ずっと笑っていて 5
|
「寒いと、あかんな」 新はシャワーを出して浴室を暖める。 「あ、の新……さっき、ああ言ったけど……変に、無理しないで……。初めてとか……」 「……おれ、必死でもろて、って言ったんやざ? 恥かかさんといてくれると、嬉しいんやけど」 「なんか……変」 目を覚ましてから初めて、千早の顔に微かな、本当に微かな笑みが浮かんで新は心の底から安堵した。 (笑ろて、くれた……) 「変でも何でも構わん。……千早、嫌いか? 変なおれとかって」 「……ううん。……もう一度、ぎゅってしてもらって、いい……?」 「ほんな聞き方せんでいいって」 背中をきつく抱き、ようやく小さな笑みを見せてくれた顔に口付けた。 一度キスを解き、新は千早の両手をそっと取る。 「言い終わったらまたぎゅってする。千早。しつこく言い過ぎやとは思うけど、嫌やったら遠慮せんと言って。怖い、嫌や……って千早が感じた時、おれは止めれるんや、っていうのを言葉だけでのうて実感して欲しいとも思ってるんや」 千早の瞳が少し揺れていた。 「……おれは千早が好きや。誰より大事や。ほやから止めることが、出来るんや」 あの連中は欠片ほどの好意も抱いていない。だから拒否を聞き入れず、暴力を振るってまで身勝手な欲望を千早に押しつけた。自己満足かも知れないが、新はあの男どもとは違うのだと千早に分かって欲しい。 「新……うん」 千早が小さく頷いてくれ、新は千早が望んだ通り再びきつくその身体を抱き締めて口付けた。 千早が怖がらないように、新はゆっくりキスを深くしていく。 「……あの、ね」 「ん?」 唇が離れた拍子に千早が小さな声で告げてきた。 「キスは……されてない。……新、だけ……」 思わずその身体を抱き寄せる。 「おれだけとか、可愛らしい事言われると頭、飛ぶ」 好き勝手な事を言い放って唇を合わせ直す。千早の唇が自然に応じてくれるのが分かった。 「……はぁ……っ……」 時折零れる千早の吐息。そうっと舌を差し伸べると、おずおずと受け入れてくれて新は涙が出そうになる。 「……変な聞き方やけど。他にも……ある? おれだけ……って」 「うん。えっと……あの……耳、貸して……」 恥ずかしそうに千早が教えてくれた。 「答えづらかったやろに、ありがとう。そこは、おれが上書きする。……他は全部千早の『初めて』やから、おれがもらう」 「新……私、あったんだね……。新に、貰ってもらえる『初めて』、あるん……だね……」 「おれに……くれる?」 千早が初めてまっすぐ視線を合わせてくれる。 「新に……貰って、ほしい」 ありがとう、と言ってまたキスをする。今度は千早の舌も柔らかく新を受け止めてくれ、時折艶めいた声が新の鼓膜を震わせた。 「ここも、おれのやろ?」 キスを解いて耳元でそっと問う。 「……っ、うん……。あらた、の」 「ほんなら遠慮せん」 そう言って耳朶にキスを落とした。 「え……っ?! あ、んっ!」 聞いた事がない、悩ましい声。新がキスをするたびに、細い肩が震えて声が紡がれる。 「……や、だ……声……」 「声かって、おれのもんや」 「ふ……っ?!」 「感じてくれると、うれしい」 それだけ千早の心が自由になるという事だから。ただそれを言うと「不自由」を思い起こさせかねない。だから新は短く言うだけに留め、耳へ落としていたキスを首筋にも落とし、片手を取ってその指先にも唇で触れた。 「あ……ぁ……」 少しずつ、千早の上げる声が変わる。 「……触って、いいか?」 新は自分の手を千早のデコルテで止めておいて、まだ痣が消えていない「上書きする」所に触る許可を求めた。 「う、ん……」 「絶対、無理せんといてや?」 千早の反応を気にしながら、壊れ物のように千早の乳房に手を伸ばす。 「あ……」 唇から戸惑ったような声が漏れて、心配になって新は一度手を離そうとした。 「いいの。新にだったら……いい」 「……ありがとう」 健気な思いが嬉しい。また乳房を優しく持ち上げて、男にはない柔らかさを感じ取っていく。 「ふ……ぁ……」 片手の甲を口元に当てているが、隙間から漏れるのは間違いなく首筋にキスをした時と同じ響きで、新はそっと唇で触れてみた。 「あらた……」 蕩かされそうな声が降って、そっと尖端を含んで舌を這わせてみる。 「あっ、あぁ……っ、あらたぁ……」 (千早……。千早が、感じ始めてくれてる……そうやって、あの事から、解き放たれていって欲しい……) 百パーセント忘れる事は難しいだろう。 (……いつか笑い話にできるとか、ほんな事件でないけど……、せめて千早が『あの時のこと』って言って済ませられるようには、してあげたい……) |