ずっと笑っていて 10
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病室に戻った新は、太一が付き添い許可を父親に頼んでくれたと話す。 「……なんか、おれの分の飯まで、とか言ってくれてたけど」 「そうなんだ。……優しいね、太一も」 「うん。……個人的には『も』で並列にせんでもーって拗ねたいけど」 そんなとこ突っ込まなくてもいいじゃん、と千早が唇を尖らせている。 (……いい表情(かお)や。『無駄美人』かも知れんけど、おれの大好きな、千早の顔や……) そうやって浮かべる「変顔」さえ新の心を和らげてくれた。 「綿谷くん、事情聴取の時は来るのが難しいでしょうけど……公判が始まったら、来てやってちょうだいね」 「はい。千早が今みたいに変な顔できるように、出来る事は全部やります」 随分とひどい言い種だが、千恵子や健二はその言い方の方が嬉しかった。 「あ、千早。これ着替え。……でも困ったわね。綿谷くんが寝る時着る物が……」 「や、あの……ほんな事は気にせんで下さい。一晩ぐらいこのままでも、おれ大丈夫ですし」 何となれば下にある売店で下着の替えと歯ブラシ程度を買えばいい。そんな事を思っていたら、病室のドアがノックされた。 『新、おれー』 太一だと分かり、新はドアを細く開ける。 「着替えとか歯ブラシのトラベルセットとか。テキトーに買ったから、サイズ合うか分からねえけど」 「え、おれ後で買いに行くつもりやったんやけど……ありがとう。使わせてもらうな」 おれは一旦帰宅する、と言って太一はくるりと背中を向け、そのまま手を振って歩いていった。 「……太一が、着替えとか先回りして買うといてくれたみたいです……って、使い切り用のシャンプー? ほとんど旅行セットやな、これ」 新の愚痴に千早が可笑しそうに笑っている。その笑みに千恵子の目元が濡れていた。 「君らが居てくれて、本当によかった……。綿谷くんも、かるたの選手なんだろう? ついでがあったら、遊びに来てやってほしい」 「ありがとうございます。うちの先生がいいって言ったら、お伺いさせてもらいます」 新は頭を下げる。 「……じゃあ、お父さんとお母さんは、一度家に戻るわね。何かあったら電話してちょうだい、千早」 「はい」 「申し訳ないけど、後をお願いします。綿谷くん」 「はい、分かりました。何かあれば逐一お知らせします」 そう言って千早の両親は病室を後にした。 「今、話してて……千早が笑ろてくれて。千早のお父さんらもやけど……おれも、すごく嬉しかった」 「うん」 「……ずっと、そうやって笑ろててな? ……って、あ……飯やとさ」 運ばれてきた食事を見て二人揃って仰天する。 「病院食ってさ」 「……こんなんやったか?」 どこの高級ホテルかと言いたくなるような豪勢なメニューが、これまた立派な器に盛られている。 「ま、いいがし。千早はしっかり食べて、早よ退院しね。……かるたの腕、鈍るざ」 「いただきますっ!」 多少無理に振る舞っているかも知れないが、かるた、と聞いて千早は猛然と食べ始め、新も付き添い用と呼ぶには豪華な食事に箸を付けた。 「あっと、さっき太一が買うてくれたやつ、要るとこ置いとこ」 歯ブラシのトラベルセットは洗面台に、気を回してくれたシャンプーの小袋はバスルームに。着替えはロッカーの中。袋の中にまだ何か入っているのに気付いた新は中を覗き込んで固まった。 「……ありがとう、って言ったの撤回しとなった……さっきの話、聞いてたんでねえやろな、あいつ……」 「なに? どうかしたの?」 「……これ」 「えと……これって……あれ?」 代名詞しか口から出てこない。 「あー……もう。腹くくって、堂々といちゃつくか。……千早、後で風呂入るやろ? おれ、してみたい事あるんやけど。病院やで介護用の椅子あるし」 「……してみたいこと?」 新は頷く。 「千早の髪、洗ってみたいなーって。……あかん?」 「や、あかん、って事はないんだけど、どうして、っては思う」 笑って言葉を返した。 「前々から、何となーく思ってたんや。髪長いでやろか」 「うん、それはいいけど……それって、一緒にお風呂入るって事……?」 もじもじと指先を合わせる千早に新はさらに言う。 「裸見といて、何を今さらな事言ってるんやし。それに、おれ言ったざ?」 「……え?」 「千早とセックスした責任やったら、結婚って形で取る、って」 結婚相手と一緒に風呂入って何が悪いんやし。ぶっきらぼうな優しい言葉に、千早は今日初めての、はにかむような笑顔を見せてくれた。 |