千早は無言でこくこくと何度も勢いよく首を縦に振っている。代わりに読んでくれと言いたいのだろう。新はメールを開いて本文に目を通した。
『相変わらず無駄に目立ってんなー。綿谷も一緒とか、お前ら付き合っちゃったりしてんの、もしかして? いやー、なーんかお楽しみ一杯な大学生活送ってるとか、随分余裕じゃねーの? ……今度の大会でそこらへんじっくりたっぷり聞かせてもらっちゃおうかなー?』
「須藤さんって、相変わらず目敏いっちゅうか……まあ聞かれるぐらい別に構わんけど」
「新、何でそんな平気でいられるの……? 須藤さん絶対試合前に色々言ってくるよー?!」
 まくしたてるように聞いてくる千早に、新は小さく笑う。
「何でって……須藤さんが心理戦得意なら、そっから崩せば逆に楽なんやよ。……それに、聞かれて困るような事なんもないし……あ、そや。千早、ちょっと」
 新が正面の席から千早の隣に移動して頬を近づけると、携帯のカメラで自分達を撮る。彼にしては珍しい行動に、千早は驚きを隠せずにいた。
「何やったらこれ添付して、『いつでもどうぞ』とかって返事しときね。須藤さんやったら、こっちが動揺せんって分かったら何も言うてこんやろ。……早よ食べんと、午後始まってまうざ」
 元の席に戻り、新は定食の残りを平らげにかかる。
「え、あ……うん。そうだね。食べよう」
 落ち着いている新の様子を見ているうちに、千早の動揺も静まっていった。






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written by Hiiro Makishima