Remorse 4
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新が本屋のバイトを始めて数週間が経った。記憶力のいい新はレジ操作や在庫の場所はすぐに飲み込めたが、接客そのものには照れ屋な性格のせいかまだ不慣れな所もある。もっとも書店を利用するのも同じ地元の人間だから、大抵は大目に見てもらえたが。通っている中学もそろそろ夏休みに突入する頃、店長がシフト表を手に新を呼び止めた。 「新くん、夏休みは何か予定あるんか?」 「ええっと……じいちゃんの四十九日がある他は、特に何もないですけど」 去年の今頃は、大会出場には大人の引率が不可欠だからと、南雲会の誰かにどこかの大会へ連れて行って貰えないかと躍起になっていた。親友の急逝で気が抜けたようになってしまった祖父を何とか元気にしたくて、一日も早くA級に昇級しようと必死になりながらも結果が出ず、兄弟子の村尾に特訓をせがんだりもした。 その村尾や南雲会の栗山先生とは、駅のすぐ側にあるこの書店では一度も顔を合わせていない。ちらっと聞いた話では「自分達の顔を見ると新は辛かった事を思い出すかも知れないし、かるたに戻って来いと催促しているように受け取られるかも知れない」と、南雲会の道場がある福井市の書店で必要な本を購入しているという事だった。 (別に会ったかって、おれ仕事中やで気にせんのに) たとえ親が本を買いに来ても、敬語を使うように心がける程、バイトとプライベートは分けるようにしていた。 「……ほんなら夏休みの間、増やしても構わんか? シフト」 南雲会の人の事を考えていて、店長が言った事への理解が一瞬遅れた。 「あ、はい。夏休みの間だけやったら。二学期始まると、流石に学校が受験に本腰入れろって言うてくると思うんで、減らすしかないんですけど」 「減ると近所の新くんファンのおばちゃんら、残念がるやろのぉ」 店長はニヤニヤと笑いながら言ってくる。そういう話題を振ると新が真っ赤になって固まるのが面白いらしい。それで時には店内の整理と称して、かなり際どいヌード写真集や、正真正銘「十八歳未満お断り」のエロ本を見せてくる事もある。 「ファンって……。単におれが小さい時から知ってるってだけやと思いますけど……」 店長の期待通り、新の頬は朱を刷いてしまい、店長は楽しそうにシフト表をレジの奥にある棚に置いた。 (……エロ本見せられたりもするけど、ここでバイトしてると気ぃ紛れるわ。……近所やら学校やら、未だにおれの顔見るとじいちゃんの話出るし……) 心の傷に塩を塗り込まれるような瞬間が続いていくうちに、新は「リラックスした心を保つ」事を徐々に忘れだす。一時は朗らかな母と同じような笑顔を浮かべられるようにまでなっていたものが、最近では祖父からそれを教わる以前の新のような、もしも千早や太一が今の新を見たら「東京に来てすぐの、自分達と友達になる前の新」と同じだと言うに違いない、笑みの乏しい硬い表情に戻ってしまっていた。 (……由宇ぐらいかの、何も態度変わらんのって。……あの翔二でさえ、忌引き明けてからは何か腫れ物に触るんたな感じでしか話しかけてこんもんな。……まあ、別にいいか。どうせもう、かるたせんのやで、翔二の態度なんか一々気にする必要もないわの) 「話変わるけど、新くん最近また背伸びたんでねぇ? ……なんか着てるモンが窮屈そうに見えるんやけど、今どのくらいや?」 店長が不意に話題を変えてきた。 「身長ですか? ……今は大体百七十一とか二ぐらいやと思いますけど、おれ元が小さい方やったで、余計急に伸びたんたなに見えるんでないですかね」 確かに去年ぐらいまでは同じぐらいの背丈だと思っていた由宇をいつの間にか追い抜いていた。 「やー、バイトの制服エプロンだけにしといて良かったわ。ファミレスみたいに新くん用の制服一揃え用意したら、うち赤字んなってまうわ」 「……何でおれのせいなんですか……」 時々下ネタに走るのは困ってしまうが、店長とこうした雑談をするのは嫌いではない。家族や由宇を除けば、一々「永世名人としての」祖父の名を出して来ない数少ない存在でもあった。 「ほやけど、ほんだけ急に伸びたんやったら、高校の制服は新調せんとあかんやろのぉ。藤岡東も学ランやったがの?」 「まあ、サイズ大丈夫やっても、三年間着てたで肘んとことかテッカテカやし……新調すんのはしゃあないッスわ」 新の答えを聞いた店長は「肘テカるのとか、懐かしいのお」と笑う。 「ほやで、夏休みのシフト増えるのって実はおれも助かるんです。服はともかく、最近靴がキツなっつんて……」 「ほうなんかぁ。ほんなら新しい靴のために夏休み、がっつり仕事したらいいわ」 新の肩をポンと叩いて、店長は店の奥に移動した。 (夏休みかぁ……正直、今はバイト以外他に何したらいいんか、アイデアもねぇわ。……小学生ん時は練習と大会ばっかやったし、中学入ってからは……いや、それ以上はあかん) 祖父の介護があった事を夏休みの予定がなかった理由に挙げそうになり、新は急いでその考えを頭から追い払う。かるたを止めたとはいえ、新にとっての祖父は大好きなままにしておきたい存在だった。 「新、あんた休み入ってからバイトばっかやけど、大丈夫なんか? 身体もやけど、受験とか」 夏休みに入ってしばらく経った頃、毎日のようにバイトに出かける新を捕まえて由宇が気遣わしげに問うてきた。 「大分慣れたで、身体は平気や。ありがとの。……おれ、急に背伸びたやろ、服とか靴とか買い直さなあかんモン増えつんて。ほやで多めにシフト入ってるだけやし」 忙しい方が何も考えなくて済む、という本音の部分は隠し、本屋での雑談を表向きの口実として新は言葉を返した。 (本音言うたら由宇の事や、またあれこれ言うてきて、前んたなに喧嘩してまうかも知れん……) 「確かに伸びたのぉ。ちょっと前までおんなじ位の背丈やったと思ってたのに。流石におばさんも、もう赤とかピンクの服は選ばんかもの。……ほんな大きな図体がピンクの服着てたら引くわー」 「……おれかって着とないわ。……あ、ごめん。バイト遅れるでもう行くわ。……ほんならの」 腕時計を由宇の目の前に付き出し、冗談抜きで時間がないと示す。 「ゴメンの、引き留めつんて。気ぃ付けて行ってきね」 新の自転車が見えなくなると、由宇は長々と溜め息を零した。 「忙しくしとけば悩まんで済むで、やろ? ……相変わらず嘘吐くの下手やの、新は」 時間以外に新の心の痛みを和らげる事は出来ないのだろうかと思うが、こればかりは由宇にも分からない。 「何か、夢中になれる物でも出来ればまた違うんやろけど……難しいの。かるたと同じくらい熱中できる物、って事やもんの……」 今は新が言ったその口実を受け入れるしかないだろう。そう思う事にして由宇は踵を返し自宅に戻った。 |