逢ひみての 7
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翌日の朝、二人の姿は私鉄ローカル線のホームにあった。 「なかなか電車来ないね」 「福井は車使う人多いで、本数そんな走ってえんのや。まあ、後ちょっとの辛抱や」 諦めたように千早がベンチに座り直す。隣に座る新はこのダイヤに慣れている事もあってか、千早の目には悠然と構えているように見えた。 「……おっ、新。今日は同じ電車か。……って、あれ、隣にいる子って確か原田先生んとこの……」 ホームにやってきた人物が呼びかけてきた。 「あ、村尾さん」 「おはようございます!」 二人そろってベンチから立ち上がり、新の兄弟子に挨拶する。 「おはようさん。確か、綾瀬さんやったっけ。……今日、南雲会来るんや?」 「はい、道場破りです!」 その言葉には村尾だけでなく、流石に新までもがぎょっとして固まった。 「ち、千早……出稽古とか交流試合とか言うやろ、普通……すんません村尾さん」 大慌てでフォローに回る新を見て、ようやく今のは千早が言葉のチョイスを間違えたのだと気付き、村尾の表情も和らぐ。 「びっくりしたー……ほやけど新、さっき勝義の店長、えらい大騒ぎしてたぞ? 『新くんの彼女が東京から来たー!』つって。綾瀬さんの事やったんやなあ」 村尾の言葉に二人の顔が揃って真っ赤に変わる。だが子供の頃から新を知っている村尾は、彼の小さな変化に目敏く気付いた。これまでの新なら照れ隠しだとしても「そういう仲ではない」と即座に言いそうなものだったが。 「あ、え……っと、本屋に居た時はまだ……いや、ほうでなくて、き、昨日から……付き合う事に、したばっかで……や、やな千早?」 耳まで赤くして、千早に同意を求めている。一方の千早もさっきまでの元気の良さはどこへやら、茹で上がって新のTシャツの袖を摘んでいたが、それでも新の問いに小さく頷いてはいた。 「ええー?! これは大ゴトや、栗山先生に報告せんとアカンなあ!」 大袈裟に驚いて、村尾は内ポケットから携帯電話を取り出し二人に背中を向けた。 「え、ちょ、村尾さん?!」 新が大慌てで村尾の携帯を取り上げようと手を伸ばして来た。それを村尾は軽くいなす。 「嘘」 「……へ?」 振り返った村尾は笑いながら電源が切れたままの携帯を見せ、初々しいなあと新の頭を手のひらでぽんと軽く叩いた。 「ほんな野暮な事せんて。ああほら、電車来たざ」 ホームに入ってきた一両しかない電車に乗り込むと、村尾は読みかけの本があると言って二人から少し離れた所に腰を下ろし、読書のふりをしながら新たちの様子を窺う。 (新に彼女が出来たのはいい事やけど……好きなもん同士当たった時に、全力で勝ちにいけるんやろか……) それが少し心配ではあった。そんな村尾の憂慮をよそに、二人はリラックスした表情でベンチシートに並んで座り、楽しげに話している。新たちの間に話題が尽きる事はないのか、とうとう最寄り駅まで喋り尽くめだった。 「栗山先生、白波会の綾瀬千早です。今日はよろしくお願いします!」 練習場に着いて開口一番、千早は栗山会長に深々と頭を下げた。 「うん、いらっしゃい。今日は胸貸してのぉ」 村尾は一足先に着替えに向かい、栗山会長は更衣室などの場所を案内するよう新に言いつけてから道場へ入っていった。 「失礼します」 しばらくして、着替えを終えた新と千早が連れ立って道場に入って来た。 「ほんなら、一試合目は綾瀬さんと新くん、二人で取ってみるか?」 栗山会長の言葉に道場内がどよめいた。吉野会大会の結果はここ南雲会でも張り出されていたため、直接試合を見られなかった門下生も千早の名前は見知っていた。そして新は今や村尾と並ぶ、南雲会のエースである。練習とはいえその二人が対戦するとあっては、皆興味を持たずにいられないのだ。 「はい」 全く動じなかったのは新と千早の二人だけだ。さっそく札を手に、向かい合って座る。抜け番に当たった村尾は栗山の隣に座り、二人のかるたを見る事にした。 「──よろしくお願いします」 (なんや、この空気……。公式戦、いや……決勝戦並みに火花散っとる……) 一礼した二人が顔を上げた瞬間、村尾は二人の変わり様にはっと息を呑んだ。電車の中で見た千早は福井の事について新に説明をねだったり、鞄に付けているマスコットの話をしたりと、目立つ容姿を抜きにすればごく普通の少女に見えた。 それが今、ホームで聞いた話だと、つい昨日、友達から恋人になったばかりだと言ってあれだけ真っ赤になっていた二人が、照れも馴れ合いも一切感じさせない真剣勝負の目をして対峙している。 試合が進むにつれ、村尾の受けた印象はますます確かな物になっていく。競技スタイルの違いこそあれ、二人の持つ空気は鍔迫り合いのように一瞬の弛緩も許さない厳しさがあった。 「……ありがとうございました」 礼が終わった途端、僅差とは言え一歩及ばなかった千早のみならず、勝った筈の新まで試合中意表を突かれ、何枚か抜かれた事に歯軋りせんばかりに悔しがっている姿を見て、村尾は改めて自分の心配は全くの杞憂だったと愁眉を開いた。 ◇ ◇ ◇ 練習を終えた二人は、並んで駅へと向かう。 「千早、さっきな、着替えてる時に村尾さんが言ってたんや。……試合見て、この二人は大丈夫やって思った、って」 「……大丈夫って、何が?」 新は更衣室での会話を思い出してクスっと笑った。村尾の言葉を伝えたら、きっと千早は「そんな事しない」とムキになって言ってきそうだと。 「最初、ちょっと心配やったんやと。好きなもん同士の対戦で手ぇ抜いたり、全力出せんようになるんでないか、って」 「新と当たるのに、手加減なんかする訳ないじゃん!」 予想通りの表情と言葉が返ってきて、新は堪えきれずに吹き出してしまった。何で笑うの、と恨めしそうに見上げてくる千早にゴメンと謝る。 「ほやで、大丈夫やって確信持てたで千早に謝っといて、って」 宥めるように新に言われ、千早の表情もようやく元に戻った。 「ほやけど……不思議やなぁ」 歩きながら新が呟く。千早が訝しんで見上げた先には新の静かな笑みがあった。 「人と人が知り合うのって、ほぼ偶然や。例えばおれが東京に転校したのは、うちの父ちゃんとじいちゃんが喧嘩したからやけど、もしそれがなかったら、おれはずっと福井でかるたやってたんやろな。仮に何か別の切っ掛けで千早と知り合うても、今みたいな気持ちになってたかは分からん。……そう思うと凄く不思議や。ほやけど……」 「……けど?」 聞き返してくる千早の片手をそっと取って、新は言葉を継いだ。 「他の偶然は……もう要らん」 「うん……要らない、私も」 優しく握られた手を千早は軽く握り返す。 「……新」 「ん、何や?」 新の目の前で、千早は声を出さずに唇だけで短い言葉を紡ぐと、とびきりの笑顔を咲かせた。 ──だ・い・す・き──と。 |