保湿系トライアルセット

Take Me 2



 「……私には」
 同じように正座になった千早が、ようやく口を開いた。
「あの時の、新の言葉……。一緒に生きていこう、って意味だって思えた。……だから、太一に言ったんだ。……ごめん、って」
「……」
 千早が導き出した答えに対し、どう返せばいいのか新には言葉が見つからない。自分に対しての返事だけなら「ありがとう」と言えるが、今千早が問題にしたいのは太一がかるたを止めた事だ。だから何も言えなかった。
「それから私、太一に目を合わせられなくて。……でも太一は練習に来てたのに。それなのに、新一年生向けの部活紹介の日に、退部届出したって、顧問の宮内先生から……言われた」
 宮内が告げた理由はさっき千早が言っていた「受験勉強に専念したい」だった。

 「私、一年生の後ろにいた太一が去ってくのが紹介の間に見えたから、追い掛けたの。退部なんかしないで、辞めないでって。……今まで一緒に頑張ってきたのは、太一もかるたが好きだからって、私ずっとそう思ってた! 信じてた。……かるたが好きなんだったら、また日本一目指して、一緒に頑張っていきたかった……」
 かるたに限らず太一が努力を続けてきた理由。千早から話を聞いた今は新にも理解出来た。太一はずっと「千早のために」頑張ってきたのだ。勿論、彼もかるたを好きだったのも事実だが、前者に重きを置いていたのだ。
「それは……ちょっと、残酷すぎでないんかの……」
 同じ男だから太一の気持ちは分かる。今聞いた話では、予算不足とは言え「太一杯」の優勝賞品がキスだったという。発案者の千早がそんな風に言えば、太一でなくとも期待してしまっただろう。もし優勝者が千早であれば、太一にとっては賞品を口実に堂々とキス出来るチャンスなのだから。
(……言うたら、上げて落としたとこに追い打ち、やもんな……)
 千早自身はそんな意図でした事ではないだろうが、よりによって自分を振った当人から、告白は受けられないが部には留まれと言われるのは、単に断られたより傷付くだろう。短く告げた後にそんな事を思っていると、やはり千早は俯いてしまった。
「……うん……。太一にも、言われた。……おれが、石で出来てるとでも思ってるのか、って……今まで聞いた事ないぐらい、低く怒った声だった。……そ、れで……」
 両手を口元にあてた千早がぼろぼろと涙を零し始めた。
「手とか、上げられたりしたんか? ……太一に」
 それくらいしか思い付かなかったが、千早は口元を押さえて泣いたまま首を左右に振る。
「───れた」
 聞き逃しそうな小さな声だが身体に衝撃が走った。

 耳にした一言を、新の頭はなかなか理解しようとしてくれない。
(今……千早、キスされた、って言うたんか……? 太一に? 何でや……)
 キスに限らずそうした行為は、相手と気持ちが通じ合ってからするものだと新は思っていた。だから自分の告白を断った千早に、太一がキスをしたというのが憂さ晴らしか八つ当たりのように感じられ、そこまで考えた時脳裏に一つの情景が浮かんだ。

 『後で泣いても知らねーかんな、覚えとけよ!』
 新の肩を持ったら明日から千早もハブだと太一が言った時、十二歳の千早は間髪入れず「やればいい」と答えた。何度念押ししても怯まない様子に苛立って、新と同じように水溜まりに突き飛ばして走り去った太一。
(……や、いくら何でも、それは……太一かってあの頃と同じガキのままでないんやし……)
 だとすれば、どんな理由なのだろうか。それを考え始めた心の中に、また別の光景が蘇る。

 『かるた蹴る新なんか見に来たんじゃない。もう来ねえよ』
 かるたはもうしていないと電話で話した次の週、千早と太一はここまでやって来た。祖父の事も自分の事も言いたくない、と黙っていた時、千早が札を混ぜ始め、これ以上一緒に居られないと感じた新は千早の札を蹴って二人に去ってもらおうとした。
(あの時のおれと、同じなんか。……もう、関わらんといてくれって……)
 その方がしっくり来るように思える。

 あれこれ考えていると、千早が言葉を継いできた。
「……太一、今は札が百枚全部、真っ黒に見えるって……言ってた」
 その一言に新ははっとして顔を上げる。今言われた事は自分にも覚えがあった。
(じいちゃんが死んだ時……太一の事を勝手に見下してたんでないんか、って思った時……おれも札が真っ黒に見えた。かるた取る資格が、自分にあるんか、って……)
 千早のために頑張ってきたのに、その千早がもう手に入らない。しかも当の本人が傷口に塩を塗り込むように「部に残れ」と言ってきた。太一の心が折れてしまっただろう事は想像に難くない。

 「私にはもう、何て言ったらいいのか分からない……。どうすれば太一がかるたに帰ってくるのか、分かんない……」
 千早は泣き続けている。
「……おれにも分からん。……おれの時とは、やっぱ違うし」
 かるたを止めていた自分に二人の言葉が届いたのは、友達だったからだ。だが今は違う。少なくとも太一にとっては違うだろう。
「今は……おれとか千早が何か言っても、何て言っても太一には届かんかもの。……いや、おれらの言葉『やからこそ』太一は聞きとないって思うかも知れん」
 今の太一はきっと、自分達に対して目も耳も塞いでいるのだろう。土手で転ばされた相手が千早だと知った時、自分も同じように心を塞いだたから分かる気がする。
「待つしかない……って事?」
「……うん。おれの時も、千早が書いてきた手紙は最初、受け付けんかったけど……饅頭の紙に色々書いてあったやろ。あれでおれは動き出せた。……それは太一にも言える気はする」

 それが自分達でなくとも、太一の心を解きほぐせたなら、きっと彼はかるたに帰ってくると新は思う。ただ太一にとっては、自分の中で折り合いを付けなければならない事柄が、以前の自分より多いだろう。
(ほやけど、簡単でない事や……)
 例えば自分が太一に、もう千早には近付かないからかるたに戻って来いと言ったとしても、その性格上決して受け入れないだろう。もちろん新にしても、そんな事を言う気は毛頭無いが。
(逆に千早が言うたとしても、今は無理やろうし……)
 好きだと告げた時に、それでも「新を見ている千早」だけは嫌なのだと言った以上、千早が自分の意志で太一だけを見ない限り、その言葉を信じないかも知れない。
「……って言うか、名人とクイーンが夢やから、目線かって同じになる。……かるたで繋がってる以上、それは変わらん事やし」
「うん……そうだね」
 そこまで話して初めて、何故千早はわざわざやって来て話そうとしたのか、と、ふっと思った。もちろん顔を見て話すべき事だと新も思うが、交通費や時間的余裕を考えると千早の負担が大きい。
「……関東の大会出る時に、時間取っとく事も出来たやろうし。無理したんでないんか?」
 ううん、と答えた千早が新に向き直った。






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written by Hiiro Makishima