Sober Up 6
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「だって、大学卒業したらまた、新は帰るよね、福井。……高校の時さ、新と電話で話してて、苦しかった事があるの。電波は届いてるし、新の声も聞こえるのに……遠いって……」 千早はきゅっと眉を寄せ、吹きこぼれかけた感情を飲み下す。 「小学生の時も仕方ない事だって分かってても、かるたで繋がってるって思っても、やっぱり……寂しかった。試験受けるのは、もちろんそれだけが理由じゃないよ。……高校の先生になって、部活でかるたを教えたい。その夢は変わってない。……でも、新とも離れたくない」 だからそう決めた、と千早は両目に涙を滲ませながら告げてきた。 「……千早がそう言うてくれるのは、ほんとに嬉しいんや。ほやけど、千早の家の人の気持ちかって、あるやろ。……知らん土地に一人で行かすって、心配んなるんでないんか……?」 千早が福井で教員採用試験を受ける理由を聞いて、新は何とも言えない気持ちになる。確かに卒業と同時に自分は福井に帰る、それは千早の言った通りだ。だが一緒に居たいという理由だけで、自分や千早の人生を決めていいのかどうか新には分からない。お互い学生の身では、千早に付いて来いとも言う事が出来ない。 「───ねえ、新。……私、女だよ。かるたやってなかったとしても、いつかどこかにお嫁に行って、家を出るんだよ?」 「……!」 千早の唇から出た一言が、新を揺さぶった。胸のどこかがしくん、と痛む。 (……結婚? ……千早が、どっか遠くに行ってまうって、今そう言うたんか……? ……おれの側から離れて……会えんく、なる……?) 「───や」 小さな呟きが漏れた。 「……えっ? ……わ」 新の両腕が突然千早をきつく抱き締めてきた。 「嫌や。千早……ほんな事、言うなま(言わないで)……。おれ……千早と、また離れるの、嫌なんや……っ」 あのアパートで最後にかるたを取った時は、新は泣きながらも幼い自分には選択権がなく、千早にもう会えなくなるのは自分には覆せない事だと、無理矢理自分に言い聞かせる事が出来た。だが今は、自身の進路を己の意志で決められるようになった分、逆にそういう覚悟が持てなくなっていたと気付く。 「新、苦しい……」 息が詰まりそうになり、千早が告げるが新は腕を緩めない。 「……お願いや。お願いやから、千早……どこにも、行くなや……」 千早の耳に届く新の声が震えている。 「だったら、新、……私ね、新に言ってもらいたいの。……ちゃんと」 千早を抱き締めている新の身体がぴくりと動き、その言葉が届いている事を千早に伝えてくる。千早はそれ以上は何も言わず、じっと待った。 (ちゃんと、言われたい事……。離れるのが嫌やって事は、今言うた。……ほやったら、千早が言うて欲しい事って……) 千早は進路を自分の意志で決めている。それは自立の意志を既に固めていると言っていい。そして千早が言った「かるたをしていなくても、いずれ結婚で家を離れる」。それは新の存在があろうとなかろうと、千早が今の家からいずれ巣立つ事に変わりはないと言う事だ。 (……聞きたいって思ってんのは、……おれの、決意。……ほやな、千早?) 新は千早を抱く腕を片方外し、乱暴に眼鏡を顔から外して手の甲で目元を拭く。喧しい鼓動を深呼吸で無理に静め、もう一度眼鏡をかけ直してから、顔を上げて千早に視線を合わせた。 「千早。……おれに、付いて来い。ずうっと」 口にした言葉が完璧に千早の望んだ物かどうか、そこまでは分からない。そして当然、今すぐどうこう出来る話ではない事も。だが心は決めた。 「……はい」 千早は一度も視線を外す事なく、新の言葉を聞き、そして答えを返した。 「ありがとう、千早。……はぁ……ごめんな、泣いてもて……」 かぶりを振った千早が、急に悪戯っぽい目で新を見上げてきた。 「お酒飲んだから、泣き上戸になったんじゃない? 新はさ」 「……何やそれ。……まあ、泣いつんたで反論も出来んか」 照れ隠しかも知れないが、どちらでもいいと新は素直に思う。どんな千早も、自分の好きな千早である事に何の変わりもない。 「泣き上戸で思い出したけど……酔い醒ましに、って連れて来たんやったなあ、今日。……なんか凄いとこに着地しつんたけど」 苦笑を浮かべて言うと、千早も同じような表情で返してくる。 「って言うか、今、何時や……? ……うわ」 部屋の置き時計は終電などとうに出てしまった時刻を示していた。新は長々と溜め息を吐いた。 「……泊まってきね、って言いたいとこやけど……」 布団の上に手を置くと、やはりまだじっとりと湿って冷たい。 「あ、ご、ごめん、新……ホントに」 「いいで。……ちょっと、風呂の湯張ってくる。ほんで、汗流したら……外、行こっさ」 新は起き上がり、すたすたと風呂場へ向かうと蛇口を勢いよく捻る。 「あの、新? ……外って?」 その背中を追ってきた千早が首を傾げる。新はふっと笑って千早の髪を指で梳き、口を開いた。 「一緒に、どっか泊まろっさ。……ほんで明日の朝、千早んちの人に、おれも一緒に怒られに行くでさ」 新からの意外な申し出に千早の目は真ん丸に見開かれ、それからようやく、笑みの形に変わっていく。 「うん。新と一緒だと、怒られるのも……なんか、楽しく聞こえちゃうけど」 元々今日は遅くなると言ってあるし、家族は新の事を信用しているから大丈夫だと思う、と千早は腕を伸ばして新の首に抱きついた。 「……信用って、嬉しいんやけど今言われると……ちょっと複雑やな」 さっきの会話を考えればいずれ、千早の両親にきちんと話さなければならないのだが、明日いきなりその信用を台無しにしそうな朝帰りを確定させてしまった。 「複雑って、何が?」 新の首から腕を解いて千早が問うてくる。 「さっきの話。……その内おれ、千早んちの人に言いに行くんやよ? ……千早を下さい、って」 「え、と……そ、そっか。そうだよね」 あまりにも率直に言われたせいか、千早は真っ赤になって俯いてしまう。 「……千早?」 千早の目尻から涙が一筋伝うのを見た新が訝しむ。 「あ、ううん。何か……嬉しくて、ドキドキしてて……」 新は手を伸ばし、千早の腕を引いて自分の胸に抱き寄せた。 「……ほやけどなあ……」 不意に新は溜め息を漏らす。訝しんだ千早が顔を上げると、新は何か考え事をしているようだった。 「どうしたの?」 「ん? ……明日、千早んちの人に何て言うかなって思っての。……部の飲み会あったのは本当やけど、終電逃したほんとの理由なんか言えんやろ? 流石に。……酔い醒ましてるうちに、二人ともうっかり爆睡してもた、とか言うしかないかの……」 千早の方が酔ったと言えば、家人は女である千早がそこまで酔った事を快く思わないだろうし、酔ったままでも早く連れて来るべきだったと新を咎めるだろう。逆に送れない程、新が酔ってしまったと言えば、やはり千早には適当な所で自力で帰れただろうと叱責があるに違いない。 「……ちょっとだけ気は咎めるけど、その口実が一番マシかなあ。……ここで眠っちゃった、って言うよ。私」 「何か、ごめんな。口裏合わせさせてもて」 「ううん。……だって、ねえ? まさか新とエッチしてたから終電逃しましたー、なんて言う訳にいかないし。……って言うか素面じゃ言えないレベルで恥ずかしすぎるよ」 「……やなあ。まあ、今後お互いに酒は気をつけよっさ」 新と千早は目を見て頷き合い、共犯者同士の困ったような笑みを少しだけ浮かべた。 悪酔い、という言葉と今夜の出来事から、新は妙な連想をしてしまう。 (……さっきは千早が札やったら、って考えたけど……もし千早が酒やったら、おれは手遅れレベルの中毒やな、もう) さっきの話を加味すれば、勿論千早が取る楽しそうなかるたにも夢中だが、それとはまた違った意味で自分は千早という「美酒」の虜になっているようなものだ。新は苦笑を濃くした。 「……新?」 首を傾げる千早に、今ふっと浮かんだ連想を話して聞かせると、千早はくすくすと笑ってから言葉を返してきた。 「だったら私も中毒だよ。新のかるたと、情熱を知った小学生の時から、ずっと夢中だし、醒ます気もないもん」 「……おれもや。千早……。別になんも特別な事は要らん、ただ、おれの側にいて、付いてきての? ほんだけで、おれが千早に酔うには十分なんや。……大好きやざ、千早」 「うん、私も……大好き。すごく、すごく好き」 千早の目から、また新しい涙が頬を伝い落ちた。 |