保湿系トライアルセット

Take Me 3



 「……訳を話す前に、一つだけ……聞いていいかな、新」
「いいけど、何や?」
 千早の視線が少しだけ下を向いた。だが思い直したのか今度はしっかり顔を上げて新に目線を合わせてくる。
「さっきちょっと言ったけど。意味……合ってる、かな。……一緒にかるたしようって、一緒に生きていくって事だって」
 太一の話で頭が飽和状態だったのか、さっき千早に言われた筈の言葉だと気付くまでしばらく間があった。けれど自分自身、生半可な気持ちで告げた事ではない。遠くに居たとしても、きっと同じものを見据えている自分と千早の生きる道はどこかで寄り添えると心から信じられた。だから言えた事だ。
「……うん」
 新が頷くと千早の肩からふっと力が抜けた。
「私も、そうしたい。……だけどその前に、お願いがあって。……だから、来たんだ」
「……お願い?」
 この話の流れで自分に何を求めているのか、新には分からない。鸚鵡返しで問うと、千早が畳に両手を付いて頭を下げてきた。

 「私を……奪って」
「……え?」
 千早の事だから、かるたを取ろうと言うのかと思っただけに意味が掴めない。だが彼女が真剣に言っている事だけは伝わってくる。
「キスされたって話したよね。……太一が私を突き放そうとしたのか、他の理由なのかは分からない。だけど……、だけどね? 私だって……そういうの、一番最初は好きな人と、って思う。ううん、思ってた。……だから、そう出来なかった事、ごめん……」
 千早がもう一度深く頭を下げてきた。
「……気にしてえん、って言ったら嘘んなるけど……千早の方からした事でないんやし、気にせんとこうとは思ってる。ほやで謝らんでもいいし、ほんな事お願いとかも……。いや、何て言うていいんか、分からんのやけど……」
 そう答えても千早は顔を上げてこない。
『一番最初は好きな人とって思ってた』
 言われたばかりの言葉が頭の中で谺する。
「顔上げて、千早。……ただ、奪うっちゅうのは何か変、って言うか……そういう事でないやろ、って思うんや、おれ」
 弾かれたように顔を上げてきた千早と視線がぶつかった。その真っ直ぐな眼差しはいつも自分に力をくれる、と新は思う。

 千早と同じに、新も畳に手を付いて頭を下げ、言葉を紡いでいく。
「一番最初は、っていうのは、おれもそう思う。……そやで余計、ほんな言い方しとないんかもの。……ほやから、言い換えていいか? おれが、自分の意志で……したいんや、って」
 そんな事を尋ねる日が来るとは思っていなかったが、一緒に生きていきたいという、千早が出してくれた答えに対して「相手の真剣さに同じだけの真剣さで返す」それが礼儀だと新は頭の片隅で考えていた。
「……新……」
 自分の心臓が耳元で鳴っているかのように煩かった。顔を上げるのはひどく照れ臭いが、それは千早にも同じ事が言える筈だ。その気持ちを考えたら、自分の照れなど構っている場合ではないだろう。ぎこちない動作で新は上体を起こした。
「……」
 ほんの少し顎を上げ、千早が目を閉じた。その頬は自分に負けず劣らず真っ赤に染まっている。意を決して新は片膝を立てて少し千早との距離を詰めると、ゆっくり顔を近付け、もうすぐ唇に辿り着くという所で自分も目を閉じた。

 千早の唇にそっと触れたか触れないかという不器用なキスを生まれて初めて交わし、新はうっかり身体のバランスを崩してしまう。その弾みで唇が深く合わさった時、頭の中で何かが弾けたような気がした。
「……っ……」
 身体の奥から沸き上がった熱に浮かされるように、伸ばした腕は千早の肩を背中から抱き寄せる。
「ん……」
 新に肩を抱き寄せられて、自分の手が一瞬ぴくりと動いたのを千早は焦げ付きそうな意識の中で感じ取る。
(……しっかり抱き留められてるのに、苦しくない……。比べるような事思うのは、悪いけど……)
 時々太一が手首を掴んで自分を引っ張っていた時は、よろけそうになる事もあった。携帯電話を使っている時にそうやって腕ごと引かなくてもいいのにと感じる事も。けれど今肩を引き寄せている新の腕も同じように力強いのに、強引さを全く感じない。そう思った時、千早の腕は素直に持ち上がり、新の腰に回った。

 「……わ、っと……」
 不意に唇が離れて抱擁が解けた。訝しんで千早が目を開けると、片方の肘を畳に付けるような不自然な格好で新が座り込んでいた。
「だ、大丈夫……?」
「あ……うん。平気や」
 不安定な体勢を取っていたせいで、上手く身体を支え切れなかったらしい。耳まで赤くした新を見ているうちに、千早の気持ちがふっと軽くなった。
「……あはっ」
「はは……」
 どちらからともなく、照れたような笑い声が飛び出した。東京に珍しく雪が積もったあの日、新が初めて名前で呼べと言ってきた時に似た、くすぐったい気持ちが止まらない。
「……新、ずっとずうっと、一緒にかるたしようね」
 子供の時と全く同じ言葉が千早の口をついて出る。新もあの時と同じに、その手を取った。昔と違うのは、新が重ねたのは千早の両手だという事だ。
「うん。今度は、ずっと一緒やから。約束する」
 ずっと長い間答えられなかった、あの雪の日の言葉に六年経った今ようやくちゃんと返事が出来た。千早に小さく笑い返し、新はもう一度その手を優しく握った。






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written by Hiiro Makishima