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「全員揃ったかー? じゃ学祭についての話始めるからな」 先日新と対戦した三年の三笠がミーティング開始を告げた。日程は前夜祭と当日祭に分かれていて、かるた部が参加するのは当日のみという事らしい。 「で、当日なんだが、誰か意見は?」 特に意見は出なかった。 「じゃあ例年通りでいくぞ。……一年二人はまだ知らないから、俺から一通り説明させてもらう。まず当日三回、この練習場で袴着用でのデモンストレーション。それと並行して練習場前の敷地で模擬店。当然設営と撤収も含むが、おおよそやる事はこんな所だ。設営担当は後で貼っておくからチェックして時間厳守でよろしく」 新と千早は黙って頷く。三笠は二人の顔をしばらくじっと凝視してから、再び口を開いた。 「で、だ。デモンストレーションは一年生、お前達二人で取れ。読手は巽、また頼むな。あと一般への解説役で奥山が参加予定だ。解説なんて仰々しいかも知れんが、中途入部者勧誘も兼ねてる事だからな」 先日千早と対戦した上級生が無言で会釈を寄越す。二人も奥山に「よろしくお願いします」と頭を下げて返した。 「試合の合間は一年生二人も模擬店の呼び込みに回ってくれ。やる事多いが、よろしく頼む」 「はい、頑張ります」 二人の返事を受けて三笠は別の上級生に向かって呼びかけた。 「イズミ、お前みんなの着付け手伝ってやって」 「ういっす」 千早の目が大きく見開かれた。イズミ、という呼び方からてっきり女性の先輩だと思ったのだが、三笠の呼びかけに応じたのは、かるた部というより登山部といった方がしっくりきそうな髭面の男だった。 「……なんだ、そんなポカーンとした顔して」 「あっ、いえ! すみません。てっきり女性の先輩かと思っちゃって……」 「まあよく言われるよ。出る水って書く『出水』が苗字でね。ま、よろしく」 山男風の出水はからからと笑いながら千早の勘違いを訂正してきた。 「あの、三笠先輩。質問いいですか」 新は手を上げて三笠に質問の許可を取る。 「模擬店の方はどんな事をするんですか?」 「ん、言うの忘れてたか俺。悪い悪い。あーっと、まあ喫茶店だ。大したもん出さねえけど。……ただ一応、売り上げは部費の足しにもなるから、呼び込みも頑張ってやってくれ」 「分かりました」 「他に質問なけりゃ、ミーティング終わるぞ。練習始めるから準備しろよ」 全員が畳から立ち上がる。新も他の先輩の後に続いて更衣スペースに入った。 (何か三笠先輩、今日は雰囲気が柔らかいな。……この前取った時のあれは、おれらが一年でA級やって事が気に入らんかっただけなんやろか。……かるたを憎んでるよりは、よっぽどいいんやけど……) そう思いたいのも本音だが、中学や高校でA級に昇格している選手はごまんと居る。若宮詩暢や立川梨理華などは小学生でA級になっている程だ。それに一々気分を害していたらきりがない。 (……今は、考えんとこう。先輩の事情とか、おれ全然知らんのやし) 今は練習に集中しよう、と新は拳で胸をどんと叩いて更衣スペースを出た。 「あ、新。対戦表出てるよ」 先に着替え終わった千早が手招きしている。見た感じ、女子部員はあまり在籍していないらしい。新も対戦表をチェックしに壁の方へと向かう。 「今日は三試合かあ。……あれ? 新って一試合目、読手なんだ」 「え? ……あ、ほんとやな。……おれ、読むのえらい久しぶりや」 小学校の頃は千早や太一と取る時に読んでいたが、福井に戻ってからは南雲会にある「ありあけ」の読みがほとんどで、練習場の隅まで声が届くか少し気がかりだったが、指名されている以上やるしかない。 「新の読みって私も久しぶりだし、ちょっと楽しみかも」 言うだけ言って千早は対戦表に書かれた自分の場所へ歩いていってしまった。 「……まあ、やるしかないわの」 ふっと息を吐き出すと、新も読み札が積まれている机へと向かう。こうして読手に回る事で、千早がどんな風に音を捉えているか見えてくる物もあるかも知れない。札の数を確認し終えた新は時計の文字盤に目をやり、口を開いた。 「暗記時間に入ります。正面の時計で四十五分から始めます」 千早の正面には三笠が座っている。敵陣の配置はそう目立つ特徴はないようだが、同音札が固めて置いてあるということは、札押しが得意なのだろうか。 (ううん……相手がどんなかるたでも関係ない。私は私のかるたで攻めるだけ) 「暗記、あと二分です」 新の声が鼓膜に届く。広い場所に響かせようと声を張っているのは初めて聞いたが、耳に優しい音だ。この音の端っこを捕まえるのが今日の課題の一つだ、と思いながら千早は素振りを始めた。 「……」 新は場内を見回すが、素振りをしているのは千早一人で他は時計に目をやったり、他の部員に視線を送ったりととあまり集中していないような雰囲気だった。 「始めます」 部員は互いに一礼し、新が紡ぐ「難波津」が練習場に響き始めた。 「よをこめて───」 一枚目を取ったのは三笠だった。千早はこの札が苦手だっただろうか、と思ったが、下の句を詠みながらちらりと表情を盗み見ると、千早は落ち着き払った様子で札から目を離していない。 (おれの声を掴みたいで、無理に取らなんだって事か……) 「きみがためをしからざりしいのちさえ───」 二枚目は「大山札」、千早は三笠の囲い手の隙間に素早く飛び込んで札を弾く。三枚目、四枚目……と取ったり取られたりで試合は進んでいった。思った通り三笠はパワー型らしく、豪快と言うより乱暴にも見えそうな札押しで攻めている。しかし千早も慌てずに、決まり字の瞬間相手の手の下を潜っていくような札際の速さで狙い札をきっちりと取っていた。 一枚、一枚と札が詠まれていく度に、また一進一退の攻防が繰り返される。後半に差し掛かり、千早の雰囲気が目に見えて鋭いものに変わった。それは対面に座る三笠にも伝わっているらしく、唇を横に引き結んでいた。 新は下の句を詠み上げながら、次の札を片手で構える。 「───よ」 一音目が形になる前の、微かな音が新の口をついて出たその瞬間、千早の手が「よも」を払っていた。他の「よ」札三枚が既に読まれ、一字決まりになっていた札だったから三笠も「よ」で十分速い反応は出来ていたのだが、手は空しく畳を打ってしまう。 (……もう、おれの声を捕まえてるんか……) 祖父が昔言っていた「時々かるたの神様が音の一歩先を教えてくれる事がある」。新自身もそういう瞬間は何度か体験した事があるが、千早の場合読手の癖に耳が合いさえすれば、音になる前の微かな揺らぎを自力で捉える事が出来るようだった。 新が次に構えた札は千早の最も得意な「ちは」だった。しかし「ちぎりき」がまだ出ていないため、二字目まで待たなければどちらの札かは分からない。 「───ち」 一音目と同時にヒュッと風切り音がしたと思った次の瞬間、払った札が畳の上を転がった。 「はやぶる───」 千早が勢いよく立ち上がり、札を拾いに走る。 (え……得意札やからヤマ張って突っ込んだんか……?) この終盤にそれはあまりにもリスキーだと新が考えていると、席に戻る千早と目が合った。 (……違う、ヤマとかそんなんでない。何で判断したんか分からんけど、千早は一音目……いや、子音よりも前の音聞いた時点で『ちは』やって分かってたんや……) 新のこめかみを汗が一筋流れる。今はまだ、流れの読みや駆け引きといったテクニックで一歩先んじているが、いつか千早がそういったものまでも体得したら──初めて千早の事を恐ろしい相手だと新は思った。 |