Remorse 6
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四月を迎え、新と由宇は揃って藤岡東高に進んだ。家からの通学距離が伸びたため、新は書店のバイト代で自転車を購入した。 「……中学より学区広なったのに、また由宇とクラス同じなんかぁ。……何か、変わり映えせんなあ。制服かって中学のとほんな変わらんし」 クラス分けを見た新が悪態を吐く。 「変わり映えとか、あんたに言われとないわ。私のより新の学生服のが、もっと見た目、中学のと変わらんし、相変わらず眼鏡やし。……私かってちょっとは日常に変化は欲しかったんやざ?」 新に倍は言い返す勢いな由宇の言葉に、新は思わず吹き出した。 「まあ、おれも本屋のバイトばっかやし。変化がないのはお互い様やな」 「そういう事やの」 小さく笑い合ってから教室に向かった。 (最近、ようやっと新もまた、笑うようにはなってきたの。……まあ相変わらず人より小っちゃい笑いやけど、去年の事考えたら随分マシや) 以前の由宇はいつか頃合いを見て「気が向いたら南雲会にでも遊びに行けば」と水を向けてみるつもりだったが、このまま新の気持ちが落ち着くのなら、それはそれでいいのかも知れないと近頃、特に新が悪夢に魘されて以降は考えるようになっていた。 「そう言うたら新、バイトって事は高校でも部活は入らんのや?」 「んー、今んとこはの。まあバイトもまた日曜だけにしたけど。……高校の勉強のペース分かるまでは、やけど」 特に何か新しく始めたい事もなく、洋服や携帯といった物欲自体、新は元々薄いところがある。書店のバイトを続けているのは、自宅と学校の往復だけでは友達が出来ないのではという両親の心配を減らす、ちょうどいい「社会との接点」だからだった。 「……ただのぉ。勝義の店長って、暇んなるとおれにエロ本見せてくるで、かなわんわ。このくらいでっかい方がいい、とか言って」 とは言え、由宇から見れば新の「社会との関わり」は相変わらず薄く、そのせいでいくら幼馴染みとは言え異性である自分にそんな話を振ってくるような疎さが新には相変わらず残っていると思えてしまう。 「はぁ……。男って、基本アホなんやろか」 聞こえよがしに溜め息を吐かれてようやく新は自分が何を話したかに思い至り、赤くなって詫びてきた。 「ま、いいけどの。私はあんたのそういうとこ、慣れつんてるし。他の子に言うたらアウトやけどの」 「ごめん、気ぃ付ける」 ならいいよ、と由宇はようやく普段の笑みで新を解放した。 高校に入って最初の半月ほどはとても慌ただしく過ぎていく。記憶力のいい新にはそこまで苦になる事ではないが、各教科担当の教師の顔と名前、移動する教室の場所と、早めに覚えておくべき事は多い。新たち新入生に向けての部活動紹介など今週は時間割にない行事も色々あった。 「由宇はまた、バレー部入るんか?」 桜並木を家に向かって歩きながら、新は聞いてみた。 「バレー部か。多分入らんわ。……私も一応進学希望やし」 「そうなんや? ……由宇、勉強かって出来るのに勿体ないのぉ」 新の賛辞が面映ゆいのか、由宇はふっと顔を赤らめた。 「勉強出来るっていうのは、もっとこう、スラスラ出来る人やろ。私はうち帰ってからコツコツやらんとアカンし」 「アカンって事ないやろ。勉強に限らんけど、積み重ねって大事やし。……天才とかより、努力して伸びるもんの方がいいわ、おれは」 由宇は柔らかく微笑んだ。 「……よく、綿谷先生が仰ってた事やの。勉強にも当てはまる話やし、やっぱためになるわ」 ようやく最近になって、新の口から祖父がかつて口にした言葉がいくつか出るようになっていた。それでも受け売りの内容からかるたに関する部分は抜いたままなのは、由宇にとっても少し残念な事ではあった。 日曜日、書店のバイトを終えた新は自室の学習机で問題集を広げた。来月の半ばには高校に入って初めての中間考査がある。別に学年トップを狙うつもりはないけれど、成績が落ちて親に小言を言われるのも困る。 (小言、なぁ……。太一、勉強難しい中学やったけど……あのお母さん、ほんでもガミガミ言うんやろか?) 一度しか直には見ていないが、太一の母親の物凄さは小学校六年生だった新にもよく伝わった。 「うちの親があんなんやったら、おれ耐えられるかの……って、あ……電話鳴ってる」 回想を打ち切って新は階段を早足で下り、鳴り続けている電話に向かう。 「……はい、綿谷です」 かけてきた人を大分待たせてしまっただろうか。それならなるべく丁寧に受け答えをした方がいいだろうと思いながら、新は電話に出た。 『新?!』 受話器越しの若い女性の声が、前置きもなしにいきなり下の名を呼んできた。自分を呼び捨てにする人間は親戚か由宇ぐらいだが、それなら新は全員、声で誰だか分かる。 (……誰やろ?) 『私だよ、千早! 太一もいるよ!』 どちらさまですか、と言うより早く告げられたその名前に新の心臓が跳ねる。記憶にある声より若干低いが、元気が溢れかえっているようなこの喋り方は確かに千早のものだ。 『私今日、A級に上がったんだー! 頑張ったんだー!』 受話器の向こうから、千早の弾む声が今日の試合の事や、太一と同じ高校になった事、その太一に彼女が出来た事などを矢継ぎ早に伝えてくる。 『新、新はどのくらい強くなった?』 (千早……おれがかるた続けてるって思ったままなんか……) かつて大いに助けられたその真っ直ぐさが今は堪らない。まるで太陽を直視しているように眩しすぎて辛かった。 「……やめてくれん?」 電話の向こうで千早が戸惑っているのが分かる。口にすれば千早を傷つけるだろうが、側に太一が居るのならきっと慰めてくれるだろう。新は自分の感情の揺れが声に出ないよう、続きを口にする前に一拍の間を取った。 「悪いけど、電話とかせんといて。……かるたとか、……もう、やってないから」 言い終わると同時に電話のフックを指で押して、新は通話を一方的に断った。 「ごめん、千早。……ごめんな……。おれ、もう二人の友達ではいられん。……いたらあかんのや……」 とっくに切れた受話器を左手に持ったまま、新は呟いた。悪夢に魘されて以来久しぶりの涙が新の頬を一筋伝って畳に吸い込まれた。 架台に受話器を戻した新は顔から眼鏡をむしり取り、目元を乱暴に拭って自分の部屋に駆け戻った。 (気分、最悪や……。東京で一番最初の、大事な大事な友達やったのに……) 祖父の死を境に、新の世界の方ががらりと変わってしまったとは言え、よりによって千早を傷つけるような事を自分から口にしなければいけない時が来るとは思っても見なかった。 (……ほやけど、千早、白波会に居るのに知らんかったんやろか、じいちゃんの事……) 南雲会の栗山会長と白波会の原田先生とは、若い頃から付き合いがあると聞いた事がある。原田先生なら祖父の死も耳にしているだろうにと少し疑問ではあった。そもそも新が年賀欠礼のハガキすら出していないのだが、そこまでは思い出さなかった。 「……高校受験前やったし、原田先生が気ぃ遣ったんかもな」 新が覚えている千早の性格なら、そんな話を耳にしたら絶対自分に何か言って寄越した筈だ。だから多分、千早や太一は祖父の死を知らないままだったのだろう。 「おれ今更何考えてるんや……二人もやけど、おれも忘れなあかん。……もう二度と会う事ないんやし」 深呼吸を何度か繰り返してから、新は再び机に向かう。だが電話が鳴る前に解きかけていた問題集の内容は、とうとう頭に入らずじまいだった。 |