保湿系トライアルセット

逢ひみての

福井弁特有の言い回しは括弧内に補足しています



 福井県あわら市。勝義書店の店内はちょうど客の出入りが途切れた所で、バイトに入っている新はレジカウンターの上でバラバラになった新刊お知らせのチラシを揃え、立ち読みで違う場所に置かれた雑誌を元の棚に片付けていた。
「……よし」
 これなら次に入ってきたお客さんにも整然とした印象を持ってもらえるだろう、と再びレジの中に戻る。
(いい天気やなぁ……)
 そんな事を思っていると、自動ドアのガラス越しに差し込んでいた日差しが軽い音とともに動いた。
「いらっしゃいませ……って、えぇ?!」
 いつもの通り入ってきた客に挨拶を口にしかけた新の声が急に上擦った。

 「あっ、新! やっぱりここで正解だったんだー! 前来た時、駅前の本屋さんってしか聞いてなかったからちょっと不安だったんだけど、良かったあ、会えたよー!」
 大きなバッグを肩にかけた、長い髪の少女が新の姿を認めると、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべてレジ前に駆け寄ってきた。目鼻立ちのはっきりした顔と現役モデルの実姉よりすらりとしたスタイルはきっと東京でも目立つのだろうが、ここは福井である。
 彼女の全身から溢れ出る「都会の人間」という雰囲気は覿面に人目を引きつけ、ガラス扉の向こうから通行人の視線が店内に集中している事が新には一目瞭然だった。
「ちッ、千早?! ……着くの、もうちょっと後って言(ゆ)ってえんかったか?」
 小学六年の時に知り合って以来、友達であり大事なかるた仲間でもある千早が休みを利用して福井に来るという連絡は貰っていた。それは新も心待ちにしていたが、まさかバイトが終わるより先に着くとは思わなかった。
(……ほやけど確か、バイト終わる時間もメールしといた筈なんやけどなぁ……)
 バイトが終わったら一緒にかるたを取るつもりだったが、上がるまでまだ小一時間ほどある。その間ここで千早に待ってもらうのは申し訳ないが、土地勘のない彼女一人をぶらつかせる訳にもいかない。どうしようか、という新の思考を破ったのは、
「そのつもりだったんだけど。ちょっとでも早く新の顔見たかったからさ、一本早い特急で来たんだー!」
 と言う千早のあっけらかんとした一言だった。

 「なに、新くん、かッ、彼女いたんか?!」
 バイトが終わるまでどこかで待ってて欲しいと言うより先に、目敏く店長が飛んできた。
「や、違っ……と、友達です、東京にいた時の」
「別にほんな照れんでもいいやろがー。……あ、そうや。新くんちょっと、こっち来てこっち」
 何を思ったか店長は新を本棚の方へ来いと手招きしている。
「ごめん千早、ちょっと待ってて。なんか雑誌とか立ち読みとかしてていいし」
 時々エロ本を見せられてからかわれる事もあるが、バイト中は店長の指示が優先だからと新はレジ前の雑誌コーナーに千早を待たせ、店長が呼ぶ棚へ早足で向かう。

 「店長、何ですか?」
「……会うの、久しぶりなんやろ? 今日は早よ上がっていいざ、新くん」
 店長の意外な一言に新は一瞬ぽかんとした顔になる。
「え、ほやけど……」
「いいって。わざわざ早よ来てくれたんやろ? あの子。新くんいつもぉ、真面目に仕事してくれてるで、たまには羽伸ばしねの(伸ばしなさい)ほらほら」
 そこまで言うと店長は新が付けていたエプロンを引っ張って無理矢理外し、新の背中を押すようにして千早の方へ戻させる。

 「あー待たせつんて(待たせてしまって)ゴメンのぉ。新くんもう上がりやから。って言うか上がらせるし。店長権限や」
「え、……そうなんですか? ……マジで? いいの? 新」
 新が口を開くより先に、店長が大きく何度も頷く。こうなるともうあれこれ言っても仕方がない。それに何しろ福井と東京という距離だ。千早の顔を見るのは大きな大会に出た時ぐらいで、話が出来るのも試合と試合の合間十分程度ずつぐらいなものだけに、新自身も久しぶりに千早にゆっくり会えるのを楽しみにしていたのだ。
「じゃあ……すんません、店長。上がらせてもらいます。……千早、おれちょっと鞄取るで」
 レジの下に置いておいた鞄を取ろうと新が腰を屈めた時、ジーンズの後ろポケットに何か薄い物を差し込まれた感触がした。
「……?」
 怪訝に思って振り返ると、店長は手振りで「早く行け」と促している。
(しゃあない。千早待ってるし……早よ出よう)
 ポケットの中身は後で見ればいいかと思い直し、新はバイト先の勝義書店を後にした。

 「前来た時は桜咲いてたんだよね、ここ。……すごい綺麗だった」
 高校一年の春、かるたから遠ざかっていた新に会いに来た時も通った土手を歩きながら千早は並木を見上げる。今は新その人が自転車を押しながら隣を一緒に歩いている、それが嬉しくて千早の顔は自然と綻ぶ。
「あん時、ホントごめんな。……千早のかるた蹴ってもて。すぐ追い返してもて。……おれ、その事千早にちゃんと謝ってえんかったやろ。ごめんな」
「気にしてないよ? だって新、かるたに戻って来てくれたから。だから、謝る事なんかないよ」
 それに、と千早はまっすぐに新の目を覗き込んできた。
「新とは公式戦でまだ当たった事ないじゃん。だから今回の福井行き、すっごく楽しみにしてたんだー!」
 笑顔の千早だが、その目の中に自分に対する闘志が燃えているのを見て取り、ようやく新も笑顔を浮かべた。
「昔も言ったけど、おれは五才相手でも手加減せん男や」
「私だって手加減なんかしないもん! 勝つもん!」
 お互いA級選手となり、西日本代表や吉野会大会といった大きなタイトルをお互い獲っているのに、知り合ったばかりの小六の頃と同じやり取りに、期せずして二人とも吹き出した。

 「……まあとりあえず、上がって。遠いし疲れたやろ」
 居間に千早を通すと、新はお茶を淹れに台所へと向かう。食器棚から急須と湯飲みを出そうと身体を屈めた時、履いているジーンズのポケットに妙な厚みを感じた。
「……ほやった、店長なんかポケットに入れてたんや……何やろ」
 次のバイトに入るシフトの連絡メモなら目を通しておかないとと、ポケットの中を探る。指に触れる感じは紙のメモとは違うようだ。訝しみながら引き出したそれは小袋が二つ繋がったようなものに見える。
(……化粧品の試供品やろか? ほんなもん店長が何で……)
「えええーっ?!」
 一見コスメの試供品にも見える正方形の袋。何気なく指先が感じ取った、丸い輪郭。
(こ、これ……薬局の前の自販機とかにある……アレか?! 店長何考えて……や、ほんな事の前にコレ何とかせな……! ……ほやけどこんなモン、ゴミ箱入れたら母ちゃんに何言われるか分からんし……ど、どうしよ……?)
 ガスコンロとゴミ箱の間をうろうろと往復していると、突然台所のガラス戸が引き開けられた。

 「……新、ごめんお手洗い貸して欲しいんだけど……って、どうしたの?」
 千早の声に心臓が口から飛び出そうになる。手に持っていた「店長のお土産」を慌てて元のポケットに突っ込み、ガタガタと音高く湯飲みをテーブルに置いた。
「えっ、いやっ、何でもない! えと、トイレそこの突き当たりや。お、お茶持ってくで、そっ、そっちで待ってて!」
「う、うん、分かった……」
 ガラス戸が元通り閉まる音が止み、軽い足音が遠ざかる。ようやく新の口から長い溜め息がこぼれ落ちた。
(顔、合わせづら……)
 自分の耳が熱くなっているのが分かる。だがこうして廊下に立ちつくしている訳にもいかない。千早が自分の手の中にあったそれを見ていない事を願いながら、恐る恐る襖を開けた。

 「……あれ、千早?」
 居間の向こう、仏間に続く襖が半分開いている。茶盆を座卓に置くと、新は仏間に向かった。いつもそうするように、まず最初に仏壇に飾られた祖父の写真に視線を送ると、手を合わせている千早の後ろ姿が飛び込んできた。
「あ、新」
 背後の気配に気付いた千早が振り返る。その衒いのない表情に、新のさっきまでの緊張もふっと軽くなり、ごく自然に千早の隣に正座をし、手を合わせる。額縁の中の祖父が茶目っ気たっぷりに笑っているようで、何となくくすぐったい気分ではあった。
「……お茶淹れたし、あっち戻ろか」
「うん」
 千早を促して居間に戻る。二つの湯飲みからは柔らかな湯気がふわりと立ち上っていた。






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written by Hiiro Makishima