Countercharge the day
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テーブルに置かれたグラスの中で、溶け始めた氷がカラン、と音を立てた。その音でようやく三人ともお互いの顔を見合わせた。 「……外れてて欲しいのぉ、それ」 新がぽつりと呟いた。 「ああ。同感だ。……ってか思い付けた事自体、すげえ嫌なんだけどな」 二つ目の可能性を思い付けたのは、自分自身かつて「イジメる側」だったせいで、新が思い付かなかったのはそれを「受ける側」だったからではないか、と太一は苦い物を口にしたように顔を歪めながら口にした。 「千早は昔っから、何でも正々堂々と、だから尚の事思い付かないだろうしな」 太一の言葉はどこか自嘲めいて聞こえる。 「違う視点からの意見が聞けるって、いい事だと思うよ私。何か考えなきゃいけない時、私達の中では太一が一番、物事を……えっと、何て言うんだっけ、こういうの……」 千早は眉根を寄せて、両手で箱を持ち、その見えない箱をあちこちひっくり返すような仕草をしながら、必死に言葉を探している。 「……多面的とか多角的?」 あまりに千早が迷っているので、当の太一が助け船を出してしまった。 「あっ、そうそう、それ! そういう考え方が出来るから、私みたいな単細胞は随分助かってる」 器用にパチリと指を鳴らし、千早は言葉を継いだ。 「友達やで贔屓してるんかも知れんけど、太一が思い付けたのは別にいじめっ子やったで、って訳でないやろ。分析とか判断に長けてるんやって思うざ。太一のかるたもそうや。暗記の確かさもそうやけど、試合展開を可能な限り予測して臨んでるやろ。……その分裏掻かれるとかアクシデントに弱いとこあるけど」 「……かるたの話になると新はホント容赦ねえな。まあ当たってるけど」 そう言いながらも太一の顔は笑っている。友達からの直截な言葉は聞くことに勇気も要るが、逃げずに聞く事で自分の心が澄んでいく。言ってみれば滝行のようなものだとふと思った。 「……話戻していい? 実際のとこ、どうするのがいいと思う?」 千早が話を本題に引き戻した。 「どうって、おれらは元々の予定通りでいいやろ? 相手の狙い外すんやったら、おれら三人揃って出れば済む事やし」 「……だよなあ。そこでおれらが熱ーく、ディープにかるたの事語りまくれば、ミッションコンプリートだろ」 新と太一が口を揃えて答える。 「私あれからちょっと考えたんだけど……もしもさ、茉奈ちゃん達が『せっかくだから試合して』って言ったら、二人はどうする?」 千早の問いに、二人は「多分それはない」と同時に答えた。 「……電話で聞いた限りやと可能性めっちゃ薄いわ」 関本茉奈にそのつもりがあったなら、最初電話を掛けてきた時も「かるたなんて無理」などと「名人戦に出た」新に言いはしなかった筈だ。 「ほやけどもし気が変わったとかで、試合してって言うてきたら、おれ取るざ?……ただ試合で手ぇ抜く気ないけど」 新はあっさり言い放つ。 「……このドSめ……」 苦笑いを浮かべた太一は、それでも新に向かって親指を立てた。 「ま、おれも答えは同じだ。仮の話だけどさ? おれとの試合でお前らが手抜きなんかしてきたら、おれキレる自信あるし」 「あ、分かる分かるー! 例えば体調悪かったりしても、その状態で出せる全力で取ってるのに、新や太一が手加減したら、バカにしてんの?! って言うだろうなあ」 実際、右手負傷時に千早は「中指と耳しか持たない選手に」と尋常ではない痛みを意識から締め出し、新もまた体調不良で試合中退席というアクシデントの中、諦めずに取りきって西の代表になった。 「太一は実際にはアクシデントに遭うてえんけど、あったとしても絶対、最後まで取り切るやろ。原田先生の直弟子やし」 原田先生の名前を出され、太一は真顔で頷き返す。 「まあ持つ枚数とか送り札とか、ハンデ付けるのはアリやけど。……おれ昔、二枚送りで取った経験あるわ」 初心者との試合で、相手が新の陣を取れたら札を二枚送れるという独特なハンデをざっと話す。 「え、じゃあもし新がダブったら、四枚送られてくるって事?」 新は千早の問いに頷くが、テーブルを囲む三人ともが、そんな状況になるとこれっぽっちも思っていない。 かるたの話で随分本題から逸れてしまった、と太一が話題を同窓会に引き戻した。 「この前部屋で話した後、千早にもちょっと言うたんやけどさ。それでも伝わらんようやったら、おれ、はっきり言うつもりはしてる。昔の事もやけど、太一や千早も気ぃ悪した事あったとか、今のおれらの事とか」 空気を悪くするかも知れないから先に詫びておきたい、と新は告げた。 「ん、了解。……空気ったって、おれらの方は別に気になんねえけど、まあ……将棋みたく完璧に詰まねえ方がいいだろうな。窮鼠猫を噛むって言うだろ。逆ギレして感情的に騒がれっと後が面倒だぜ」 太一はあっさりと了承し、新に追い込みすぎに注意するようアドバイスを返す。新もそれに真面目な顔で頷いた。 「……ほやけど太一の大学って、校舎とかほんと綺麗やなあ」 大体の話は出揃ったからと、新は気分を変えるために話題を振ってみた。 「うんうん。カフェテリアもメニューもお洒落だし。かるた部の練習場は、どんな感じなの? 太一」 飲みかけのアーモンドラテをくっと干して、千早が乗ってくる。 「道場かあ? 流石にそんな違わないと思うけど。やっぱ予算のやりくりとかあるしさ」 全学生が利用する施設ならともかく、部活動に利用する場所の予算はやはり、割り振りに実績が大きく関わってくる。 「……やっぱどこも予算は悩みの種なんやのぉ」 「先輩、頭抱えてたもんね」 新と千早も自分達の部の財布事情を思い出して、軽く溜め息を漏らす。 「けどよ、二人んとこなら新入部員は期待できそうじゃんか。部費積み立てるだけで結構貯まるんじゃね?」 太一のその問いに、千早と新が苦笑を浮かべ、部員が一気に増えた分、今度は練習場所が手狭になってしまったと零すと、太一も二人と全く同じ表情を返してきた。 ひとしきり喋ってから、カフェテリアを出た三人は正門へと歩いていく。 「忙しいのに、ありがとう、太一。……当日どう待ち合わせる? 留守電に入ってた場所も府中やがの?」 通っている大学に住まいが近い分、一番移動距離が長くなる新が問うてきた。 「そうだな……小学校の校門前とかどうだ?」 「あ、賛成! 私も卒業してから校舎見てないし。時間どうする? ……始まる三十分ぐらい前でいい感じかな?」 太一の案に千早は即座に賛成する。新にとっても四ヶ月だけだったとは言え、思い出の詰まった場所だから、反対する理由はない。 「ほやな。電車の移動もあるで、おれ少し早めに行っとくわ」 待ち合わせ場所を決めた二人は、まだ大学に用事が残っていると言う太一と別れて帰路につく。 「当日、お天気どうなんだろうね」 歩きながら千早が言ってきた。 「やな。晴れやといいけど」 「私は雨でもいいかなって、ちょっと思ってるんだ」 千早が意外な事を言い出した。多分それが表情に出ていたのだろう、千早は小さく笑って先を続ける。 「だって、一番最初に新とかるたをした日も雨だったから。傘に当たる雨音聞いてるとね、『日本で一番は世界で一番』って教えてくれた時の事、今もよく思い出すんだ」 あの日がもし晴れていたら、は新も時々考える事があると答える。 「教室であった事は多分そんなには変わらんやろうけど……服濡れる訳でないし、千早も『怪我なかった?』とかだけ聞いて、服の土だけ払って家帰っとったかもの。……千早のかるたへの関わり方も、今と全然違っとったやろうな」 校内かるた大会は天気に関係なく実施されただろうが、その場で新の実力を初めて目にした千早が、今と同じように競技かるたに惹かれたかどうかは分からない。 「百パーないとは言えないかも。……新と取るまで私だって、かるたってお正月の定番カードゲーム、ぐらいにしか思ってなかったし」 「はは。その定番も百人一首でのうて、きっと『いろはがるた』やろしの。まあ逆に、あっちは全部一字決まりみたいなもんやけど」 何しろ「いろはがるた」は最初の一音が絶対被らない。耳のいい千早には圧倒的に有利な筈だ。そう言うと千早は可笑しそうに笑う。 「でも『いろはがるた』ってクイーン位ないし。……やっぱり、今の私が知ってるかるたの方が好き」 「……うん。おれもや」 あの日早朝から雨が降っていて、その日のスポーツ紙に千早の姉の写真が掲載された事が重なったのは、やはり幸運だったと思うべきなのだろう。 「……不思議なもんやの。天気一つ、新聞記事一つ違っただけで、人の進路まで大きく変わる可能性あるって。ようここまで色々上手いこと組み合わさってくれたもんやなあ」 感慨深げに呟く新に、千早は二、三歩先に出てからくるりと振り返って言葉を返す。 「かるたの神様が、そういう一つ一つを結んでくれたんだと思うよ」 |