Remorse 2
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忌引きのため学校はまだしばらく休みだが、この数日間新はほとんど部屋から出ていない。初めのうちは親に頼まれて買い物などにも出ていたが、顔を見知っている地域の大人達が新の顔を見るなり、皆決まって祖父の思い出話を口にするため、徐々に部屋にこもるようになっていった。 大抵それらの話は新の祖父である綿谷始ではなく、あわら市や県内はおろか、現在の全日本かるた協会の重鎮からも一目置かれる存在で、以前の新なら嬉しそうに聞いていた内容だと知っている人が多いため、やむを得ない面も多々あるのだが「綿谷始永世名人」としての内容が多く、聞かされる度にその偉大な名人を一人にして死なせてしまったという罪悪感や、敬愛する祖父にA級に昇級した報告も出来ず仕舞いで、名人になるという約束を祖父の存命中に果たせなかったという思いが新の心を少しずつ疲弊させていった。 「おれはもう札触れん……」 祖父の部屋の物は手を付けたくない、とそのままにしてあるが、新自身の部屋にある札や「かるた展望」のバックナンバー、富士の佐藤先生から譲られたノートの束は手頃な段ボール箱に全部入れ、押し入れの奥にしまい込んでしまった。 実際、祖父の葬儀を終えた後、すっかり習慣化していたため無意識に取り札の箱を棚から出してかき混ぜようとして、自分の手が触れているのがかるたの札だと気付いた瞬間、新は口元を押さえて洗面所に駆け込み、胃の中にあるものを全て吐いてしまった。それ以来、日課の素振りも札流しも一度もしていない。 「……名人やったら、村尾さんがなるやろ。……栗山先生らかって、きっとほんで十分やって思う筈や。……じいちゃん死なせつんた、おれんたな男がかるた続けるより、ずっといいに決まってる……」 葬儀の最中もその後も、誰一人新を責めるような事を口にしなかった。自責の念を向かわせる先が欲しかった新は、周囲の代わりに自分で自分を責める考えを延々と繰り返す。 「……そうやった。これも……もう、仕舞っとこ……」 そう呟いて段ボール箱に入れたのは、千早や太一からの便りを束ねたものだった。 「かるたが切っ掛けで友達になったんや。かるた止めるおれが、どの面下げて二人に連絡なんか出来るんやし。……ほんな資格、おれにはない」 箱の蓋を閉める時、脳裏に東京に居た頃三人で取ったかるたの記憶がふっと浮かんだが、新はその記憶ごと仕舞うつもりでわざと大きな音を立てて段ボール箱を閉じた。 「……何や?」 玄関の呼び鈴がさっきからひっきりなしに鳴っている事にようやく気付く。 「何かのセールス……? にしたかって、ほんなしつこく鳴らしたら警察呼ばれたりするよなぁ。……一体、何なんや……」 溜め息を吐きながら階段を下りる。玄関の磨りガラス越しに何となく見えるシルエットで新は誰が呼び鈴を押しているのか見当が付いた。 「はぁ、由宇か」 生まれた時からの付き合いだから気心は知れているが、本音を言えば今はあまり会いたくない。由宇の方が精神的に早熟なのか、新に対して年上のように振る舞う性格は、何もない時には心安く頼れるが、新が何か問題を抱えている時となると敬遠したくなる事もあった。 (放っといて欲しい時かってあるんやけどな……何かっちゅうと『放っとける訳ないが』って、結局全部話すまで解放してくれんしの……ほうでのうても、今は誰とも会いとないわ……) とは言え、ここまで連打されているチャイムを放置しておけば、結局また別のご近所さん経由でやってくるに違いない。気の進まなさを表すようなのろのろとした動作で、新は玄関にあったサンダルに爪先を通した。 学校から急いで帰宅した由宇は制服のまま、新の家のチャイムを押す。落ち込んでいる今の新は一度や二度呼び鈴を押した程度では腰を上げないかも知れないと、日頃のマナーを敢えて枉げ、由宇は何度も何度もボタンを押した。ついに根負けしたのか玄関ドアを挟んだ向こうで物音がした。 「新、学校のプリントと授業のノート持ってきたで戸開けね」 少し強い口調で扉越しに声を掛けると、多分新がサンダルを履いた音と、内鍵を捻る金属音がかすかに耳に届く。片手を早々と引手に添えておいた由宇は、鍵が開くやいなや勢いよく玄関扉を引き開けた。 「……何なんやし。プリントやったら郵便受けにでも突っ込んどけばいいがし……」 投げ遣りな口調で文句を言う新の顔をじっと伺ってみる。食事も睡眠も足りていないのだろう。顔色が冴えず、眼鏡の奥の目が落ちくぼんでいるように見えた。 「ほんな訳にいかん。私、おばさんに朝頼まれたで。あんたがちゃんとご飯食べてるかとか。……ちょっとお邪魔するでの」 一息に捲し立て、由宇は新を待たずスタスタと二階へ向かう。背後で新が大きな溜め息を吐くのが聞こえたが、今は気にしている場合ではないと振り返る事もしなかった。 「こっち学校のお知らせとかや。……ほんで、こっちが新が休んでた間の授業のノート」 新の部屋に入っていきなり、由宇は学校で預かってきたプリント類を新の胸に押しつけるように手渡した。 「ああ……うん。ありがとの」 新はぼそりと礼を口にした。あれだけ「礼を疎かにするな」と厳しく躾けられていたのに、全く誠意の感じられない、投げ遣りな口調だった。 (……新の本棚の、あの空いてるとこって確か……) しょっ中行き来していた間柄だから、由宇にはすぐに気付けた。以前はかるたの取り札と、定期刊行されている会報誌がきちんと収まっていた筈の場所がぽっかりと空っぽになっている。 「……新。綿谷先生、ううん、綿谷のおじいちゃんの事は、私も本当に残念やって思ってる」 かるたの札をどこかに仕舞い込んでしまった新を気遣って、由宇は「綿谷先生」ではなく「綿谷のおじいちゃん」と言い直した。 「……」 新は俯いたまま何も言わない。 「おばさん、心配してたざ。新が病気になってまうんでないかって。ちょっと無理してでも、ご飯は食べとかな」 「……別に、腹減ってえんし。おれにかって飯食いたない時ぐらい、あるんや」 答えるのも面倒なのか、新はぶっきらぼうに低く言葉を返した。 「分からんでもないけど、あんたがいつまでもほんな顔してたら、綿谷先生かって心配したまんまになってまうやろ……」 突然、バサッという大きな音が部屋に響く。驚いた由宇が新を見ると、さっき渡したノートやプリントを力任せに床に叩き付けたらしかった。 「放っとけや、もう……お前の世話焼き、鬱陶しいしイライラするんや」 低い声で新が呻るように言うが、由宇は負けまいと眼鏡越しに睨み付けてくる新の視線を正面から受け止めた。 「鬱陶しかろうがイライラしようが、言わなあかんで言うてるんや。あんた、綿谷先生を安心させたげたいとか、思わんのか? あんたにとって先生は、かるたの神様でなかったんかし?!」 新の奥歯がギリっと音を立てた。 「神様がいつも見てるって言うたの、お前やろが、由宇! かるたの神様が見てるって! きっといい事用意されてるんやって! ほやったら何でじいちゃん連れてってまうんやし?! 何でや、答えれま!」 付き合いの長い由宇ですら、新がここまで激昂して声を荒げた所は今まで見た事がない。 「じいちゃんの生き甲斐はおれやって言うたの、由宇やろが?! ……ほやのに、おれは、そのじいちゃん一人家に置いて大会行っつんたんやぞ?! ……おれが、じいちゃん死なせたも同然やが! やのに、何で……何で誰もおれを一言も責めんのやし?! 何でじいちゃん見てえんかったんやって言わんのやし?! ……ほんなおれが、どうやってじいちゃん安心させれるんや?! ……言うてみれや、由宇!」 新の言葉は激した感情のあまり、言っている内容も辻褄が合わなくなっている。それを逃避だと断じる事は容易いが、祖父の死で新が受けた衝撃を思えば無理からぬ事だった。 「何やし、何黙ってるんやし?! ……何とか、言うてみれって……そう、言うてるんや……っ、黙ってえんで、答えれま……」 涙をぼろぼろ零しながら何とか言えと悲痛な声で言う新を見て、由宇には何も言えなくなり、無言で床に散らばったノート類を拾い上げ、学習机の上にそっと置くと静かに新の部屋を後にした。 「じいちゃん、ごめん……おれには、もう……かるたは無理や。……ごめん、ごめんの……千早、太一……かるた続けてたら絶対会えるって言うてくれたのに。……ごめん……」 由宇が立ち去った事にも気付かず、新はずるずると床に座り込み、祖父や大切な友人達に謝り続けた。 |