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Sober Up 1

お酒は二十歳になってから



 部での練習が終わった後、上級生が全員に集合をかけた。
「……おし、揃ったな。次の土曜に大会の打ち上げやるからな。……出場した奴、特に綿谷と綾瀬の二人はちゃんと来いよ。優勝の祝いと準優勝の残念会でもあるからな?」
「あ……はい」
 騒がしいのはあまり好きではないが、これも行事の一環だから、と新は頷いた。
「えーっと、お前ら二人って、二十歳の誕生日過ぎてる?」
「え? はい。私が六月で、新はこの前……十二月一日に」
 これまでの打ち上げでは二人にはノンアルコールを飲ませていたが、揃って二十歳になったという事で今度の打ち上げ、というより飲み会から「解禁」する、というような事をもっともらしく先輩が告げてくる。
「まあ、デカい大会控えてるお前らに潰れるまで飲ませたりはしないからさ。乾杯ぐらいは付き合え」
 分かりましたと二人が答え、その日は解散となった。

 「……私さ、なんかまだ実感が薄いなあ。二十歳になった、って。成人式は今度の一月だけど、クイーン戦あるから出ないし……まだ大学入ったのだって、ついこの間って気がしてるぐらいだよ」
 大学から駅への道を並んで歩いていると、千早がそんな事を言う。
「おれ、ついこの間誕生日やったで、もっと実感ないのぉ。名人戦出るで成人式出んのは一緒やし。……親戚の集まりとかで実はたまーに、酒飲まされたりとかはあったけどの。……まあ、ホントはアカン事やで、内緒の?」
 もっともそれも、グラスの縁を舐める程度の話だったが。千早は悪戯っぽい笑みを返してきた。

 「……前に、新から聞いたんだよね? 南雲会の先生、お酒飲むと腹踊りするんだって」
「栗山先生やろ? 普段厳しいんやけど、クリスマス会とかやと毎年恒例やったんや。……て言うか、今気付いたけど……酔っ払うと腹踊りするって事は、栗山先生いつも、飲む前にあの顔お腹に描いてから、お店に来てたって事なんやの……」
 素面の時の厳しさが印象に強く残っているせいか、自分が飲める年になって初めてそれに気が付いた、と新は小さく笑う。
「新は酔っ払うとどうなるんだろうね?」
「さあの。……それは千早もおんなじやろ? ……ま、当日の楽しみにしとくかの」
「……だね。ふふっ。付き合い出して三年ぐらい経つのに、また新しく知る面があるんだね」
 軽く笑い合ってから、千早はおやすみを言って駅の改札を抜ける。その後ろ姿を見送ってから、新も家路についた。

 「……こんばんはー……」
 打ち上げという名目の飲み会が始まる十分ほど前に、新と千早は幹事役の先輩から送られていたメールに記されていた居酒屋の一室に挨拶をしながら入る。
「よう、来たか。お前ら二人、食べ物のアレルギーなんかはないよな?」
 メールをくれた先輩が席を勧めながら聞いてきた。
「はい、おれも千早もそれはないと思いますけど……ほやったがの、千早?」
 示された席に腰を下ろしながら答えると、後輩が二人に取り皿と箸を持ってきてくれる。
「いいざ、気ぃ遣わんくて。ありがとうの」
 新は後輩に礼を言って取り皿を受け取り、一枚を千早に回す。そうこうしているうちに最上級生がやって来て上座に陣取ると、人数分のグラスが配られ、従業員がテーブルに冷えた瓶ビールを何本かまとめて運び込んできた。

 「先輩、どうぞ」
 南雲会のクリスマス会などで目上に酌をする事に慣れている新が瓶を一本手にすると、千早もそれに続いて上級生達のグラスにビールを注いでいく。
「あー、お前らもンな気遣うなって。……ほら、グラス持て」
「あ、はい……ありがとうございます。……ほんなら、いただきます」
「ありがとうございまーす」
 二人のグラスにもビールがなみなみと注がれた。
「……ん、綿谷お前、結構手つき慣れてない?」
 グラスの半ばあたりまでビールが注がれた時、新が自然にグラスを斜めにしていた事に気が付いた部の先輩が鋭く指摘してきた。実際千早は泡がグラスの縁を越えそうになるまで、手にしたグラスは真っ直ぐ持ったままだった。
「や、たまたま……やと思いますけど……」
 先日話を聞いた千早が小さく笑いかけてきた。

 未成年の後輩の前にウーロン茶のグラスが配られると、最上級生の先輩が自分のグラスを目の高さあたりに掲げた。
「まずは先日の大会。綿谷と綾瀬、優勝と準優勝おめでとう。他のみんなもその前に出た大会よりいい結果を出して頑張ってくれた。……おかげで来年度の予算も確保出来そうだって話だ」
「先輩ー、ビールぬるくなっちまいますよー」
 中の一人が長話に茶々を入れた。
「ああ、済まん。ま、とにかくお疲れさん! 今日は無礼講で楽しんでくれ。乾杯!」
「かんぱーい!」
 飲み慣れている上級生達はぐいっと一気にグラスを空ける。
「新、乾杯」
「……うん」
 新のグラスに、千早は軽く自分のグラスを合わせてから口を付けた。ビールの泡と苦みが口の中に広がり、炭酸飲料を飲む時より喉が焼ける感じがする。
「……思ってたより、苦いんだねえ……」
 千早が思わず微妙な顔つきになって呟いた。
「まあ、無理せんときね」
 親戚から飲まされた経験でビールの味ぐらいは知っている新は、ゆっくりと一口飲み下す。

 「……ほら、千早。何か食べんと、回るの早よなってまうざ」
 大皿に盛られたオードブルを適当に取り分け、新は千早の前に置く。
「あ、ありがとう。……新も食べるでしょ?」
 新の分は千早が取り分けてくれた。
「おーおー、相変わらず仲良いよなあ、お前らって。さすが『かるたバカップル』ってとこか? ……喧嘩とかって、しねーの?」
「……ほう言うたら、ないですね」
 冷やかし混じりの先輩の言葉に、新は律儀に答える。別の上級生が今度は千早に話を振った。
「大学入るより前から付き合ってて、喧嘩なし、ねえ。……どんだけラブラブなんだか。妬けるねえ」
「ラっ……?! か、からかわないで下さいよ、もう……」
 照れた千早は側にあったグラスを勢いよく干してしまった。
「おお、綾瀬すげえ飲みっぷり……」
「……千早、無茶飲みしたらあかん。どんだけ飲めるんか、自分でまだ分かってえんやろ」
 先輩と新の反応は見事なまでに正反対だった。
「ん、平気。気を付けるね」
 千早はにこにこと笑って唐揚げを頬張る。今の所は問題ないようだ、と新も少し安心して泡が消えかけたビールをまた少し口にした。

 「ちょっと失礼……うおっと、と……」
 部員の一人がトイレにでも行こうと思ったのか、床から立ち上がりかけたはいいが、珍しく足が痺れたのか、それとも酔ったのか二、三歩よろけてべたりと尻餅をついた。
「おっ前さ、かるた部員が正座で足痺れさせてどーすんだよ、ダッセーな」
「ぷっ、あははは、あははははっ!」
 先輩からの容赦のない突っ込みをかき消したのはやけにテンションの高い笑い声だった。
「……ち、千早? ……酔ってもたんか?」
「えー? 全然、酔ってないよ? ……新、変なのー。きゃははははっ!」
 誰かが何か言う度に、千早はけらけらと笑い声を上げている。それで酔っていないと言われて一体誰が信じられるだろうか。

 「……綾瀬、酒入ると笑い上戸になるみたいだな。……まあ、絡み酒とかよりはマシだけど」
 気にするな、と一人の先輩が新に話しかけてくる。
「はあ……」
 何しろ新もこういう状態の千早を初めて目にするだけに、何とも判断のしようがない。
「お前は割と変わんない感じだなあ。……綾瀬と同じくらいは飲んでると思ったけど」
「……ちょっとボーっとはしてるんですけど、千早があんなやし、おれまで潰れる訳にいかんって思ってまうんで……」
 後で千早を送って帰らなければと思うと、やはり酔う訳にいかないと思ってしまう。
「何話してるのー?」
 横合いからその千早がぬっと顔を寄せてきた。
「うわ、びっくりした……何も、大した話でないざ」
「ふうん? ……ねー、甘えていーい?」
 新が答えるより先に、千早は新が着ているパーカーのコードに、子猫がするように片手を丸めてちょいちょい、とじゃれ出し、コードを揺らしてはクスクス笑って新の腕に額をこつん、と当ててくる。
「酔っ払いの事『トラ』なんて言うけどさ、綾瀬の場合は『猫』なんだな」
 その様子に周りの先輩達がどっと笑い、顔が熱くなってしまった新は少し火照りを冷ましたいと手洗いに立った。






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written by Hiiro Makishima