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入部初日にいきなり始まった手合わせは、結果から言えば新入生二人の圧勝だった。 新と対戦した体格のいい上級生は同性という反発もあってか、札より新の手をどうにかしてやろうという狙いでかなり荒っぽいガードを何度も試みたが、それに気付いた新は渡り手を駆使するいつものスタイルではなく、緩急を付けた動きで相手のお手つきを誘いながらチャンスと見れば力強く札を払いに行った。 かたや千早に対してはそういった乱暴なプレイはなかったものの、あったとしても同じだっただろう。もしかすると新以上の「感じ」の良さで、決まり字が音になるより前にもう札が飛ばされていたのだから。 「───ありがとうございました」 相手のお手つきがあった分だけ、数枚先に新の試合が終わる。 「ありがとうございました」 新に数枚遅れたが、残り札殆どが一字決まりになっていた状況では、千早の対戦相手も為す術がない。荒い息を吐きながらがっくりと項垂れて頭を下げた。 「……ちっ」 新と当たった上級生は舌打ちしながら練習場から出て行ってしまった。 「二人とも、凄いねぇ……」 読手役だった二年生───巽、と名乗った───が二人に話し掛けてきた。 「え、あ……ありがとうございます」 千早と新は一転して照れたように礼を口にする。かるたから離れると巽の目には、二人とも、特に千早の容姿はともかく、ごく普通の学生に映るのが不思議だった。 「ちょっと飲み物買いに行こうか」 そう言って巽は二人を練習場の外に連れ出した。 「ええと、綿谷くんと綾瀬さんだったよね。……まあもう分かってると思うけど、うちの部って昔は強かったらしいんだけど、今は見ての通り、やる気のある人間は殆ど居ない有様でね。……ほんとに入部する気?」 「どういう意味ですか、巽先輩」 新が問うと、巽は少し困ったように笑う。 「君らが真剣に上を目指してるなら、うちの部じゃなくてどこかの会でみっちり練習する方がいいんじゃないかって思ってさ。……やっぱり目標は名人とクイーンなんだろ?」 新は言葉を探すようにしばらく考え込んでから口を開いた。 「確かにおれも千早も目標は名人とクイーンですけど……大学でしかやれんかるた、っていうのもあるんでないか、って思ってます。チームでのかるたも、疎かにしたくないんです」 「新……」 それは高校選手権の時に千早が言った言葉だ。 「ほんでも団体戦は千早の方が慣れてるやろし、おれ色々教われそうや」 「わ、私が……?! 新に教えるの……?!」 新は頷き、巽に向き直った。 「かるた部に入部させて下さい。お願いします」 「お願いします!」 新に続いて千早も頭を下げる。巽はふう、と息を一つ吐いてから、分かったよと一言答えた。 「今の所練習は週に二日。……学部によっちゃ実験だ何だで徹夜する人もいるからそうなっちゃうんだけど。まあ練習場は鍵開いてるから臨機応変にって事で。……ところで俺から一つ質問いいかな」 「何でしょうか」 入部を認められた以上、巽は正真正銘「先輩」だ。答えられる事ならきちんと答えなければと新は背筋を伸ばす。 「いや、さっきから二人ともお互い名前呼びしてるからさ」 「あ……えっと小学校の時からそうなんですけど、部のルールとかあるんやったら直します」 生真面目に新が答えると、巽は違う違うと顔の前で手を左右に振った。 「……恋人同士? って事」 直球で切り込まれ、新の顔が真っ赤になる。千早に至っては脳天から煙を上げていそうな程だ。 「……ええっと……おれ、いや、……はい。……その、決定戦の後千早に好きやって言いました。……一緒にかるたしたいのは誰やって言われたら、やっぱ千早なんで」 「わわっ、私もそうです! クイーンにもなりたいけど、新とずっとかるたがしたい……です」 力量に差がありすぎて試合中でさえ大して汗ばまなかった二人が、額に玉のような汗を浮かべて赤面しながら答えるのを聞いた巽は内心呆気に取られてしまう。 (……じ、次元が違う……) この二人の「好き」は何と言うか普通の恋愛関係が持つ、浮かれた感じがしない。一緒にかるたを取るという子供の約束のような事を言っているのに、既に将来を約束しあったような雰囲気があった。 「や、まあ別にうちの部恋愛禁止じゃないし、呼び方も自由だけどね。……ただ、三笠先輩は……あ、綿谷くんと取った人だけど、ちょっと気にするかも。さっき取ってて綿谷くん、どう感じた?」 「……試合中のガードは、ようある事やと思ってますし……」 言っていいものかどうか迷った新は言葉を慎重に選んで答える。 「まあいいや。取り敢えず気にする人もいるって事だけ頭に入れといてくれれば。……今日は多分もう、練習って感じじゃなさそうだから、二人とも着替えて入部届出したら帰っていいよ。……じゃ、俺はこれで」 「あ、はい。お疲れ様でした」 巽に言われた通りにした方が良さそうだと判断した新は、何故と問う事はせず素直に引き下がった。 「……新、ほんとに今日練習終わりなの?」 納得がいかない顔で千早が聞いてくるのを新は口の前に人差し指を当てて止める。 「後で話すで。……今は巽先輩の言う通りにしといて」 珍しく新の口調がきついと気付いた千早は不承不承頷き、着替えるために部室へ戻る新の後に続いた。 「新、もう話してくれるよね」 校舎を出て歩きながら千早が聞いてくる。 「……まだあかん。おれの部屋着いてからちゃんと話すで、今は聞かんといて」 話の内容もだが、千早がどう反応するか分からない。そして巽のあの話の打ち切り方から考えて、誰かに聞かれても面倒になる可能性があると踏んだ新は早足でアパートに向かう。 (出来たら普通の時にしたかったんやけどなあ。千早を最初におれの部屋入れるんは……まあ他にどこも思いつかんけど……) 新は自室の鍵を手早く開け、千早に入るよう促す。かるたの練習を念頭に置いて部屋を選んだため、大学には近いものの逆にスーパーなどから遠く少々不便だが防音だけはしっかりしているこのアパートに住まいを決めた。それでも隣や上階の住人には音が響くかもしれないと、入居時に挨拶を兼ねて頭を下げておいた。 「あ、お邪魔しまーす」 「どっか適当に座ってて。今お茶持ってくで」 千早は遠慮したが、新自身少し頭の中を整理したかった。作り付けの小さいキッチンでいつもよりゆっくり目にお茶を淹れると、盆を手に和室に入る。待っていた千早は試合に臨む時のようにきちんと正座し、真剣な顔で新を見上げてきた。 |