逢ひみての 6
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「……ふう」 自室に戻った新は軽く息を吐き出してベッドの端に腰を下ろした。見慣れた自分の部屋だが、今は妙に広く感じてしまう。 「さっきまで千早が居たんやもんな……」 寂しく感じるのは当たり前だ、と新は明日に備えるため風呂場へ下りていった。 「……」 湯船の中でじっと手のひらを眺める。切っ掛けはともかく、その後の事は自分の意志でした事なのに、まだどこか現実感がないというか、足元がふわふわしているような気分だった。 「……千早、今何してるやろか」 一緒に夕飯を食べた時の笑顔がふと脳裏をよぎる。実に美味しそうにカツを頬張る千早は見飽きるという事がない。動いたり話したりするとダメな「無駄美人」と学校では呼ばれていると言っていたが、そうした面も新にとっては魅力だ。 「明日の朝んならんと、千早の顔見れんのか……」 そう呟いて、新は自分の心に変化が起きている事を改めて自覚した。昨日までの自分なら、福井と東京という距離ではなかなか会えないのは仕方がないと思う事が出来た。大学に進んだら今よりは会う機会が増えると自分に言い聞かせる事が出来ていた。 それがお互いの想いを伝え合った今は、このたった一晩さえとんでもなく長く感じる。 (昔はものを思はざりけり……か) 初めて逢瀬が叶った今の恋しさ切なさに比べたら、それまでの物思いなど何も感じていなかったに等しいと詠んだ、後朝(きぬぎぬ)の歌。敦忠も自分と同じ気持ちだったのだろうか。 「アカン、のぼせてまう」 さすがにあれこれ考え事をこね回し過ぎて頭がぼうっとする。早く休まないとと、新は湯船から上がり、身体を洗おうと脳裏に残る千早の顔を無理矢理締め出そうと努めた。 風呂から上がり部屋に戻る。襖に手を掛けた時、開けた向こうで千早が笑っていたらいいのにとふと思ってしまった。 「……重症やな」 明日、千早にこの事を話したら、一体どんな顔をするだろう。呆れるだろうか。それとも笑うだろうか。 「おれにはどっちでも一緒やな。千早は、千早やし」 自分と同じくらいかるた好きで、同じくらい負けず嫌いで、でも信じると言ったら最後まで信じ切れる強さはきっと自分より強い。 (そんな奴やから、みっともないおれを見せてもいいって思うんや。……見せたくないのも本音やけど) 明日はどんな自分を見せるのだろう。そしてどんな千早が見られるのだろうか。ようやく少し落ち着いてきた新は、ちかちか点滅してメール着信を報せる携帯電話のディスプレイに目を落とし、ふっといつも通りの笑みを浮かべる。それから短い返信を送って布団に潜り込んだ。 『楽しみにしてる 新』 ◇ ◇ ◇ 「はぁ……」 きちんと整えられたシングルルームに鞄を無造作に置き、千早は溜め息を吐いた。疲れたというより一日に色々ありすぎて頭が飽和状態になっている気がする。 「……お風呂、入ろ」 狭いユニットバスに湯を張る間、備え付けのテレビでも見ようと電源を入れ、リモコンを操作した。いつもの癖で押したチャンネルは画面にノイズが走るばかりで何も写らない。 「あ、そっか」 東京と福井では同じ系列局でもチャンネル番号が違う。そしてチャンネル数もそう多くはないが、砂嵐を見ているうちに千早は気分が沈んでしまった。 「……何かテレビにまで東京と福井は遠いって言われてるみたいだなあ……」 そんな事は分かっていた筈だ。それなのに何故今はこうも落ち込むのか。 「ダメだ、考えないようにしよう」 乱暴にテレビを消し、ユニットバスへと向かう。 鏡に写る自分の顔。その頬にうっすら赤い筋が一本走っていた。 「あ、ここに当たったんだ……」 もう間近で見ないと分からない薄い傷跡を指先でそっと撫でてみた。札が当たった時、新が慌てて伸ばしてきた手とは当たり前だが感触が違う。だが違うからこそ新の大きくて温かい手のひらや、唇の感触を思い出してしまう。 「わー! 何考えてんの、私!」 これ以上鏡の前に居たら、もっと色々思い出してしまいそうだと千早はどたばたと湯船に飛び込んだ。 (どうしてるかな、会いたいな……かあ。今は菫ちゃんが言ってた意味、よく分かるよ……) 団体戦の前夜、琵琶湖の近くの宿で後輩に聞かれた後、新に電話を掛けた時はまだ、友達として「明日会場で会えるか」と聞いた。でも今は違う。 「はぁ、ダメだ」 千早は湯船の中で膝を抱え、そこに頭を乗せる。百人一首の歌ではないが、長い髪が湯の中で揺れる様子はまるで自分の心模様のようだ。 (好きだって言われてからの方が……聞きたい事が一杯だよ、新……) 今何をしているのだろう、何を思っているのだろう。確かめ合った気持ちはずっと変わらずにいられるのだろうか。もしも新の気持ちが変わったら。ごちゃ混ぜの考えが頭の中でひしめきあって訳が分からない。千早は思わず自分の頭を両手で抱えた。 『綾瀬さんは、かるたの才能あると思うわ』 『……何や、戦う前からそんな怖い顔してるんか?』 『おれ、試合する時はいつも、あの部屋に戻るんや』 『ガキの時から、きっと、ずうっと……好き、やったんや』 闇夜を切り裂くサーチライトのように、新の言葉がいくつも脳裏に甦り、千早ははっとして顔を上げる。 「そうだよ……何迷ってたんだろ私。……新はいつだって、大事な言葉をくれてたじゃない。迷う必要なんか、何もないのに……バカだ、私」 勢いよく湯船から飛び出すと、浴衣に着替えた千早はバッグから携帯電話を取り出した。 『また明日、いっぱい話せるね! ◇千早◇』 |