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ずっと笑っていて 3



 下手なホテルより豪華な病室の真ん中にある、真っ白なベッド。そこに横たわって昏々と眠る千早は人形のようだった。表情も何もない、ただのオモチャの人形。いつもあれだけ生気に満ちあふれている千早とは思えない静かな寝顔が逆に新の心に突き刺さる。
(……おれの千早に、何ちゅうことしたんや、そいつら……! そばに居てやりたかった……! 助けてやりたかった!)
 新の目から涙がこぼれ落ちた。距離の問題ではなく、何もできなかった自分が悔しくて仕方がない。
「……」
 唇を噛んでそんな風に考えていたら、ベッドの上で身じろぐ気配を感じ、新は急いで目元を拭った。
「あ……」
 少し掠れた千早の小さな声。驚かせたくないと新も小さな声でそっと聞く。
「目、覚めた?」


 千早の目が何度かしばたたかれてこちらを見る。
「あ……ら、た……?」
「……うん」
 目の前にいるのが新だと気付いた千早の様子が一変した。
「いやああっ! 新、見ないで! 私を、見ないでえっ!!」
 ベッドの反対側から落ちそうなぐらい後じさって、見るなと悲痛な声を上げる。
「千早」
「お願い、帰って! こんな汚された……こんな汚れた私、見ないで、新!」
「言うな、千早!」


 「いやっ、いやあ! 帰って! 私、もう新には、相応しくない! 汚れきった、こんな、私!」
「ほんな事言ったらあかん!」
 いくら宥めても、何度宥めても千早の口からはその言葉しか出てこない。
「……一つだけ、知りたい。ほんでもやっぱり、おれが近くに居ると辛いんなら……おれは、身を引く」
 よほど意表を突かれたのか、千早は叫ぶことを忘れていた。
「えげつない質問や。そいつらに犯されてた時。千早は、感じてたんか?」
「そんな事あるわけないじゃん! これで気が済んだ?!」
「……ほやったら、千早は心まで犯された訳でない。おれが知ってる、おれが大好きな千早のまんまや」
 かなり意志の力が必要だったが、どうにか新は笑みらしき表情を千早に見せる。


 少し落ち着けはしたのか、千早が俯いたままぽつりぽつりと口を開く。
「……新が、そう言ってくれるのは、嬉しいよ。だけどもう、私は汚されてしまったから。会えない。会う資格がない。……気遣われる価値なんか、ない……」
「おれが近くにいると、辛いか……?」
「……ううん……。それでも、やっぱり……私は、けが……っ?!」
 その「汚された」を千早に言わせたくない。新はその長い腕を伸ばして千早の背中をきつく抱く。
「離して……苦しい……離して」
 感情のこもらない声で千早が言ってくる。それでも振り払おうとしないのが千早の意志だと新は抱擁を解かずにいた。
「離さん。会う資格って何や。気遣われる価値って何や。おれは会いたいで会う。気遣いたいでそうする、ほんだけや。ほやから今かって、離しとないで、離さん」
 抱き締めるのも初めてだが、そんな事はまるで意識に上らない。抱き締めるのが最善だと何故か分かったからそうした。


 千早をきつく抱いたまま、聞きね、と新は言葉を届ける。
「さっき言ったけど。千早は変わらん。おれの千早や。汚れてるとか言って欲しない。言わんでいい」
「だ、けど……」
 何か言い返しかけた千早の頭を胸板に押しつけて新は続きを口にするが、その連中への怒りが声を震わせた。
「汚れてんのは、性根腐ってんのはそいつらや! ケダモンみたいな連中や!」
 また千早が藻掻く。
「千早が泣くんなら、おれも一緒に泣く。辛いんなら半分背負う。……あいつら許せんのやったら、おれが、殺す」
 腕の中の身体がぴくりと動いた。


 「……嫌だ! 新がそんな事、しちゃ嫌だ! 私の、私なんかのために!」
 大きな瞳から涙が零れていた。
「私『なんか』って言うな、千早っ! おれの一番大切な千早から、聞きとない……ほんな、言葉……」
 千早の背中から片手だけ外して、その頬にそっと添わせる。
「汚れてえんって、おれが言うだけやと納得できんのやったら、……こうする」
 驚かさないよう静かに顔を寄せて千早の唇を塞いだ。新自身これが初めてだが、千早にならいくらでもあげたい。そんな思いで長いキスを交わし、泣いていた千早の呼吸が落ち着いたのを感じ取ってからゆっくり顔を離した。


 「……千早は、おれの千早のまんまや。何も悪い事してえん。私なんか、とか言わんでいいんや。……笑っててほしい。顔合わすと『かるた早く早くー!』って、札出すまでちょっとぐらい待ちねや、って言わなあかんほど困らせてほしい。一緒にいようよーって、ダダこねてほしい」
 新が言うと千早は小さく頷くが、怖い事が三つある、と震える唇で告げてきた。
「ひとつはね、証言……。裁判所で、自分が何されたか……言わなきゃいけないから、辛い。あいつらの近くで言うのが、怖い……」
「……うん。さっき、ノーパソ持ってきてもらうように頼んだで、別室で証言できるんかとか、おれとかが付き添えるんかとか調べてみるわ」
 それにね、と千早は言う。
「あいつら、言ったの。誘ってる格好してる、私が悪いんだ……って」
 千早はまた俯く。
「……ほんなもん、その連中の保身や。欲望満たしたいけど捕まりとない、ほやから相手が悪いって言いたいだけや」
 俯いたまま、千早は小さな声でうん、とだけ答えてくれた。


 「……もう、ひとつは……。……妊娠、してたら……って」
「その事は気にせんでいい。全部、おれに押しつけね」
 新はさらっと言った。
「……新に、って……」
「おれら、遠距離恋愛やろ。久しぶりに顔見て、我慢利かんくなったおれが手え出した、でいい」
 千早は言葉を失う。
「必要なら、おれも一緒に病院行くし」
 今の千早には言いたくないが、自分を陵辱した相手の子供を妊娠したとなれば、また自分を責めてしまうかも知れない。新はそれが怖かった。
(千早んちの人も事情知ってるで、おれのせい、で通るやろ)


 あとの一つは、と口にしかけた千早が震え出す。新は腕の中にいる千早の髪を撫でて宥めた。
「……千早」
「し……写真……撮られ、た……。警察に、行って……話したりしたら、……ネットに、流す……って」
 更に悪い事に、その画像に千早が野外で犯されるのが好きだとキャプションを付けると脅してきた、千早は身を固くしてそう言ってきた。
「──!」
 新の身体を怒りが駆けめぐる。
(……どんだけ悪どいんや、そいつら! って言うか、やってる事やたら手慣れて……常習なんか、そいつら?!)
 ちょっとだけ待って、と言って新は病室のドアを細く開ける。


 「あ、あった」
 頼んでおいた通り、太一はノートパソコンを調達して廊下に置いてくれていた。
「……調べられる事は、今調べとく。なんか対策見えてくるかも知れんし。……千早は画面見んでいい」
 こんな話、何をどう検索しても千早にとって苦しすぎる言葉が並んでしまうだろう。新は手っ取り早くキーを叩く。







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written by Hiiro Makishima