逢ひみての 3
|
「わあ……これが新の部屋なんだ……」 招き入れられた千早は部屋のあちらこちらを物珍しそうに眺めている。 「……な、なんか変か?」 自分には見慣れた空間だけに、千早が何に興味を示しているのか分からず新は問うた。 「変とかじゃないよ。……この部屋に新のいろんな歴史が詰まってるんだなあって」 「……大ゲサやなぁ、歴史とかって」 そんな風に言われると面映ゆい。襖を閉めると照れ隠しにやや乱暴に床を歩き、取り札の箱の前に腰を下ろした。 「準備、出来てるで。……やろっさ」 「あ、うん! やるやる!」 ぱっと顔を輝かせて千早も向かい合わせに座った。 箱から取り札を取り出し、二人でよく混ぜ、二十五枚ずつに分けて札を並べる。 「CDで読み上げるけど、序歌どうする? おれか千早、どっちか序歌だけ詠むか?」 試合開始の合図として、百人一首には入っていない「難波津」が序歌として詠まれるのが慣例だが、手持ちのCDは序歌が収録されていない。 「別にいいけど……どうせなら、二人で詠まない? 序歌」 「千早がいいんなら、そうしよか。……なら、暗記時間取るけど、腕時計やと時間分かりづらいか?」 新がいつも嵌めている腕時計を外して床に置いて見せてきた。千早は大丈夫だ、と小さく笑って返す。だが次の瞬間には二人の顔から笑みが消え、競技線の中にある五十枚の札だけに意識は集中されていく。 (……初めて新とかるたをしてから、六年。……でも何だか昨日の事みたいだ。……あっ) 新の陣にある一枚の札に千早の目が吸い付けられる。 『われてもすゑにあはむとそおもふ』 左手とはいえ、千早が新から初めて取った「せをはやみ」。その札が今またこうして新の陣にある。あのアパートで新とかるたを取った時、圧倒的な強さを前に諦めないで本当に良かったと思える。大した取り柄もなかった自分に「かるたの才能がある」と言ってくれたのも、かるたの楽しさを教えてくれたのも、そして新の情熱を受けて立てる人間になりたいと思うようになったのも、全てこの一枚から始まった。 (新に比べたら、私はまだまだ足りない物だらけだけど、ようやくこうして目の前に座れたんだから、全力でやる) 札を暗記しながら、新は向かいに座る千早の様子を窺う。小学校卒業と同時に福井に帰る事になり、多分もう会えないと泣いた自分に「かるたを続けていたらまた会える」と言ってくれ、祖父の死でかるたから離れた時も福井までやって来て、再びかるたと向き合う勇気を取り戻させてくれた。 (それだけでない……東京にいた時、おれは千早の言葉で何遍も救われた……) 千早が同じクラスでなかったら、自分はきっと小学校の誰とも友達になれず、もしかしたら卒業を待たずに福井に帰ろうと言っていたかも知れない。 その千早は今、目の前で真剣な眼差しで札を見ている。 「……二分前です」 新の声で千早は背中を伸ばし、素振りを始める。現クイーンに負けて以来彼女のように早く正確に、当たり札の縁だけに指がかかるようにと一日も休まず努力を続けてきた。 その様子を新は水のように落ち着いた目で眺める。 (いつも千早は全力やな。……おれも、自分の全部を今日、千早に出す) 「始めます」 そこで二人はきちんと正座で座り直し、深々と一礼して顔を見合わせた。序歌を詠み出すタイミングを合わせようという事らしい。 「ほんなら、せー、の」 新と千早の声が静かに重なった。 ─── 難波津に 咲くやこの花 冬籠もり 今を春べと 咲くやこの花─── |