ずっと笑っていて 11
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病院の消灯時間を告げる放送がどこからか聞こえる。 「……よ……っと」 新は長いソファの背もたれを倒す。寝心地がいいとは言えないが、付き添い用の簡易ベッドなどこういうものだろう。 「新……そこで、寝るの……?」 「ほうやけど?」 新が洗った髪をタオルで拭きながら千早が聞いてきた。 「……こっちで、一緒に、寝てほしい……」 「千早が窮屈なんでないか?」 「窮屈でもいい! お願い、側にいて……!」 いくらか傷は軽くできたのだろうが、やはり完全に安心は出来ないのだろう。 新は控室から持ってきておいた予備の枕を手に、千早のベッドに向かう。 「あ、ほんでも普通の病室にあるベッドよりは広いんやな、これ。……ほやったら千早に蹴飛ばされて落ちる心配ないな」 わざと新は意地悪を言った。 「蹴るってひどいー」 千早もどこか少し無理をして返しているようにも思える。 「とにかく布団入ろ? テーブル、ちょっと借りるわ。……眼鏡置く場所ないとあかんし」 食事の時に使ったテーブルをベッドの脇に引っ張ってきて、いつでも寝られるように準備する。 一足先にベッドに入らせた千早がじっと新を見ていた。 「……どしたんや?」 「新を、見ていたくて」 「ほうか」 新も潜り込んで、並んで横になる。 「……こんで、どうや?」 「うん」 「さ、もう消灯や。……おれの方が見えんけど、眼鏡外していいか?」 千早が頷き、新は愛用の眼鏡のつるを畳んでテーブルの上に置いた。 新がもう一度横になると、千早が胸元にぴったりくっついてくる。新は逆らわずにその身体をそっと抱いた。 「心臓の、音がする……とくん、とくん……って」 「……うん」 多分、千早は規則正しい鼓動に安心できるのだろう。 「このままでいいで、寝ね? おれ、ここにいるし。……トイレ以外は」 「うん……新、ありがとう。駆けつけてくれて……救ってくれて……抱いて、くれて……」 「おれの方こそ、ありがとう。……笑ってくれて。……おれは、千早が笑う顔、特に大好きなんや」 今は難しいかも知れないけれど、ずっと笑っていて欲しい。そう願わずにはいられない。 「……おやすみ、千早」 少し安心したのか、仰向けになって目を閉じている。 夜が更けていくが、新に眠気は訪れない。 『千早がそいつら許せんのやったら……おれが、殺す』 それも新の本音だが、心の奥底に似て非なる感情が渦巻いている自覚はあった。 (……おれの千早を傷つけて。笑顔奪って。……おれ自身が許せんのや。おれ自身の意志で、そいつら殺してやりたい。相手誰か分かってるんやったら、おれは絶対、今すぐそうしてる……) 逮捕されて懲役を食らっても、模範囚のふりをしていれば数年で出所してきてしまうだろう。下手をすると、逮捕の原因になった千早に対して何らかの報復があるかも知れない。新の中にはその恐れもあった。 (おれがこっちの大学来るまで、まだ何ヶ月か……残ってもてる。その間に千早に何か起きるかも知れん、その可能性が……怖い。もしもの話でも、妊娠をおれのせいにする事は全然構わん。それで推薦取り消されても、普通に試験受けて大学行く道もある。婚約者やって言う事かって、できる……ほやけど……) いつの間にか新は涙を流していた。千早に見せたくなくて、新は俯せ、声を殺して泣いた。 (なんで、なんでおれは……千早の辛い時、悲しいときに、ずっと側に居てやれんのや……っ! 太一や村尾さんの配慮に乗っからんと急いで駆けつけられんのや……?! おれは、それが悔しい……おれの無力さが……悔しい) 千早が招いた事ではない。それだけは正しく認識している。 「……なんで、助けてやれんかったんや、おれは……。千早が怖い思いしたのに、なんで……自分が悔しい。あいつらが許せん。どうしても許せん……。ずっと一緒に生きてきたい、たったひとりの千早を……」 「……」 新が泣いているのは気付いていた。遠くに居て、太一たちの気配りに甘えないとここに来るのも簡単ではないという経済的な理由での無力感、自分に対しての憤り、あの男どもを許せないという怒り。みんな耳が捉えてしまっていた。 『誘ってる格好してる方が悪いんだぜ』 『駅で張ってて正解だったよな』 あの男たちが自分を奪う前に告げた言葉。身勝手極まりないものだったが、それは千早の心をしたたかに抉った。 (……私の、制服……部の誰よりも、クラスの誰よりもスカート、短くして……! そんな必要、あった?! 私そんなの、誰に見せたかったの……?!) その服装で目を付けられた。だから犯された。千早の瞳にも涙が滲む。 (ごめんなさい、新……! ごめん、なさい……! 今さら遅いかも知れないけど、私……!) 「千早のせいでない」 俯せた背中から声が届いた。 お互い「感じ」を鍛えているから、口にしたと意識していない音まで拾ってしまう。 「……少し、話そっか?」 新が眼鏡を掛け直して仰向けに姿勢を変えた。 「うん……」 千早が身体を横向きにすると、新の腕は背中に回り抱き寄せてくる。受け入れていいのか迷ったが、新の気持ちに従う。 「……千早は、美人で目立つ。試合用のジャージ着てたかって、目立つんや。顔立ちも体付きも。それは誰も責められん。おれ自身、そういう千早に目え奪われる。かるたの時かって、目を惹き付ける」 「うん……」 千早の言葉には勢いがない。 「ほやからこれは、独占欲の話や。……目のやり場に困りそうな格好、他の男に見せとない」 二人だけの時に、おれに見せつけるのは大歓迎だ、と新は付け足した。 「新、なんで……?」 「何でって、何が」 「なんで、そんな優しいの?! 何で、責めないの?!」 千早は涙声で問う。 「……責める相手が違う。ほんだけや」 新の声がぐっと低くなった。 |