逢ひみての 5
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床に並べたかるたの札は、今はきちんと積まれて片付いている。その畳の上に、ベッドを背にして新と千早は並んで腰を下ろしていた。まだ何となく二人とも気怠さが身体の奥に残っている。 「……千早、進路とかもう決めたんか?」 「う、いきなり現実的……まだ志望校は決めてないけど、いつか高校のかるた部顧問になりたいんだ」 疲れもどこへやら、千早は目をきらきらさせて将来の夢を話し、新は? と顔を覗き込んできた。 「おれは大学、東京や。高校選手権優勝で推薦の権利貰えるし、うちの親も折れたしの。……将来何になるかとか、どこの大学かはまだ分からんけど。……太一から聞いてえんかった?」 「ううん、私選手権の後手術で入院したりしてたから、初耳。でもそっか。新が東京に来るなら、同じ大学になる事だってあるよね。……そしたらまた、新とチームになれるって事?!」 千早ががばっと跳ね起き、新の手を掴んでぶんぶん振る。 「新の方が進学先決まるの早いよね。……絶対教えて! 私もそこ行くから!」 「分かった。……一番に教える」 絶対だよ、約束だよ! と千早は掴みかからんばかりの勢いで畳み掛けてきた。新はその言葉が出てくるたび、律儀に頷く。 「……かるたって言えばさ、新」 「ん、なんや?」 一拍の間を置いて、千早が切り出した。 「さっきの続き、どうするの?」 「……え……えーっと……」 再戦はやぶさかではないのだが、千早は大丈夫なのかが気になる。そしてそれをどう聞けばいいのかと新は答えに窮してしまった。 「えーと、何?」 「……ち、千早が……大丈夫、なんかなって……その、さっきの今やから」 「……う……」 やはり思い出してしまい、二人とも顔が真っ赤になって話が続かない。 「明日、南雲会の道場でも取るんやろ? 休んどいた方がようないか?」 「うん、明日は勿論。でも今も、新とかるたしたいなぁ」 やはりかるたに関しての欲張りぶりは互角のようだ。二人してくつくつと肩を揺らして笑う。 「分かった。ほんなら札、並べよか」 「うん!」 さっきと取り札が同じにならないよう、箱から出した百枚の札を新と二人でかき混ぜ直し、二十五枚ずつを並べていく。 (う……難易度高め……) 千早が得意な一字決まりがほとんど無い配置は新に有利かも知れないが、新の陣にある一枚の札にふと目が留まった。 『からくれなゐにみつくくるとは』 新が自分の名前の札だと言ってくれた「ちはやぶる」。その札がそこにあるだけで、気持ちがふっと軽くなっていく。 「……」 新も新で、千早の陣にある『をとめのすかたしはしととめぬ』につい目が行ってしまっていた。 (なんか今やったら、詠んだ人の気持ちがよう分かる……) 千早は天女ではないが、彼女のかるたはいつも楽しそうで、一緒に取った子供の時も、高校選手権個人戦で負傷を押して戦っていた姿を見ていた時も、終わってほしくない、もっと見ていたいと思った。そして今はかるた以外の千早もずっと見ていたいとも。 (あかん、集中せんと) 一枚の札ばかり見ている訳にいかないのだ。新は軽く頭を振って「あまつかぜ」の札からの連想を意識の隅に押しやり、場の五十枚の記憶にかかった。 「───新」 暗記時間も残り少なくなった頃、千早が不意に呼びかけてきた。 「ん、なんや?」 視線の先には覇気に満ちた千早の目。 「二人で、なろうね。……名人と、クイーン。きっとなろうね」 千早のきらきらした目の中に、幼い頃の二人の姿が写っているように思える。小学校のかるた大会で「あれは名人になるやつだから」と言った千早と、「じゃあ綾瀬さんはクイーンやの」と答えた新。あの夢は、今も二人の胸の裡で燃え続けている。だから返す言葉はたった一つでよかった。 「もちろんや」 今日のこの対戦も、その夢へ繋がる大切な一歩なのだ。持てる力全てを出し切る事が相手への敬意であり、お互いの想いが通じ合った今もそれは変わらない。 (高め合っていけるんや。まだまだ) 新の手がCDデッキに伸びる。それを見て千早もぐっと上体を乗り出し、競技線に全神経を集中させた。 ◇ ◇ ◇ 「……ありがとうございました」 小一時間後、二人は深々と頭を下げる。千早と新の対戦は、僅差で新の勝利に終わった。後半、一字決まりが増えてきてからは千早も凄まじい追い上げを見せ枚数差を詰めてきたが、試合運びの巧みさで新に一歩及ばなかったのだ。 「く、悔しいー!」 畳の目をかきむしる勢いで悔しがる千早の姿に、新はつい吹き出しそうになる。 「千早はやっぱ、早いなぁ。……前に村尾さんが言ってたの、こうやって直接取ると、よう分かるわ」 「村尾さんって、南雲会の?」 ようやく千早は上体を起こして聞いてきた。 「うん。高校選手権とき運営手伝ってての。団体戦決勝で審判についたって教えてくれた事あるんや」 吉野会大会でも直接当たらなかったためかうまく連想できなかったが、決勝の審判と聞いて千早もようやく思い出した。 「あ、山ちゃんとの試合のときだ!」 専任読手の孫への呼び名に少々面食らいはしたが、そう言えば千早は同じ瑞沢の部員さえも「肉まん」「机」と珍妙な渾名で呼んでいる事を思い出した。 「うん、そう。……見れんかったのがホント残念や」 「そう言えば、来てたのに見れなかった訳って、まだ聞いてない! 何で何で何でー? 詩暢ちゃんが新を庇ったって話はうちの部の菫ちゃんから聞いてたけどさ?」 その一言に新がぎくりと身を竦めた。千早はお構いなしにずいと身を乗り出して詰め寄ってくる。 「……言わなあかん?」 「うん、あかん」 「……なんも福井弁まで真似せんかっていいがの。……内緒で団体戦見るつもりやったんやけど、勧学館の玄関とこで翔二っていう、一緒の中学やった奴に会うたんや」 「……」 新から経緯を聞かされたが、千早は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を戻せないでいた。登録選手が三人きりの藤岡西高。中学の同窓だった翔二に頼み込まれたとはいえ、かるたにおいて人一倍真剣な新が替え玉として団体戦に出てしまったとは。 「……まあびっくりするやろとは思った」 「────い」 「……え?」 千早が何か言ったが、はっきり聞き取れず新は聞き返す。 「ずるい!」 今度は思わず耳を塞ぎそうになる大きな声が返ってきた。 「……え、おれがか?」 確かにあの一件は、新にとって「自分が何故団体戦に興味を持たなかったのか」本当の理由を自覚する切っ掛けにはなったが、違反は違反だ。それの何を指して狡いと千早が言っているのかよく分からなかった。 「新もだけど、その翔二って人。……私だって、新と一緒に団体戦やれるならやりたいよ! ずーるーいー!」 「あー……ごめん」 千早が畳をどんどんと叩きながら言うそれについては新も同感なのだが。 「その人A級でしょ? 対戦カード見たけど新、個人戦で当たってたよね? どうだった? 何枚差?」 千早が急に細かい事を聞き始めた。獲物に食らいつくような顔を見ていれば、何を思っているかは一目瞭然だ。仮とはいえチームメイトになった翔二に、自分と対戦した時と同じくらいの枚数差で勝つつもりなのだろう。 「一応、二十七枚差つけたけど……ほんなムキんならんでもいいやろ。大学入ったら一緒にやれるんやし」 宥めるようにぽんぽんと頭を軽くはたく。 「……そうだけど。そうなんだけどー!」 「まあ、千早らしいけどの、そのやる気は明日に回したらいいが」 明日は千早を連れて南雲会の練習に行く。ようやく千早も納得したような顔を見せてくれた。 「千早、そろそろ宿行かんと夕飯食べれんくなるやろ。送るで、行こか」 「え、もうそんな時間? ……もっと話したいのに」 残念そうに千早が言葉を返す。もっと一緒に居たいのは新も同じだが、まさか家に泊める訳にもいかない。結局、夕飯を一緒に取るという所に落ち着いた。 「新、何食べる? 何かお勧めある?」 「んー……ほやなぁ、ソースカツ丼とかどうや? 福井発祥や。……おれ好きでの、あれ」 「新の好物って初めて聞いたかも。じゃあ、それがいい」 「ん。なら行こか」 店へ向かう間も、話題は尽きない。お互いの学校行事や、最近の出来事。試合でしか会えなかった時間を埋めるように色々な話が飛び交った。食事の間も、宿へ送り届ける間も、話題のたびにくるくる変わる千早の表情は新を飽きさせる事がない。 「ほんなら明日、ここ迎えに来るで。……おやすみ」 「……うん」 旅館の中に千早の後ろ姿が消えるのを見届けて、新は家路についた。 |