Take Me 5
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汗が引いた二人は服を身に着けて座り直す。 「……おれ、千早に話したかの? おれも札が真っ黒に見えた事あった……って」 「そんな事があったんだ……」 千早にだけは、話しておこうと新は決めた。 「じいちゃんが死んだ時、おれは札だけでなくて、見てる世界まで……灰色やった。それと二年の時の東西予選で、太一が負けたの知った時、おれ一瞬ホッとしてもて。……それは何でや、って考えてた時……思ったんや」 話を遮らないように、千早は相槌だけを返した。 「狡いとこあって、千早みたいなかるたの才能もなくって……って考えてたら、おれは……かるたで友達を見下してたんでないんかって……。大事な友達見下すようなおれに、かるた取る資格なんかないって、並べた札が全部真っ黒になった」 それを引き戻してくれたのは、兄弟子の村尾が試合中にもかかわらず横っ面を張って「戻ってこい」と言ってくれた事だった。 「おれにとっての村尾さんみたいな人が、太一の側に居てくれたらって思う。……まあビンタまでせんでもいいけど」 慌てて付け足された最後の一言に、千早は小さく吹き出した。 「……やっぱり今は、動かない方がいいのかな……」 「おれら二人は、多分の。……けど、おれの時みたいに信じ続ける事は、出来る」 それでも今は、その事さえ太一に伝えない方がいいように思う。自分だって、かるたそのものを拒絶しなければ、と思っていた頃は、千早の「信じてる」という言葉さえ辛かったのだ。 「……」 とは言えそれ以上は、千早が取った行動を責めるような話になってしまうと思い、新は言葉を飲み込んだ。 (瑞沢の人の言葉やったら、少しは聞いてくれるかも知れんけど……千早とおんなじ気持ちで言うとは限らんし……男同士やと余計、何とも言えんとこあるし……) 男にはドライな面がある。かるたをやめると決めたと太一が告げれば「お前が決めた事なら」とあっさり受け入れるかも知れない。冷淡と言うのではなく、友人関係の在り方についての考え方の相違だろう。 友情の在り方という単語から、新の頭にふと浮かんだ事があり、千早に向き直って表情を引き締めた。 「……千早。いっこだけ真面目に言っとく。太一がかるたに戻ってくれるんやったら、おれの事見るのもやめる、とか交換条件みたいな事だけは絶対言ったらあかん。……それ、太一にとっては侮辱と同じやから」 「うん」 千早が頷いてくれたので、新はもう少し太一について考えを掘り下げてみた。瑞沢かるた部の部長なのは知っている。 (……そう言うたら、おれ瑞沢の団体戦って……) 色々あって「部長としての太一が千早や部員をどう支えてきたか」目にしていない。 「太一、部長やが。……試合の時とか、みんなにどんな事言ってたか、教えてくれるか」 「あ、うん」 千早は記憶を巡らせるようにしばらく黙り、それから太一が言っていた事と、それがどんな状況だったかを順に話していった。 話を聞いた新は、この二年、太一が部長としてどれだけ仲間を、そして千早を支えてきたのか、「あの」母親にかるたの事で文句を言わせないために、見えない所でどれだけ努力してきたのかが分かり、その事に素直な尊敬の念を抱く。 (おれなんか、ずっと長いこと個人戦……名人位の事ばっかやったもんな) そして気付く。彼が復帰するかどうか未確定のまま、瑞沢かるた部は進まざるを得ないと。 「千早。───強くなりね」 それが何を指した「強さ」なのかと千早は新の顔をじっと見る。 「おれも今は藤岡東の部長やから、その立場で言うけど。好きやとかの気持ちはともかく、千早が今までかるただけに全力で行けたのは、そう出来るように色々下支えしてた太一が居たでや。……最悪これから先ずっと、そのサポートなしで瑞沢の部はやって行かなあかん。部の人に手伝ってもらうのはいいけど、チームの長としての責任は、他の誰も背負えん。……上に立つもんが、自分の好きな事だけする訳には、いかんのや」 新の一言は痛烈に突き刺さる。以前、駒野が言った「やりたい事を思い切りやるためには、やりたくない事も思い切りやらなくてはいけない」は、何も自分の勉強に限った話ではない。 (……東京予選の後で、思ったのに。私が取る一枚はチームの一枚だ、って。それなのに私、ただ恵夢ちゃんと試合して勝ちたいってばっかりで……他のみんなの事、考えてなかった……) それが絶対悪い訳ではない。ただしそれは「それでもちゃんと勝てるなら」という事なのだ。チームのエースである千早が確実に一勝を上げられるなら、他の四人は精神的にぐっと楽になれるのだから。 『ぼくだ! ぼくの方が早かった! 審判!』 東京予選、北央の甘糟と千早との運命戦。あの時も自分達の試合結果にチームの優勝がかかっていた。だから甘糟はあそこまで主張したのだ。そして西田が言った「際どくても引くな」も、そのための言葉だ。そして今、新が言ったのもそうだ。 「……私、キャプテン失格だ。いつも自分が強い人と試合したいってばっかりで。地区予選の決勝だって、自分の試合しか見えてなくて、北央に札合わせ完成させた。あの時太一はちゃんと勝って、うちが勝てる可能性残してくれたのに、私はセイムだ、ってあっさり引いて! うちの学校が東京じゃなかったら、全国大会出られなかったのに……!」 さめざめと千早は泣くが、かるたの事で慰めを口にする気はない。新は無言を貫いた。 「……泣いてごめん。大事な話してるのに」 千早は手の甲でごしごしと涙を拭って顔を上げてきた。 「ん。なら質問や。……うちの部は今、三人しかえんけど全員A級や。……団体戦でうちが瑞沢に勝つには、どう考える?」 少し考えて、千早は口を開いた。 「オーダーを読み切るって前提はあるけど、私と肉まんくんに当たらないように組むのが一つ。もう一つは新が、私か肉まんくん、当たった方を確実に叩く事。最悪両方に当たる訳だから、チームの要になってる新が大差で勝てば他の二人は気持ち的にぐっと楽になれる。もちろん声かけも大事だけど」 答えを聞いて新の表情がようやく普段通りの穏やかなものに戻る。 「そんなとこやの。まあうちの部の舜とか滉(ヒロ)は団体戦経験多いで、おれが声かけする程でもないんやけど。……むしろおれの方が教えてもろてるわ」 それ以上は秘密だ、と新は少しだけ意地悪に言葉を継いだ。 「ただ、それは太一が部に復帰してくれてない時しか通用しない。こっちにもA級三人揃うから、新の目線で言えば最低一人はうち……瑞沢のA級と当たる事になる。けどウチの部は団体戦経験積んでるし、今年は優勝校として受けて立つ立場にある。藤岡東に三人しかいないなら、私達五人の誰かが一人倒せばいい。個人戦とは違う強さがチームにはあるから」 千早はきっぱりと言い切った。その意味でも太一の抜けた穴は大きい。 「戻ってきて、欲しいわ。……おれも」 高松宮杯の後、心から思った。太一とまた何度でも戦いたいと。進学先を東京に決めた新にとっては、西日本予選に出場するのは今年が一応最後になる。東日本予選を勝ち抜いた太一と、決定戦で死力を尽くして戦いたいと思っていた。 新は携帯電話を取り出し、高校一年の予選中に太一が送ってきたメールを開いて千早に見せた。 『千早一回戦突破。おれも必ず東日本代表を目指すから、新は西日本代表になれ』 「……この約束、果たしたいんや」 太一がこのメールを思い出してくれたらと新は願う。 「私も見たい! その試合」 「へー……。千早は決定戦、出んのや?」 今年の決定戦だけは、同じく東日本予選に出るだろう千早は途中で負けない限り観戦出来ない。翌年以降、クイーン位を獲っていれば見られるだろうが、次の名人戦で周防を破るつもりの新は、その次の年以降、自分の決定戦を千早に見せる気もなかった。 「あー、そう言えば! 見られても三試合目だけだ」 「……おれがストレートで勝つって、思ってもくれんのか?」 「う、い、意地悪ー!」 膨れる千早に笑いかけ、駅まで送ろうと言って新は床から立ち上がる。後に続いて立った千早は、新にまっすぐ視線を合わせて右手を差し出した。 「近江神宮で、会おうね」 「うん。浦安の間で」 千早に握手しながら、今の一言に新は力強く頷いて言葉を返した。 |