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Sober Up 2

お酒は二十歳になってから



 「……ふう……」
 洗面所の鏡に映る自分の顔は少し眠そうで、いつもよりやはり赤みを帯びている。
「千早、えらいご機嫌やったけど大丈夫なんかな、あれ……」
 眠くなったり笑ったり泣いたりと、酔った時がらりと変わる人が居る事は知っていたが、千早の場合は喜怒哀楽がよりはっきりするらしい。ただその状態の千早が「どの程度酔っているからああなのか」は、初めて目にしただけに、まだ新にも掴めなかった。
「元から弱いんやろか。……潰れさす訳にいかんし、おれシャキっとしとかんとあかんな……」
 鏡の前で何度か手の平で頬をぴしゃりと叩いて気合いを入れ直し、新は飲み会が続いている部屋へ戻った。

 「新ぁー! どこ行ってたのー!」
 襖を開けて室内に入るやいなや、千早が新の腕を両手で掴んできた。
「わっ……いや、トイレ行っただけやって」
 千早に引っ張られ、新はほとんど横倒しになりそうな格好で床にどさりと身体を落とした。バランスを取り直そうと片手を付いて胡座をかくと、いきなり千早が今度は首に抱きついてくる。
「寂しかったよー……」
 そんな事を言いながら新の頬にキスをし、その唇が今度は新の唇に近付いてきた。
「ちょ、千早?! ここじゃあかんって! ……あ、ちゃう、落ち着きねって、の?」
 いきなりの事に、新もうっかり突っ込まれそうな事を口走ってしまい、慌てて言い直すが、その間も千早は新の首に抱きついたまま密着を解こうとしない。幸いと言おうか、同席している面々は千早の行動の方に面食らったのか、新がつい口走った事まで気にした者はいなかった。

 「……こりゃダメだな。綿谷、お前綾瀬を連れて帰れ。家に送る前に少し醒ましてな。……家の人びっくりするとマズイし」
 見かねた先輩が帰るようにと言ってくれた。
「はい、そうします。……千早、うち帰ろっさ」
 新はどうにか千早の腕を解いて呼び掛ける。
「やだ。一緒に居るー」
「……うん、おれも一緒に帰るで、の? ……ほら、立てるか?」
 千早は床にべたんと座り込んで立とうとしない。
「おんぶしてくれなきゃ、やだー」
 子供のように言いながら、両腕を差し出してきた。
「分かったで。……ほら、ちゃんと掴まっときねや? 立つざ?」
 諦めたように新はその腕の間に自分の身体を置き、千早を背負って床から立つ。一人の先輩が千早の鞄を新の片手に持たせてくれた。
「……すいません、先輩。お先です」
「ん、ちゃんと送ってやれ。お疲れ」
 千早を背負った不自由な格好のまま、新はどうにか首だけで会釈を返して飲み会の場を離れる。自分達が居なくなった後で色々言われそうだとは思うが、千早の行動が更にエスカレートした可能性もあると思えば、まだ噂の方がマシだった。

 「……一旦、うちで休ますかの。水かなんか飲まさんと……」
 歩き出した新の背中で千早は楽しげにクスクス笑っている。
「やれやれ……ご機嫌さんやの、千早は。……酔うと甘えたがるタイプやったんか」
 自分の言葉に、昔の記憶がふと引っ掛かった。以前千早が話してくれた事があった筈だ。
(……お姉ちゃんが雑誌の撮影やら何やらで色々忙しかったりで、ああいう世界やで千早の家の人も心配が多かって。……千早はお母さんにあんま頼み事とかってせんかった、とか言うてたのぉ……)
 酔ったせいで抑制が外れ、甘えたいという気持ちが表に出たのかも知れない。
「……叱る気、失せつんたな」
 自分はやはり千早に甘いようだ、と新は苦笑しながらアパートへの道を歩く。

 「うふ……いい気持ち……」
 耳元で千早が不意に口を開いた。
「……っ、起きてたんか」
 しばらく静かだったから、てっきり背中で寝入っているものと思っていた。
「んー? 寝てないよ? ……だって、ふふっ……。新の背中、気持ちいいし……」
 千早が話すたびに耳をくすぐる吐息が、往来で千早とここまで密着している事を否応なく意識させられ、新は首を少し前に倒して平静を保とうとしたが、今度はその伸ばした首の後ろに千早の唇が触れる。
「……っ、あかんって、千早」
「何で?」
「……何でって、外やがの、ここ……」
 酔っている人間にそれを言ってどこまで通じるのか、新にも分からない。ともかく急いでアパートに戻った方がいいだろうと、背中の千早を軽く揺すり上げてバランスを取り直し、新は歩幅を大きくして自宅までの道を急ぐ。
(……何の苦行やし、これ……。て言うか歩くと擦れて痛えわ……いや、反応してまうおれもアカンのやけど……)
 男としては部屋に戻ったら、とつい考えてしまうが、千早がさっきから甘えたりキスをしたりしてくるのが酔っているせいだとすると、必ずしも「その気」ではないのかも知れないし、やはりこんな状態の千早に手を出す事にはどうしても後ろめたさを感じてしまう。

 どうにかこうにか、千早を負ぶったままアパートへ帰り着く。靴を脱がせようと玄関で一度千早を下ろそうとしたが、しっかり抱きつかれて逆に新の首が締まって苦しくなる。仕方なくそのまま手探りで片方ずつ千早の靴を脱がせ、玄関にぽとりと落として部屋へ入った。
「……部屋着いたで下ろすざ? 今、水持ってくるでの」
 新は台所へ向かい、まずコップに汲んだ水を一気に飲み干して頭を冷やし、それから千早の分を汲んで部屋へ入る。
「千早、ほら。水飲みね?」
 新が屈み込んでグラスを差し出すが、千早は手を出さずに逆に新の顔をじっと見上げている。
「……どしたんや? ……ひょっとして、ずっと負ぶっとったし、揺れて気持ち悪くなっつんたか?」
「新が飲ませてくれなきゃ、やーだー」
「……え? ……えぇ?」
 ぎょっとして千早の顔を見るが、唇をきつく引き結んで、意地でも自分で飲まない構えを見せている。ふと昔、親戚の誰かが悪酔いした後だったかに母親がぼやいていた言葉を新は思い出した。
『酔っ払いはぁ、”わけなし”やさけ(聞き分けがないから)、大概の事は、はいはいって言う事聞いとくのがいいんや』

 そして今、目の前にその実例が居るという訳だ、と新は小さな溜め息を漏らす。
「しゃあないの……」
 片手を千早の背中に添えて、新はグラスを千早の口元に持っていく。……が、千早はふいと顔をそらせて飲もうとしない。
「……んー」
 グラスが外れると千早はまた少し顎を反らせて水を欲しがる。流石にそこまで来れば新にも理解は出来た。
「……ほんとに、『わけなし』やな、もう……」
 言った所で今の千早に通じる気もせず、新は諦めたようにグラスの水を一口含み、零れないよう唇を固く閉じたまま顔をそっと近付けていった。
「ん……」
 今度は千早の顔が逸れることはなかった。唇が合わさってから、新は注意深く自分の唇を細く開き、少しずつ水を千早の口へと移していく。新が口に含んでいた水がほとんど無くなった時、千早の喉が小さくこくりと鳴って水を飲み下した事を新に示した。
「……ふふ、くふふっ」
 唇が離れると千早は何が可笑しいのかクスクスとまた笑い出す。
「まだ水飲みたいんか?」
 そう問うと、千早の腕がするりと新の首に巻き付き、下から首を伸ばすようにして唇を重ねてきた。───水を含まないままで。
「……ん、ふ……ぁ、んっ……」
 柔らかい舌が新の口の中を探り出し、首を抱いていた手は新の頬や耳、胸板をそっと撫でていく。
「……っ、千早……? ……ちょ、」
 どうした、と聞くより先に千早の手が新からグラスを取り上げて、床の離れた所に置くと、身体ごと預けるように体重を掛けて新を床の上に倒してしまった。






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written by Hiiro Makishima