Take Me 4
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「……話してて、ちょっと思ったんだ。新の言葉じゃないけど、人を好きになるって、もしかしたらすごく強欲で、残酷な事なのかも……って」 手を繋いだまま、千早が口を開いた。新はどういう意味かと短く問う。 「ん……かるたの試合なら、名人戦だって何度でも挑めるけど、誰かを好きになって、その人を自分だけのものにしたいって思うのに、それが叶わなくて、でもその誰かへの気持ちは残ってて。なのに……もう一度目の前の席に座るチャンスさえ相手がくれるかも分からない時は……その人にとっては残酷な事だって、そんな風に思ったの」 気持ちを確かめ合えた自分達が言うのも酷いかも知れないけど、と千早は話を終えた。 「なるほどの。名人戦に例えられれば、おれも分かりやすい。……自分だけのものに、っていうのは、おれ自身はほんな強く思ってえんかもやけど」 「……それは、なんで?」 千早は小首を傾げている。 「あくまでも、おれがそう考えてるってだけやけど、自分のもんにする事より、おれと千早が同じ方向を見てる事の方が大事って言うか。離れてたで思うんかもの。……千早がクイーン目指す、一生かるたやるって思ってる限り、おれの人生と千早の人生はどっかで一緒になって、同じ方向に進んでいくやろうって」 二つの川が合流して同じ海に流れ出すようなものだろうか、と新は手振りを交えながら答えた。 「……『せをはやみ』?」 「あ、意識してなんだけど、一番しっくりくるな、それ」 祖父も昔、佐藤九段に再戦布告としてこの札を送った。それを話すと千早は目を丸くする。 「せをはやみ」の歌から、新はふっと懐かしい記憶を蘇らせた。 「……そういえば、千早がおれから取った最初の一枚やな、『せ』って」 「あの時は新が目をつぶってくれたけど、反則だよねえ、左手なんて」 東京に来て初めて「誰かと二人で」取れる事が嬉しかったから、指摘する気はなかった。それに左とは言え既に全国優勝していた自分と遜色ない速さで千早が飛び出せた事は、新にとっても驚きだった。当時知っていた限りでは、それが出来たのは現クイーンの詩暢ぐらいだったから。 「……でもあの日にね、新が『ちは』の事言ってくれたでしょ。おれの目はそうなってる……って。小学校のかるた大会で『ちは』が並んでるの見て、私にも分かったんだ。これが『かるたの目』……新が見てるものだったんだって」 「ちはや」の三文字が札に浮かび上がって見えた時、まるで新が自分の中に入ってきて、一緒に札を見ているようだった。そう千早が言うと、新の耳が真っ赤に染まる。 「話全然違うけど……何で『奪う』なんて言葉、選んだんや?」 インパクトがありすぎる単語だっただけに、気に掛かった。 「さっき言ったのも、本音だよ。……ただ、もしかしたら何か保証が欲しかったのかも……」 千早は伏し目がちにそう言葉を返す。 「保証?」 「……上手く言えないけど、新が東京に来るの、来年だから……それまで、気持ち変わらないとか、自分の気持ちが揺れないとか。何かそういうのがあったらって思ったのかも知れない」 かるたに限って言えば、千早はずっと「いつか会える」と信じ続けてこられた。ただ恋愛経験が皆無だった分、その意味で一年、新を待てる何かを自分の中に持っていたかった、と時々言葉に詰まりながらも千早は言った。 「おれも男やで言うんやけど。それ、千早には保証なんかも知れんけど、他のもんには分からん事やろ。そうしたいかどうかは別やけど、気持ち収まらんくて無理矢理、っていうの……一応、出来るでさ。……男は」 新は苦い物でも食べたように口元を歪めて答える。 「……かるたやったら、千早も男に勝てるけど、単純に力比べやったらそうでないやろうし」 まして注意が逸れた瞬間を狙えば、千早にはそれを返せないだろうと思う。太一がそんな事をすると思いたい訳ではないが、退部を巡る話の時のように、千早が地雷を踏んだりしたら。キスの一件があるだけに完全に否定も難しかった。 「逆の立場やったら……おれかって絶対せん、とは断言できん。心が手に入らんのやったらいっそ身体だけでも、とか物凄く酷い事考えるかも……知れんの」 二人を遠ざけたくて、二年前の新は千早の札を生まれて初めて蹴った。それはちょうど、今口にした「心が手に入らないなら」と正反対な心の動きなのだろう。 「……新が言いたい事は分かるよ。性別は変えられないし。だからなのかな。その……ホント変な言い方なんだけど、えっと……、新としか、してない事っていうか……新にしか、しない事っていうか……。そんなので自分の立ち位置決める訳じゃないけど……」 千早は言葉を探すように、あちこちに視線を彷徨わせている。しばらくそうして考えた後、まとまっていないけど、と断って再び口を開いた。 「同じ方向見てる限り、って新さっき言ったし、私もそれは同じなんだけど……やっぱり気持ちのどこかで思ってるのかな。……新が私だけ見てくれてる、って分かる何か。……ずっと私は、新の背中を追い掛けてきたから」 目指す方向は同じでも、いつも心の真ん中に居たと分かっていても、かるた歴の長い新は常に自分の数歩先を行っていたように千早は思っていた。 「見てた、つもりやけど……」 口下手な分、千早には伝わりにくかったのだろうか。 「不安にさせてたんやったら、ごめん。……今の話、保証とかって意味では無理かもやけど……千早が安心出来るんや、っていうんなら……」 それ以上言葉が続かず、新は衝動的に腕を伸ばして千早を抱き寄せた。 「……」 お互いの全身が心臓になったかのように、重なった鼓動が強く響き、その胸の高まりが新をどうしようもない気分にさせる。新が身を乗り出すと、抱き合ったまま二人の身体が畳に倒れ込んだ。 「自分だけ、ってさっき言ったやろ。……今から、そうするでの、おれ。……引き返せるの、今しかないざ」 身体の下で千早が少し身じろぐ。 「……引き返さなくて、いい。……自分だけの、って……私にも言える事だから」 千早の言葉を引き取るように、新の上半身が覆い被さってきた。 |