Countercharge
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日課の素振りをこなしていると、本棚の上に置いておいた携帯電話が鳴り出した。 「……?」 画面に表示されている十一桁の番号には全く見覚えがない。無視してしまおうかとも思ったが、誰か知り合いが番号を変えた事を知らせてきた可能性もある、と新は呼び出しを続ける携帯電話を手に取った。 「……はい、綿谷です」 『わあ、お久しぶり! 私、府中市の東大里小学校で同じ六年一組だった、関本茉奈(せきもと まな)だけど、覚えてる?』 小学校時代のクラスメートという言葉と名前から、新の記憶層から一つの光景がぱっと浮かび上がってきた。 ”ねえねえ、ちーちゃん。ほら見て。綿谷くん福井弁じゃん。あたしたちノートとってて。でも増えないの。ケチくなーい?” (……あー……) いい加減自分の中でも消化したと思っていた事だったが、本人の声を聞くとやはり当時の感情が呼び覚まされそうになる。 『……もしもし、綿谷くん?』 「あ、まあ……何となく。それで……て言うか、何でおれの番号知ってるんや」 『卒業名簿に福井のおうちの番号あったから、そっちに電話して教えてもらっちゃった。小学校の時の友達だって言ったら、すぐ教えてくれたよ』 「……で、何か用事?」 『この間、さやかちゃんとネット中継見てたらさ、綿谷くんとちーちゃんが出てて、もうびっくりしちゃって! それで懐かしいなあって思って』 その名前にも覚えはあった。彼女と一緒に「綿谷語録」を書いていた、正木明花(まさき さやか)の事だろう。いずれにしても新にとってそう気分のいい記憶ではない。 (……名人戦クイーン戦の中継か。多分、栗山先生が解説してた試合やろなあ……) 新はかるた会の人に見せてもらった、名人戦の動画を頭の中でざっと思い返す。試合当日の中継はストリーミング配信だったが、それを保存した動画を新に送ってくれたものがあった。その中でクイーン戦は一勝一敗での休憩を挟む事になり、名人戦のみ行われた三試合目に、福井南雲会の栗山会長が解説席に座り、新の経歴やかるたについて色々と話していた。 『──栗山さん、挑戦者の綿谷選手は永世名人のお孫さんだそうですね?』 『そうです。八十年代に七連覇なさった、綿谷始永世名人。新くんは小さい時から綿谷先生からかるたを教わって、 小学校に上がる頃にはもう、全国大会で優勝するだけの実力がありましてね』 祖父や新の話をする栗山先生の口調は、聞いている新がくすぐったくなるほど誇らしげだった。 『今お話にあった全国大会ですが、対戦相手には若宮クイーンも居た中、小学一年から五年まで連続優勝。 高校選手権で再び対戦しましたが、こちらも勝ちを収めています』 『そうです。そうです。六年生の時の東京への引っ越しや、綿谷先生が亡くなられた事で一年半ほどブランクがありましたが、 高校生になってかるたを再開してからは、綿谷先生直伝の取りに加えて新くん自身の強さを磨いてきました』 画面の中の新が栗山先生の言う通り、敵陣二カ所を素早く渡って札を取っている。 栗山先生が思わず『それや!』とマイクを切らずに言ってしまったらしく、アナウンサーと揃って苦笑していた。 『……綿谷選手、渡り手で鮮やかに敵陣を攻めました。……先ほどのお話にあった東京への引っ越しですが、 名人戦と同時に行われているクイーン戦、挑戦者の綾瀬千早選手とは、実はその小学校時代からの友人との事で、 当時は府中白波会で一緒に練習していたそうです。今その白波会の会長、原田準名人を破って挑戦者となり 今、現名人と互角に戦っている訳ですが』 『ああ、ほうやったんですか。かるたは一人じゃ出来ませんし、続けるためにも、やはり仲間や友達の存在は大事です。 ……やあしかし、一緒に頑張ってきた友達と揃って出場というのは、凄い事ですなあ』 『……もしもし、綿谷くん?』 電話越しに呼び掛けられて、新は試合の回想を打ち切った。 「……聞いてるけど」 懐かしくなっただけなら、そろそろ電話を切って素振りを再開させたかった。 『綿谷くん、大学こっちだって中継で聞いたけどさ、言葉、全然変わらないんだね。なんか、懐かしい』 (……懐かしいって言われて、こんな嬉しくないのって……初めてでないかな……) 「……ほんで、何の用やし。何か福井弁関係ある用事なんか?」 新はほとんど一本調子に聞こえそうな、ぶっきらぼうな声で問うた。 『あ、ううん……そういう訳じゃないけど、会えないかなーって思って』 唐突な申し出に新は軽い目眩を覚える。会いたいか会いたくないかで答えろと言われれば、彼女は後者に属する相手だった。小学校卒業以来完全に音沙汰なしだったものが、ネット中継を見たからと、この馴れ馴れしい口調は一体何なのか、とどうしても思ってしまう。 「おれらの顔見たいんやったら、白波会来れば太一とか千早かって居るがの」 『えー? 無理無理! ……百人一首なんか、小学校で無理矢理覚えさせられたっきりじゃん。絶対無理』 中継を見ていて新が競技かるたの、しかも頂点を決める名人戦に出た選手だと分かっていながら「なんか」とばっさり言うその無神経さに新は苛立ちを覚える。 (……千早が中学の時、内心傷付いたって言ってたの、よう分かるわ……) 新の地元はかるたが盛んな事もあり、未経験の生徒でも「かるたなんか」と口にする者は少なかった。新が高校で団体戦の仲間を募った時も、「家族が昔やっていた」などと、やや肩透かしを食らった程度の経験しかない。 『あ、でね? 実は今度さ、同窓会……みたいなものがあるんだけど。まあ正式にじゃなくて、みんなでご飯食べて遊ぼうって感じのだけど。……綿谷くん達も来てくれないかなあって』 新の鬱屈をよそに、関本茉奈は話を続けている。 「……何でおれ? 確かに卒業生には違いないけど、おれ居たの四ヶ月だけや」 『えー? だってさ。名人戦クイーン戦出るような人が同級生って、やっぱ凄い事じゃん? きっとみんな喜ぶと思うよ』 (……みんな、って……喜ぶの自分やろ、それ……) 「……千早とか太一はもう返事してるんか? それ」 『あ、まだ……なんだけど。真島くん医学部で忙しいらしいし。ちーちゃんは綿谷くんと同じ大学だって聞いたけど、綿谷くんが来るなら、ちーちゃんも来るだろうしさ』 その言い方で彼女が何を考えているのか大体見当が付いた。さっきの話と合わせれば、「自分が自慢できる」から男である自分や太一にまず呼び掛けてきたのだろう。 「ふーん……悪いけど、おれも返事保留させて。もう参加申し込みしつんた大会もあるし」 『あ、そうなんだ? ……じゃあ予定の目処ついたら連絡くれる? じゃあ、楽しみにしてるね』 どうやら関本茉奈は、新の言葉を「予定をすりあわせてくれる」と暗に相違したらしく、弾んだ声でそう言いながら通話を終えた。 携帯電話を元通り本棚の上に戻した新は長々と溜め息を吐いた。 「何やし、勝手な事ばっか言うて……。っと、あかん、めっちゃイライラしてるな、おれ……素振り再開する前にちょっと、気分転換しとこ……」 新はバイト代で買ったノートパソコンを出してきて電源を入れ、本棚に仕舞ってあるDVDの中から、この間のクイーン戦を録画したものを取り出してディスクトレイにセットした。自分の試合のビデオと違い、こちらは会場に応援に行った白波会の人が撮っていた物だから解説は入らない。その代わり千早の取りや札の移動をつぶさに見ることが出来る。 「……名人戦出ると、当たり前やけどクイーン戦の試合、直に見られんで残念やな」 『難波津に咲くやこの花冬籠もり───』 序歌が流れる画面の中で、袴姿の千早と詩暢が集中力を最大にまで高めて構えている。 (……二人とも、真剣ないい顔してる。詩暢ちゃんは慣れっこやろうけど、千早も初挑戦やのに、何か楽しそうやな……) 画面の中の真剣勝負を食い入るように見ているうちに、苛立っていた気分はどこか遠くへ押しやられていった。 |