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ずっと笑っていて 12



 「聞こえてもたやろうで、言うけど。おれは、あいつらぶち殺したい。おれが許せんでや。刑務所入ったかって、模範囚のふりしてれば何年かで出てきてまうやろ。ほんなもん許せる訳ないがし。……おれの女にあんな事しといて」
 新にしては珍しい表現を使ってきた。
「正直言うと、おれ実刑何十年食ろたかって構わん。あいつら殺せるんならの」
「新、やめて! 新の口から聞きたくない! 殺すとか聞きたくない!」
 千早は思わず新の服を掴んで揺さぶる。
「新が言うたびに、私の知らない人になってくみたいで嫌! 言わないで!」
「……分かった。言わんとく」
 ほやけど本音や、とは付け足した。


 「私からも、お願いがあるの。……遠い、って嘆かないで。太一だって、知らせない選択や手配は新が自分でしろって突き放す選択も出来た筈なんだよ。太一も、村尾さんも、自分達に乗っかれって……そういう選択だって、私は思うの」
 落ち着いたのか、千早は静かに言葉を発する。
「気が咎めるなら、飛行機のチケット代やなんか、太一に少しずつ返していけばいい。友達だから対等でいたい、って言って。……変な事、言ってるかな……」
「いや、千早が正しいわ。……おれ頭に血い上って『今』しか見えてえんかったんやな。……ありがとう」
 少し肩の力が抜けた。


 おれここ来てすぐに聞いた事やけど、と新は普段の静かな口調で話を再開させる。
「あの酷くえげつない質問。辛いの分かってて聞いたのは、ごめんな」
 あんな風に奪われて、千早が快感を覚える訳がないと分かっていての問いだった。
「……ううん。あれで新が、心まで犯されたわけじゃない……って言ってくれて。ほんの少しだけど気持ちが軽くなれたから」
 そう答えてくれる千早に、ありがとうと告げて肩を抱き直す。
「それ踏まえて、言わせて欲しい」
「どんな事?」


 新は一度だけ深呼吸をした。
「千早。結婚しよ」
「……え?」
 それは確か、自分を抱いた事の責任を求められたら、の話だった筈だ。
「そういうの関係なしに。おれが十八になったら。籍だけでも」
 表向きの理由として千早の両親に話した、抱いた責任という事でも別に構いやしない、と新は言葉を送る。
「あくまで口実やけど。責任とかは」
「え……と……。なんで……?」
「結婚って、一番信頼し合って生きてける形やって思うでや。理想論かも知れんけど、今度の事かって『あん時は』って言ってまえるようになりたいんや」
 部屋は薄暗いままだが、新は千早の顔をじっと見つめて、言葉を送る。


 「千早。……おれと、結婚してください」
「……新、い、いいの……? こんな、私、なのに……」
「言ったざ。千早は心まで犯されてえんって。あと『こんな』って言うな」
「あら、た……。はい。新と、結婚、します……っ、ぅ……ぇぇん……あらたぁ……新が、好きだよ……ぉ……」
「……ありがとう」
 そう言って抱き寄せていた腕にぐっと力を込めた。


 突然新の口から軽い溜め息が漏れた。
「ほんとはちゃんと、手え付いて言いたい事なんやけどの。寝っ転がって言うとか失礼すぎやわ」
「……あは」
 千早が目元を拭う。
「それに、年明けまで待たんならんし」
 腕の中で千早がもぞ、と動いて何故と問うてくる。
「……おれが満で十八んなるの、十二月やしさ。法律ってこういうとこ面倒やの」
 千早は十六過ぎてるし、おれは明日でかって全然構わんのに、とぶつぶつぼやいていた。


 「あの……新。その、結婚って話で……私すごく悩む事あるんだけど……」
「何がやし」
 千早が言い淀んでいる気配が何故かした。やはり今日の事を気に病んでいるのだろうか。
「ううん、その事じゃなくて……あの、笑ったり、しないでね?」
「言ってみて?」
 そもそも笑ってしまうかどうか、聞かないことには分からない。
「私よく、かるたの事考えて、温め直しのカレー、焦がす……」
「……なんや、ほんな事か。理由が理由や、おれは気にせん。焦げても食うざ」
 それに十八で入籍したとしても、お互い大学での生活がある。
「実際に千早の飯食えるのって、もうちょっと先やろ。……その頃までにはカレーも焦げんくなるやろし」


 千早の肩を抱き直して新は言う。
「明日、おれいっぺん福井帰らんならんけど……何か辛かったり、今日の事に限らんけど変な夢見たら、夜中でも遠慮せんと電話しての」
「……変な? 悪い夢って言うんなら分かるけど……」
 自分が見た変な夢を思い出して新はくつくつ笑った。
「ちょっと前に見たんや、変な夢。おれ名人戦出てるのに……何でか源平戦やった」
「……マジで?!」
「マジや。ほんな夢でもいいざ。電話。ほんとに遠慮要らんでの」
 うん、と千早は頷いてくれる。
「聞きかじりやけどの」
 そう言って新は「悪夢にも役割がある」と話し始めた。
「……もちろん見てる時は辛いけど、少しずつ薄れさす心の働き。……何も積極的に見ろって言ってるんではないざ?」
 見たとしても、恐れたり自分を責めたりしなくていい。そういう働きだ、と新は話を締めくくる。


 あと、と言って新は一度咳払いをする。
「千早んちの人に、話通しといてもらえると助かるんや」
 胸の上で千早が首を傾げる気配がした。
「……事情聴取とか、公判とか……おれが付き添う時。泊めてもらえると有り難いなあって」
 そこまで自由になるお金がないから、と少しバツが悪そうに新は言葉を継ぐ。
「可能な限り、ついててあげたいし」
「ありがとう、新……」
 きっと両親はその費用を負担してくれるだろうが、新が金銭的に余裕がない中そう言ってくれているから、聞いておこうと千早は思った。


 「千早。……もっぺんだけ、言わせて」
「どんな、事?」
 新が何を「もう一度」言いたいのかピンとこず、千早は夜に野生動物がそうするように耳をそばだてた。
「ずっと、笑ってて欲しいんや」
 そのシンプルな一言は、シンプルだからこそ千早に色々な事を分からせてくれる。
「新……ありがとう。すぐに飛んで来れないのを悔しいって思ってくれて。心まで犯されてないって言ってくれて。結婚しようって言ってくれて。……粉々になってた気持ちを、元の形に直してくれて。私の笑顔が一番好きって言ってくれて……ありがとう」
 抱いていてくれた手で、背中をぽんぽん、とあやされた。
「当たり前の事ばっかやがの。……お礼言われるんやったら、焦げたカレーでも食うって方に言って欲しいんやけど?」
「……え? あ……あははは、そうだね。新、ありがとう!」
 部屋は薄暗いのに、新には千早が浮かべている表情が昼間のようにはっきり見えるように思える。
「……いい顔や」









written by Hiiro Makishima